ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2006.06.10]
 今年は、<走り梅雨>でした。あの忌わしいジトジトは歓迎できませんが、雨上がりには新緑がほんとうにまばゆく輝きます。季節の移り変わりに自然の、生命の強い力を感じる日々となりました。

フェリを迎えて新国立劇場でロ-ラン・プティの『こうもり』

  ロ-ラン・プティの『こうもり』。妻と子どもたちとの<ふつうの生活>に少々厭きた夫が、夜な夜なこうもりの翼をつけてベッドを飛び立つ。降りたったのは シュトラウスのめくるめく音楽が奏でられ、美女たちが集うサロンの華やかな舞踏会。妻は、ちょいわる友だちの粋なアドヴァイスを受けて華麗に変身。サロン の男たちの視線を一身に集める。とりわけ、こうもりの夫がご執心になって……、といったストーリーである。
妻のベラはアレッサンドラ・フェリ。かつての少女のような身体から、少しふっくらとしてほんのりとした色香が漂う。美しい手や脚をあらわに披露しつつ、若妻と謎の美女を安定した踊りでさらりと演じ分けた。

意外にもプティ作品がよく似合ったのが、夫ヨハンに扮したロバート・テューズリーである。私が観た限りで言うと今までのテューズリーは、ニューヨーク・ シティ・バレエで踊っていたこともあり、どちらかといえば動きに重きを置き、登場人物のキャラクター的な把握が中途半端に感じられ、あまり印象に残る舞台 は無かった。ところがヨハンのテューズリーは演技は地味だが、しっかりと人物の内面を掴まえた動きで着実に踊り、舞台に軸を通した。

  妻を愛していながら、妻とは露知らない魅力的な女性に心が昂るのをどうしても抑えられない男。恋の焔を燃やした女性が、実は妻だと知って、もはや放蕩に身 をやつせなくなった愚かな男。どうにも自分自身の心の動きを明快に捉えることのできず、こうもりになった時だけ輝く男……。テューズリーは表情と身体表現 とダンスを駆使して、こうしたキャラクターを見事に、ケレン味なく踊ったのである。

もう一人、今回忘れてはならないのが、友人ウルリックを踊った小島直也である。小島は、ルイジ・ボニーノの怪我により急遽、初日の舞台に立ったのだが、 オープニングから小島のウルリックが登場すると、舞台から客席まで劇場全体が活気づく。小島はウルリックを『くるみ割り人形』のドロッセルマイヤーと『白 鳥の湖』の道化を加えて、2で割り、さらにプティのエスプリをたっぷりと振りかけたような人物像を踊ってみせてくれた。
シュトラウスとローラ・プティ、フェリとテューズリーそして小島直也のブレンドミックスがまことに巧妙に作用した、楽しき一夜のバレエであった。
(5月19日、新国立オペラ劇場)