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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2017.01.10]

洗練されたヴィジュアル、繊細な動き、音楽と一体化したダンス、オーレリー・デュポン監督によるキリアンの3作品

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
“Bella Figura” “Tar and Feathers” “Symphony of Psalms” Jiri KYLYAN
『ベラ・フィギュラ』『タールと羽』『詩篇交響曲』 イリ・キリアン振付

年末のガルニエ宮の公演は、年間プログラムで発表されていたアントニー・チューダーの作品とバルバラのシャンソンにバンジャマン・ミルピエが振付ける予定だった新作のダブルビルに代わって、イリ・キリアン振付の三つの作品が並んだ。2016・17年シーズンはミルピエ前舞踊監督によるものだが、今回のキリアンはオーレリー・デュポンが舞踊監督として最初に選んだプログラムとなる。
「ミルピエ前監督はバランシン、ロビンズ、ジャスティン・ペックといったアメリカ趣味を二年間にわたってオペラ座にもたらしたが、私はオペラ座の歴史にのっとったフレンチ・タッチに回帰します」と語ったデュポン監督の方針を垣間見せた公演となった。
イリ・キリアンの作品は石井眞木の音楽を使った『輝夜姫』をはじめ、多くの作品がパリ・オペラ座バレエ団のレパートリーに入っているが、今回は三作品のうち二つがレパートリー入りとなった。
1947年プラハ生まれのキリアンは100を超える作品を振付けたネオクラシック・ダンスの大御所だ。振付家としてのキャリアは長く、時期によって作品の傾向が変化してきている。『輝夜姫』のような物語のある作品から抽象的なものに至るまで多様である。音楽と一体になった振付という点ではバランシンと軌を一にしている。

pari1701b_BellaFigura2.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray

最初に上演された『ベラ・フィギュラ』は、1995年にNDTによってデン・ハーグで世界初演され、2001年からオペラ座のレパートリーに入っている。パリではしばしば見る機会があったが、オペラ座バレエ団での公演は、オーレリー・デュポンとカデール・ベラルビらが踊った2006年以来だという。
開演10分前には幕が上がっていて、天井から二つガラスケースに入った裸体の人形が吊りさげられた下で、ダンサーたちが思い思いに動いてウオーミングアップしている。
この作品ではペルゴレージの『スタバット・マテール」やヴィヴァルディの『二つのマンドリンと弦楽器のためのコンチェルト』といったイタリアのバロック音楽が使われ、現実と夢との境界が探訪される。劇場の幕に包まれた裸体の女性ダンサー(アリス・ルナヴァン)から立ち上るエロス、幕と照明によって刻々変貌する舞台空間、細やかで意外性に富んだダンサーたちの所作、といった要素は何度見ても見飽きない。洗練されたキリアンの世界にぴったりのアレッシオ・カルボーネ、繊細なレティシア・プジョルと自動人形のような動きが印象的なドロテ・ジルベール、とダンサーたちの多様な個性が生かされているのもこの作品の魅力だろう。闇の中に半裸の上半身と赤のだぶだぶのスカートが、くっきりと浮かび上がった「赤と黒」のコントラストも忘れがたい。

pari1701b_BellaFigura3.jpg エレオノーラ・アバニャート、アレクシス・ルノー
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura5.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura6.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura10.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Tar1.jpg 『タールと羽』
(C) Opéra national de Paris/ Anne Ray

これに続いた『タールと羽』は一転してキリアンの言葉を借りれば「おそろしい懲罰」を描いている。いけにえとなった人間が熱いタールを頭からかけられ、次いで白い羽を振りかけられる。タールは人間存在の耐え難い重さを、白い羽は存在の「耐え難い軽さ」を象徴しているという。この二つの正反対の力に引き裂かれたのが人間だ、というのが振付家の見方だ。この作品にはサミュエル・ベケットが最後に書いた詩句「どのように言ったらよいのだろうか」(Comment dire ?)も使われている。キリアンはベケットの最後の問いと自分の問いとを重ね合わせようとしたらしい。
左手奥の高い位置にはグランドピアノが置かれ、右手には壊れ物の梱包に使われるプラスチック製品による造形物が光りに照らしだされている。そして、向井山朋子の即興演奏と床の上の六人のダンサーたちの動きとが対話する、という構成になっている。音楽はモーツアルト『ピアノ協奏曲第9番』とプログラムには記されているが、旋律は完全に解体されている。ダンサーたちがだぶだぶのスカートを穿いたり、アクロバティックなリフトがあったり、とキリアンの作品でよくみられる手法が用いられているのだが、振付家が表現しようとしたことがいつものように明快に伝わってこないもどかしさを覚えた。

