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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2014.02.10]

ヴィシニョーワ、ラントラートフがラトマンスキー版『ロスト・イリュージョン』を踊った

Ballet du Théâtre Bolchoï ボリショイ劇場バレエ団 パリ引越公演
Alexeï RATMANSKY «Illusions perdues » アレクセイ・ラトマンスキー振付『ロスト・イリュージョン:失われた幻影』

2シーズン振りにガルニエ宮にボリショイ劇場バレエ団が戻ってきた。前回2011年5月にはアレクセイ・ラトマンスキー振付の『パリの炎』とアレクセイ・ファデーシェフ振付の『ドン・キホーテ』の二つプログラムがあったが、今回はラトマンスキー振付による 『ロスト・イリュージョン:失われた幻影』(バルザックの『幻滅』に基づく)だけだった。

pari1402a_01.jpg (C) Opéra national de Paris/Laurent Philippe

大幕が引き上げられると、セピア色の中幕が現れた。サン・ジャックの塔からシテ島を経て、フランス学士院の丸屋根までのセーヌ河畔の風景だ。雲が垂れ込め、ボードレールが「スプリーン」と表現したた憂鬱な雰囲気が明快に伝わってきた。パリ・オペラ座前の広場、オペラ座のバレエのリハーサル室、『ラ・ボエーム』を思わせる詩人の屋根裏部屋、オペラ公演の舞台裏といった具合に場面は転々とするが、装置を作ったフランス人、ジェローム・カプランは衣装も担当し、パリ・オペラ座のバレリーナとそのパトロンたちの小宇宙を品良く描き出した。
時代はフランス革命とナポレオン帝政が終わった王政復古の1830年代である。バレエ音楽の作曲家リュシアンは、オペラ座で自分の作品が演奏されることを夢見ていた。その処女作が上演されて大成功を納め、彼はヒロイン役のコラリーとねんごろになるが、ライヴァルのエトワール、フロリーヌの仲間に引き込まれてコラリーを捨てる。第2作目を作曲して再び成功する。しかし、フロリーヌに袖にされ、オペラ座からも放り出されて、コラリーのもとに戻ろうとするが、時すでに遅く、彼女は元のパトロンとよりを戻した後だった。
ヒロインのコラリー役のディアナ・ヴィシニョーワはマリインスキー・バレエ団とABTのプリンシパルだが、しばしばボリショイ劇場に客演している。弓形にしなった背中のライン、あくまでもなめらかな曲線を描く腕の表情、リフトされると空中に漂うかのようだ。そして青年作曲家を見つめるなんとも熱い視線。そのまなざしの先にいるウラディスラフ・ラントラートフの若々しい姿も主人公にぴったりだ。ライヴァルのエトワール役のエカテリーナ・シュプリナも全身からエネルギーがほとばしっていて魅力的。
誰にもわかりやすい筋、品のよい装置と衣装、世界でも指折りのダンサーがそろいながら、開演後しばらくすると周囲の人々が退屈し始めたのは作品そのものに問題があったからだろうか。このダンサーたちで別の作品が見られたらどんなに素晴らしいだろう、という思いが胸をよぎったのは筆者一人ではなかったろう。 

pari1402a_02.jpg (C) Opéra national de Paris
/Laurent Philippe
pari1402a_03.jpg (C) Opéra national de Paris
/Laurent Philippe
pari1402a_04.jpg (C) Opéra national de Paris
/Laurent Philippe

作品はもともとロチスラフ・ザハーロフ振付(音楽はボリス・アサフィエフ)によりソヴィエト時代の1936年にマリインスキー劇場で初演された「ドラマ・バレエ」だ。その台本にレオニード・デシャニコフが新たに音楽を作曲し、ラトマンスキーが振付け2011年にボリショイ劇場で初演された。ラトマンスキーは『パリの炎』(1932年マリインスキー歌劇場初演、ラトマンスキー版は2008年ボリショイ劇場初演)に見られるように、ソヴィエト時代の作品に現代の振付をほどこし、あらたな息吹を与えてきた。『ロスト・イリュージョン』の4年前に初演された『パリの炎』は2年前に見たが、集団の群舞が革命下の大衆を生き生きと描き、テンポのよい振付がヒロインのジャンヌ(溌剌とした見事なナタリア・オーシポワ)と貴族の娘アドリーヌ(気品あるニーナ・カプツォーワ)といった青年の命運を余すことなく描き出していた。アサフィエフの音楽も変化に富み、物語にふさわしいドラマをもたらし、フランス革命を理想化していたロシア革命直後の芸術家たちの想いが感じられた。
今回、3幕約2時間(20分休憩二回)の『ロスト・イリュージョン』が『パリの炎』のようにうまくいかなかった最大の原因はレオニード・デシャニコフの音楽にあったと思う。ショパン、フォーレ、マスネ、シューマン、ラヴェルといったさまざまな作曲家の楽想がつなぎ合わせられていたが、これは引用ともいえないと思う。登場人物たちの感情の変化は伝わってこなかった。どんなに優れたダンサーでも人物像を描くのはむずかしかったのではないだろうか。視覚芸術であるバレエでも目には見えない音楽がいかにダンサーの身体と演技を支え、作品の成否の大きな鍵となっているかを改めて思い知らされた。
(2014年1月4日 ガルニエ宮)

pari1402a_05.jpg (C) Opéra national de Paris/Laurent Philippe pari1402a_06.jpg (C) Opéra national de Paris/Laurent Philippe

『ロスト・イリュージョン:失われた幻影』
音楽/レオニード・デシャニコフ
振付/アレクセイ・ラトマンスキー
装置・衣装/ジェローム・カプラン
照明/ヴァンサン・ミエ
ドラマコンサルタント/ギヨーム・ガリエンヌ
ボリショイ歌劇場バレエ団 イゴール・ドロノフ指揮 コロンヌ管弦楽団
ピアノ/ルカス・ジェニウサス
歌手/スヴェトラーナ・シロヴァ、カトリーヌ・トロットマン
キャスト
コラリー/ティアナ・ヴィシニョーワ
リュシアン/ウラディスラフ・ラントラートフ
フロリーヌ/エカテリーナ・シュプリナ
プルミエール・ダンスール/アルテム・オヴシャレンコ
カミュゾ/イエゴール・シマシェフ
公爵/アレクサンダー・ファデエシェフ
メートル・ド・バレエ/ヤン・ゴドフスキー