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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2017.02.10]

モーツアルトの音楽を刻々とダンサーと歌手の身体によって見事に視覚化したケースマイケルの『コジ・ファン・トゥッテ』

Opéra national de Paris、ROSAS パリ・オペラ座、ローザス
MOZART “COSI FAN TUTTE” Anne Teresa De KEERSMAEKER
モーツアルト『コジ・ファン・トゥッテ』アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル:振付

ガルニエ宮でモーツアルト『コジ・ファン・トゥッテ』プルミエ公演の初日を見た。開演前に観客の話題となったのはパリ・オペラ座音楽監督として人気のフィリップ・ジョルダンの指揮もあったが、何と言っても注目されたのはローザス舞踊団を主宰するベルギーの振付家アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの「演出」だった。

pari1702a_01.jpg (C) Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

バレエの振付家によるオペラ演出としてはすでにトリシャ・ブラウンによるモンテヴェルディ『オルフェオ』(エクサンプロヴァンス音楽祭)、ピナ・バウシュが振付けたグルック『オルフェとユーリディーチェ』、ケースマイケルによる細川俊夫作曲『斑女』(エクス=アン=プロヴァンス音楽祭、モネ王立歌劇場)といった成功作があるが、失敗例にも事欠かない。それだけでなく、『コジ・ファン・トゥッテ』は元来演出家泣かせの作品で、今までに見た中でもジョルジオ・ストレーレルが死の前にリハーサルを完成させていたものを助手が速記したメモに従って再現した詩情あふれる舞台(トゥールーズ・カピトル歌劇場、2006年)を除くと、何度見ても、どの演出家でも割り切れない気持ちで歌劇場を後にしてきた。それだけに期待に胸を弾ませながらも、一抹の不安を抱いて座席に付いた。
ケースマイケルはガルニエの舞台を完全に裸にし、左右の壁面に天井から透明のパネルが吊り下げた。全体が白く塗られた何もない明るく照らされた空間(左袖と右奥にアルコールの瓶とグラスがあるだけで小道具もない)を前にして、観客はダンサーと歌手の動きと音楽にすべての注意を傾けることになった。
『コジ・ファン・トゥッテ』は、青年士官二人とそれぞれの恋人である姉妹、哲学者と女中と6人が主要人物である。士官二人が変装して本来の恋人ではない姉妹を男性が口説くと、二人の姉妹がいずれも新しい相手になびいてしまう、という筋は風紀の厳しかった19世紀には批判された。現代でも単なる「おふざけ」と誤解されたり、フェミニストから女性蔑視だと指弾されることも少なくない。しかし、ケースマイケルは作品初演が1790年であることに目を付け、「女性蔑視」や「過度な軽薄さ」といった皮相な見方を退けた。そして「1790年はフランス革命の翌年で、モーツアルトの死の前年になります。自分自身の人生と啓蒙の光の時代への惜別が、音楽の底には流れているのを感じました。」と述べている。

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(C) Opéra national de Paris/ Anne Van Azeschot

ケースマイケルはそれぞれの役にダンサーを起用して、歌手6人、ダンサー6人の合計12人に振付けた。姉のフィオルディリージは白、妹のドラベッラは黄色、といったふうに衣装の色によって、歌手とダンサーの役柄がわかるようになっていた。また、合唱も何回か登場するが、物語の中心は主役12人に絞られる。この12人はわずか数分退場することはあるものの、ほぼ終始一貫して舞台上にとどまっていた。
冒頭には12人が半円を描いて舞台前面に立ち、モーツアルトの音楽の流れに応じて全員の身体がゆったりと左右に揺れていた。この半円はフィナーレでも再度描かれるが、その時は中央が前に出る形になり、最初の場面とシンメトリーになっている。

pari1702a_08.jpg (C) Opéra national de Paris/ Anne Van Azeschot

ケースマイケルは「私はダンスを振付けるために音楽に対するのと同じように、オペラに対してアプローチします。音楽を飼いならして、そこから私の物語を語るように試みます」と語っているが、登場人物一人一人のそれぞれの場面の心情を、モーツアルトの音楽がどのように奏でているかを身体で表現していった。
例えば第1幕で恋人が戦地に向けて出発する場面で、歌手の恋人同士が向き合って別れを惜しんでいるのに対し、ダンサーは新しい相手に近づいて互いに呼吸を図り合っていた。また、その後のアリア11番で妹のドラベッラが「立ち騒ぐ心」を歌うとき、ドラベッラ役のダンサーは腰を振り、変装した男性が現れる前からすでに欲望が身体内部で燃え盛っていることを明らかに見せた。
ダンサーだけでなく、歌手も細かな動きや視線で人物を描いた。アメリカのメゾ・ソプラノ、ジンジャー・コスタ=ジャクソンがきびきびした軽やかな所作と、愛嬌のある大きな瞳で女中デスピーナをユーモアたぷりに演じたのはその典型だろう。
平土間後方の席だったので、歌手やダンサーの影が白い床に独特の陰影を刻み、感情の起伏の表現の一つの要素になっていたのが見られなかったのは残念な限りだったが、モーツアルトの音楽を時々刻々とダンサーと歌手の身体によって視覚化した「演出」に引き込まれ、時間の経過を忘れた。音楽を耳で聞くと同時に目で見る、というのは稀有の体験だ。
ダンサーには当初、パリ・オペラ座バレエ団のダンサーが起用される予定だったが、「長い時間をかけた、<今までにない新しいコード>を創り出さなければならなかった<演出>をわずか15日間のリハーサルで身に付けることは不可能』と途中で分かり、ローザス舞踊団のメンバーが舞台に上った。
ケースマイケルと二人三脚でこのプルミエに取り組み、ピアノフォルテでの弾き振りをしながらも舞台上の動きから目を離さなかったフィリップ・ジョルダンの指揮と、穴のない、意欲あふれる若手歌手陣、合唱の健闘もあいまって秀逸な舞台が生まれた。
このプロダクションは来シーズン(2017年9月12日から10月21日まで)に、ほぼ同じ配役で再演が決まっている。
(2017年1月26日プルミエ ガルニエ宮)

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(C) Opéra national de Paris/ Anne Van Azeschot

『コジ・ファン・トゥッテ』2幕オペラ・ブッファ(1790年)
音楽 モーツアルト
台本 ロレンゾ・ダ・ポンテ
指揮 フィリップ・ジョルダン
演出・振付 アンヌ=テレサ・ドゥ・ケースマイケル
装置・照明 ヤン・ヴェスヴェフェルト
衣装 アン・ヅイス
ドラマチュルジー ヤン・ヴァンデンホーヴェ
合唱指揮 アレッサンドロ・ディ・ステファノ
パリ・オペラ管弦楽団・合唱団
配役 (歌手・ダンサーの順、ダンサーはローザスメンバー)
フィオルディリージ ジャクリン・ワグナー シンティア・ローミイ
ドラベッラ ミッシェル・ロジエ サマンタ・ファン・ヴィッセン
フェランド フレデリック・アントゥーン ジュリアン・モンティ
グリエルモ フィリップ・スライ ミカエル・ポメロ
ドン・アルフォンソ パウロ・ゾット ボスチャン・アントンチッチ
デスピーナ ジンジャー・コスタ=ジャクソン マリー・グード