pari1701b_Tar2.jpg 『タールと羽』
(C) Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Tar5.jpg 『タールと羽』
(C) Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Tar3.jpg 『タールと羽』
(C) Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Tar6.jpg 『タールと羽』
(C) Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony1.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray

最後に演じられた『詩篇交響曲』は、キリアンがNDTの芸術監督に任命された直後に発表された初期作品だ。舞台の壁面にずらりと掛けられた絨毯に囲まれ、三方に祈祷用のいすが並べられた空間は濃密な雰囲気に包まれている。聖書にインスピレーションを得たストラヴィンスキーの胸に迫る音楽に乗って、男女8人づつのダンサーたちがデュオを構成したかと思うとグループの中に溶け込んでいく。どのダンサーも熱の入ったダンスを見せてくれたが、中でもマリ=アニエス・ジロとユゴー・マルシャンは際立った動きで目を離せなかった。 
約二時間の上演時間だが、密度の濃い公演に対し客席からは熱い拍手が送られた。
(2016年12月6日 ガルニエ宮)

pari1701b_Symphony4.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony7.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony2.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony3.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray

『ベラ・フィギュラ』
音楽 ルーカス・フォス「サロモン・ロッシ組曲」抜粋。ペルゴレージ「スタバット・マーテル」、アレッサンドロ・マルチェッロ「オーボエ協奏曲ニ短調」よりアダージョ。ヴィヴァルディ「マンドリン協奏曲」よりアンダンテ。ジュゼッペ・トレッリ「コンチェルト・グロッソ」作品8の6より抜粋
振付 イリ・キリアン
ダンサー
「Lento」アリス・ルナヴァン、アレッシオ・カルボーネ
「Grave」ローランス・ラフォン、アレクシス・ルノー、アレッシオ・カルボーネ
「Andante」レティシア・プジョル、アレクシス・ルノー
「Adagio」クリステル・グラニエ、イヴォン・ドゥモル、レティシア・プジョル
「Andante」ドロテ・ジルベール、アレッシオ・カルボーネ、アリス・ルナヴァン、レティシア・プジョル
「Grave」アリス・ルナヴァン、レティシア・プジョル、セバスチャン・ベルト―、
ローランス・ラフォン、クリステル・グラニエ、ドロテ・ジルベール、アレッシオ・カルボーネ、アレクシス・ルノー、イヴォン・ドゥモル
「Lento」レティシア・プジョル、アリス・ルナヴァン
「Dans le silence」ドロテ・ジルベール
『タールと羽』(レパートリー入り)
音楽 モーツアルト 「ピアノ協奏曲第9番」K271
ライブ即興 向井山朋子
振付 イリ・キリアン
ダンサー ドロテ・ジルベール、オーレリア・ベレ、リディー・ヴァレイユ、イヴォン・ドゥモル、アントニオ・コンフォルティ、タケル・コスト
『詩篇交響曲』(レパートリー入り)
音楽 ストラヴィンスキー「詩篇交響曲」
振付 イリ・キリアン
ダンサー マリ=アニエス・ジロ、エヴ・グリンシュタイン、ミュリエル・ジュスペルギ、、カロリーヌ・バンス、マリオン・バルボー、クリステル・グラニエ、シャルロット・ランソン、マリオン=ゴーチエ・ド・シャルナセ
ステファン・ブリヨン、フロリアン・マニュネ、ユゴー・マルシャン、マルク・モロー、アレクシス・ルノー、ダニエル・ストークス、マクシム・トマ、アントナン・モニエ

pari1701b_BellaFigura8.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura11.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura12.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura13.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura14.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_BellaFigura15.jpg 『ベラ・フィギュラ』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony5_2.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony5_3.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony5.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray
pari1701b_Symphony6.jpg 『詩篇交響曲』
(C)Opéra national de Paris/ Anne Ray