稀有のダンサー、ニジンスキーの生々しい内面を身体によって表現したダンサーたちの渾身の演技が素晴らしかった『ニジンスキー』

Ballet National de Canada カナダ国立バレエ団

Théâtre des Champs-Elysées Tacnsceen Danses シャンゼリゼ歌劇場 トランサンダンス・シリーズ " Nijinsky" John NEUMEIER 『ニジンスキー』ジョン・ノイマイヤー:振付

シャンゼリゼ歌劇場で毎年開催されている「トランサンダンス」シリーズがカナダ国立バレエ団のジョン・ノイマイヤー振付『ニジンスキー』で始まった。2000年にハンブルク・バレエ団によって初演された二幕バレエは1919年1月19日、スイスのサン・モーリッツにあるスヴレッタ・ホテルでヴァスラフ・ニジンスキー(1889・1950)が最後に人々の前で踊る場面で始まった。

ノイマイヤー自身が手掛けた洒落たセット(バレエ・リュスの美術を手がけたレオン・バクストとアレクサンドル・ブノワの装置からインスピレーションを受けたという)によるホテルの宴会場にはショパンの『プレリュード』が流れ、着飾った人々が立ち並んでいた。30歳のダンサーは自分のパトロンだったディアギレフが登場したという錯覚にとらわれ、フラッシュバックによってバレエ・リュスの栄光の年月(第1幕)と第1次世界大戦(第2幕)を背景に、狂気へと転落していった日々を思い起こしていく。

(C) Aleksander Antonijevic

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Aleksander Antonijevic

『薔薇の精』、『シエラザード』の黄金の奴隷、『牧神の午後』の牧神といった、かつて自分が踊った役が幻燈のようにニジンスキーの目の前に現れる。同時にバレエ・リュスの主宰者ディアギレフとの出会い、南米ツアーに向かう大型客船上で、後に妻となるロモラとの出会いといった場面が織り込まれている。物語の展開はなめらかで、観客はリムスキー・コルサコフ作曲の『シエラザード』の甘美な音楽に包まれて、ニジンスキーとともに過去へと導かれた。
後半は一転してショスタコーヴィッチ『交響曲第11番』の暗鬱な曲想をバックに、第一次世界大戦がかつての欧州を蹂躙するとともにニジンスキーの心を打ち砕いていく様が描かれた。
見せ場の多い作品だが、ニジンスキーがディアギレフと出会うところのパ・ド・ドゥは、男性二人の身体がそれとなく触れ合い、視線に熱さが増していって実に艶めかしい空間が形作られていた。ニジンスキー、牧神、ロモラのパ・ド・トロワは若い女性が、ダンサーとしてのニジンスキーに惹かれたのか、人間としてのニジンスキーに惹かれたのか、という曖昧さを実に明快に視覚化していた。

(C) Aleksander Antonijevic

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Aleksander Antonijevic

(C) Cylla von Tiedermann

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Cylla von Tiedermann

(C) Eric Tomasson

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Eric Tomasson

(C) Brice Zinger

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Brice Zinger

作品に誰もが一挙に引き入れられたのは、演出の力はさることながらダンサーたちの渾身の演技があったからだった。「ダンスの神」の希望、愛、狂気を身体の動きと視線と表情によって文字通り肉化したギヨーム・コーテと、夫を裏切りながらも最後まで見守っていく妻ロモラをニュアンス豊かに演じたヘザー・オグデンのカップルからは目が離せなかった。フランチェスコ=ガブリエレ・フロラ(『牧神の午後』の牧神と『シエラザード』の黄金の奴隷の二役)と江部直哉(ハーレクインと薔薇の精の二役)の二人も卓越した技術を披瀝して、客席から大きな拍手を受けていた。
少年時代からにデッサンや絵画、陶器類を始めとするニジンスキーに関する膨大なコレクションを集めたノイマイヤーが、わずかな写真や日記といった残された資料をもとに想像力をふくらませて構成したこの作品は、20世紀バレエを一新した稀有のダンサーの内面を生々しく身体によって見せてくれた。幕が下りた後もからだを突き抜けていった衝撃の余韻はいつまでも消えなかった。
(2017年10月3日 シャンゼリゼ歌劇場)

(C) Brice Zinger

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Brice Zinger

(C) Brice Zinger

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Brice Zinger

(C) Aleksander Antonijevic

カナダ国立バレエ団 『ニジンスキー』
(C) Aleksander Antonijevic

『ニジンスキー』 全二幕バレエ
振付・装置・衣装 ジョン・ノイマイヤー
音楽 ショパン、シューマン、リムスキー・コルサコフ、ショスタコヴィッチ
演奏 デーヴィッド・プリスキン指揮 プロメテ管弦楽団
ヴァイオリン独奏 アンヌ=クレール・ゴレンシュテン
ヴィオラ ローラン・ヴェルネ
ピアノ アンドレイ・ストレィアエフ

配役(10月3日)
ヴァスラフ・ニジンスキー ギヨーム・コーテ
ロモラ・ニジンスキー(妻) ヘザー・オグデン
ブロニスラヴァ・ニジンスカ(妹) ジェンナ・サヴェッラ
スタニスラフ・ニジンスキー(弟) ディラン・テダルディ
セルジュ・ディアギレフ エヴァン・マッキー
エレオノーラ・ベレダ シャオ・ナン・ユ
トーマス・ニジンスキー(父) ブレント・パロリン
タマラ・カルサヴィナ ソニア・ロドリゲーズ
レオニード・メッシーヌ スカイラー・カンベル
ハールクイン(「カーニヴァル」)江部直哉
薔薇の精 江部直哉
金の奴隷(「シエラザード」) フランチェスコ=ガブリエレ・フロラ
青年(「遊戯」) スカイラー・カンベル
牧神(「牧神の午後」) フランチェスコ=ガブリエレ・フロラ
ペトルーシュカ ジョナサン・レンナ
シルフィード、若い娘(「遊戯」)、ニンフ(「牧神の午後」)、バレリーナ(「ペトルーシュカ」)を踊るタマラ・カルサヴィーナ  ソニア・ロドリゲーズ
若い娘(「遊戯」)、生贄(「春の祭典」)を踊るブロニスラヴァ・ニジンスカ  ジェンナ・サヴェッラ

ワールドレポート/パリ

[ライター]
三光 洋

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