ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Paris <パリ>: 最新の記事

From Paris <パリ>: 月別アーカイブ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2014.09.10]

身体に潜む様々な断片のスケッチを積み重ねて描き出されるピナ・バウシュの世界

Ballet de l’Opéra national de Paris  パリ・オペラ座バレエ団
Pina Bausch "Two cigarettes in the dark" Tanztheater Wuppertalbr
『暗闇の二本のたばこ』 ピナ・バウシュ:振付 ヴッパタール舞踊団

パリ・オペラ座バレエ団の新シーズンが、2009年6月30日に急逝したピナ・バウシュが主宰していた、ヴッバタール舞踊団招聘公演で幕を開けた。上演された『暗闇の二本のたばこ』は前半1時間、後半1時間15分とかなり長めの作品。1985年に振付けられた。

pari1409a_01.jpg (C) Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

開演前、ガルニエ宮の客席に入ると床、壁面、天井がいずれも一面真っ白な部屋が目に飛び込んできた。全面白い床には何も置かれていない。奥のガラスの向こう側には熱帯樹が茂り、左側の戸から昇ると大きな金魚の入った水槽、右側はサボテンの生えた砂漠になっている。
照明がいったん暗くなってまた明度が上がって作品がスタートした。中央奥の扉を開けて一人の女性が客席の前に立つ。「どうぞお入りください。夫は出征しているんです」と観客にほほえみかけ、きびすを返して立ち去る。
当初『ダンスの夕べ』(Soirée de danseソワレ・ドゥ・ダンス)と題されていたというが、この夕べで繰り広げられるのは普通の意味でのダンスではなく、身体を使って表現される人間のスケッチの連鎖だ。冒頭に登場した夜会服の若い女性は身体を激しく痙攣させ、服がずれて胸元があらわになる。はるかに後の場面では他の女性はきれいなドレスにたばこの火で穴をいくつも空けていく。
半裸の男がたばこの煙を吐き出しては、外に出た煙をもう一度呑み込もうとする。この男が頭をのけぞらせている所へ、後ろから近づいたドミニック・メルシー(この公演の要となっている1956年生まれのフランス人ダンサー)が男の頭の位置を元に戻す。
たばこが何度も登場するものの、作品の題名は途中で流れるアルベルト・ハンターが歌うジャズの曲名(ポール・フランシス・ウエブスター作詞、リュー・ポラック作曲、1934年)を採っている。「暗闇」はダンサー=人間の身体を通して垣間見られる内面の闇を暗示していると感じられた。
小柄な女性が「私は優しい」「小さくて優しい」「小さくて優しくかわいい」と客席に向かって言葉をかける場面があるが、言葉は女性のコケットリーを引き出すための道具に過ぎない。言葉によって物語が綴られていく演劇とはまったく違う。女性の表情と仕草によるスケッチが、何を表わしているかを美術品の横のタイトルのように添えられている。タンツテアター(Tanzthaterダンスと演劇とを重ねている)が従来のダンスでも演劇でもない、ピナ・バウシュ固有の身体によって表現された舞台というジャンルだということが、この作品には明瞭に現れている。

pari1409a_02.jpg (C) Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

正装した男性二人がシャンペンをコップに注ぎ合い、その一人の口から液体が流れ、もう一人がはき出した液が頭髪を濡らす。社交人の虚飾が白日の下にさらされたこの滑稽なスケッチには、笑いが客席からおこった。観客の意表を突いたのは、女性の服を身にまとったドミニック・メルシーが足ヒレを付けて水槽に横たわるシーンだった。
若い男性が女性を折り畳み、抱き上げてから床に木の実を置き、女性を床に落として実を割って中身を女性がうれしそうに食べる不思議な場面は、女性の身体をオブジェのように扱う男とそれに快楽を覚えている女性を皮肉っているようだった。
6週間のリハーサル期間中に出された、ピナ・バウシュの150の問い(「ちょっとした幸せ」「床のすぐ上でちょっと踊ること」など実に多様な問いだが)へのダンサーたちの答えから選ばれたスケッチの積み重ねを通して見えてくるのは、一人一人のダンサーが自分の身体の内側で探った「人間」の断片であり、それを静かに見ている振付家の視線だ。そこから透けて見える孤独は底が無い。『満月』(Vollmund 2006年)や『スイート・マンボ』(2008年)といった晩年の作品よりも遥かにゆっくりしたテンポで展開する。その闇を和らげるように何度も流れるのがべートーヴェンの「弦楽四重奏曲第15番イ短調」の第3楽章だ。
フィナーレの直前には5組の男女が床に腰を下ろし、ワルツの姿勢で身体を左右に揺らしながらラヴェルの『ワルツ』の音楽に乗って進む。途中で壁にぶつかって動けなくなり、向きを変えて再度進む。19世紀のウインナワルツをデフォルメしたラヴェルの曲とカップルの奇妙な動きとがぴったりと重なり、華麗なワルツと現代との距離を鮮やかに描き出していた。
カーテンコールではシャンソン『暗闇の二本のたばこ』の旋律をバックに、腕を大きく広げたダンサー全員が舞台奥から客席へと進み出る。ダンサーの身体、闇から客席全体が照らされる部分まで変化に富んだ照明、多種多様な音楽と小道具といった要素を織り成すことでピナ・バウシュは、肉体の内側にある人間を白日の下に引き出した。個性的な、ダンスだけでなく視線や仕草による表現にも秀でたダンサーたちが作り出した濃密な舞台は、いつまでも記憶から消えることはないだろう。
(2014年9月5日 ガルニエ宮)

pari1409a_03.jpg (C) Opéra national de Paris/ Laurent Philippe pari1409a_04.jpg (C) Opéra national de Paris/ Laurent Philippe
pari1409a_05.jpg (C) Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

『暗闇の二本のたばこ』
振付・演出 ピナ・バウシュ(1985年)
音 楽 モンテヴェルディ、べートーヴェン、ラヴェル、フーゴ・ヴォルフ、パーセル、ベン・ウエブスター、ルネッサンス時代の音楽 他
装 置 ペーター・パブスト
衣 装 マリオン・チト
出演ダンサー リュス・アマランテ、メヒティルド・グロスマン、ダフニス・コキノス、エディー・マルティネーズ、ドミニック・メルシー、ジュリー・シャナハン、フランコ・シュミット、ミヒャエル・ストレッカー、アイーダ・ヴァイニエリ、アンナ・ヴェーザルク、ツァイ・チン・ユー