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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2017.08.10]

詩情をたたえた儚さと消え入るような佇まいを表したウルド=ブラームのシルフィード

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
“La Sylphide “ Pierre LACOTTE Adaptation et chorégraphie  d'après Philippe Taglioni
『ラ・シルフィード』ピエール・ラコット:改訂振付 (フィリッポ・タリオーニに基づく)

パリ・オペラ座バレエの2016・2017年シーズンの最後は『ラ・シルフィード』だった。
1832年にパリ・オペラ座(当時のル・ぺルチエ劇場)においてイタリア人フィリッポ・タリオーニ振付で初演された『ラ・シルフィード』は、最初のロマンティック・バレエと言われる。ロマンティック・バレエの特徴である、人間と異界の精とのかなわぬ恋がここで早くも主題となっている。台本を書いたのはショパンの友人でもあり、テノール歌手だったアドルフ・ヌーリ(1802・1839)。オベールのオペラ『神とバヤデール』に出演しマリー・タリオーニと共演している。歌手としても台本作家としても優れていた多才な人物だったが、メランコリックな気質の持ち主で、37歳で自ら命を絶ってしまっている。
フィリップ・タリオーニはヌーリが構想したヒロインに扮した自身の娘マリー・タリオーニを徹底的に指導し、人間のように重さのない妖精を表現するために、ポワントの技術を前面に押し出し、当時のパリの観客を熱狂させた。
パリだけでなく19世紀の欧州人から愛されたタリオーニの振付がいったん舞台から姿を消し、オーグスト・ブルノンヴィル版によって生き延びていた作品を蘇らせたのがピエール・ラコットだった。1971年フランス国営テレビのためにギレーヌ・テスマー(ラコット夫人)とミカエル・ドナールが踊り、翌1972年にはノエラ・ポントワとシリル・アタナソフによってパリ・オペラ座のレパートリーに入っている。

pari1708a_01.jpg アマンディーヌ・アルビッソンとユゴー・マルシャン
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_02.jpg ユゴー・マルシャン
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_05c.jpg エマニュエル・ティボーとマリオン・バルボー
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_06.jpg レヴィヨンとゲリノー
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_04.jpg アルビッソン、マルシャン
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

今回のパリ・オペラ座での再演は11回公演でヒロインとジェームスの組み合わせは5カップル。アマンディーヌ・アルビッソンとユゴー・マルシャン、ミリアム・ウルド=ブラームとマチアス・エイマン、レオノール・ボーラックとジェルマン・ルーヴェ、リュドミラ・パリエロとジョシュア・オファルトのエトワール4組と、最終日7月16日のオニール 八菜とヴァンサン・シャイエだった。このうち、最初の二組を見た。
プルミエを踊ったのはアマンディーヌ・アルビッソンとユゴー・マルシャンの若手エトワールカップルだった。日本ツアーのジェームス役でエトワールを射止めたユゴー・マルシャンは目を奪う高い跳躍、完璧なバットリー、スケールの大きな動きを見せてくれた。相手役のアマンディーヌ・アルビッソンも確かな技術とちょっとした手や首の傾け方で妖精らしさを出そうと努力の跡が各所に見られた。気になったのは跳躍した後に床に着地するところで、ドタンと大きな音が何度か聞こえてきた点だった。許婚者エフィー役のオニール八菜が持ち前のテクニックと輝きでヒロインのお株を奪ってしまった感もあった。

pari1708a_03.jpg (C) Opéra national de Paris/
Svetlana Loboff
pari1708a_05.jpg アマンディーヌ・アルビッソン
(C) Opéra national de Paris/
Svetlana Loboff
pari1708a_07.jpg ゲリノー
(C) Opéra national de Paris/
Svetlana Loboff
pari1708a_18.jpgマチアス・エイマン
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

このドラマの軸になっている地上の女性と異界の女性という対比が明瞭に出なかったこと、第1幕の幕切れ近くでのパ・ド・トロワでジェームスの気持ちがシルフィードに一方的に傾いているのではなく、二人の女性いずれにも惹かれているかのような印象を与えたことも若手ダンサーの演劇的な表現のレベルで将来への課題を残していた。
これに対してミリアム・ウルド=ブラーム、マチアス・エイマンのカップルにメラニー・ユレル(エフィー)という組み合わせは全く違っていた。ミリアム・ウルド=ブラームは第1幕の最初に窓辺に姿を現したところから、ふわりと空気の中に漂っているかのようだった。床を滑るように動き、ジェームスが追いかけようとすると煙にように消えてしまう。詩情をたたえた、超現実の世界に棲む精にぴったりのまなざし、軽々とした手足と身ごなし。飛翔してから床に降りてくるときも、音が聞こえることはない。ジェームスが投げかけた魔法のスカーフにとらえられて頽(くず)れていくところでも、周囲にはかなさがさっと広がった。
マチアス・エイマンも自分でもはっきりとはとらえられない幻影のようなヒロインに魅せられていく、ジェームスの心の動きを実に自然に演じ切った。破格のテクニックだけでなく、それとなくかもし出される詩情はミリアム・ウルド=ブラームの雰囲気と一体となって、現実から幻想世界へと導かれていく姿に誰もが惹き入れられた。今回のシリーズを最後に引退するメラニー=ユレルもヒロインとは対照的なフィアンセ、エフィーを隙なく演じてメロドラマに奥行を与えていた。
『ラ・シルフィード』はきわめて単純な筋でありながら、幻想世界を描いて今日でも観客の心に響く。ヴィジュアル芸術の発展した21世紀にあっても、第2幕の森の中で17世紀にイタリアから導入された宙づりの技術によって空気の精たちが飛翔する場面は舞台芸術ならではの魅力を失っていない。ピエール・ラコットによって復元された貴重な作品がこれからもパリ・オペラ座のレパートリーとして次代に受け継がれていくことが望まれる。
(2017年7月5、7日 ガルニエ宮)

pari1708a_09.jpg マリオン・バルボー
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_12.jpg マチアス・エイマン
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_17.jpg マチアス・エイマン
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_10.jpg (C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_11.jpg (C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff pari1708a_08.jpg (C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff
pari1708a_002.jpg オニール八菜
(C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff

『ラ・シルフィード』
振付・アダプテーション ピエール・ラコット
原振付 フィリップ・タリオーニ
リヴレット アドルフ・ヌーリ
音楽 ジャン=マドレーヌ・シュナイツホーファー
装置 マリー=クレール・ムッソン
装置原案 ピエール・シセリ
衣装 ミッシェル・フレネ
衣装原案 ウージェーヌ・ラミ
エルマンノ・フロリオ指揮 パリ国立オペラ座管弦楽団
配役(7月5日/7日)
シルフィード:ミリアム・ウルド=ブラーム/アマンディーヌ・アルビッソン
ジェームスマチアス・エイマン/ユゴー・マルシャン
エフィー:メラニー・ユレル/オニール八菜
魔女:オーレリアン・ウエット/アレクシー・ルノー
グルン:アレクサンドル・ガス/イヴォン・デュモル
エフィーの母:ニノン・ロー/アネモーヌ・アルノー
第1幕 パ・ド・ドゥ:エレオノール・ゲリノー、ファビアン・レヴィヨン/マリオン・バルボー、エマニュエル・ティボー
第2幕第2場 三人のシルフィード:エレオノール・ゲリノー、ジェニファー・ヴィゾッキ、カロリーヌ・オズモン/サラ・コラ・ダヤノヴァ、ファニー・ゴルス、イダ・ヴィキンコスキ

pari1708a_001.jpg オニール八菜 (C) Opéra national de Paris/ Svetlana Loboff