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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2012.12.10]
シャンゼリゼ歌劇場

サシャ・ヴァルツが音楽とダンスによって描いた暗鬱な悲劇『メディア』

Sasha Waltz & Guests サシャ・ヴァルツ&ゲスト
Sasha Waltz, ¨Medea¨ サシャ・ヴァルツ振付『メデア』

2007年にブリュッセルのモネ王立歌劇場で世界初演されたサシャ・ヴァルツ振付の『メデア』がフランス初演された。

pari1212b01.jpg (C)Sebastian Bolesch

客席の照明が消えると、鮮血を思わせる真紅の大布がぱっと天井から落ちて何もない深い闇が広がった。沈黙が支配する闇の奥からダンサーたちがうごめくように前進し、輪を作った。ここで、音楽が始まり、「私の幸福であり、不幸であるジャゾン。乳母よ、どこに私の夫はいるの」という王女メデアの嘆きが響いた。ダンサーたちの輪の中央にできた空間で、やがてメデアは自分の子供二人を手にかけることになる。
作品のなかばでは、それまで何もなかった舞台奥にギリシャ彫刻のレリーフがおぼろげに現れた。その中の彫像はしばらくたつと動き始め、メデアと周囲の人々の錯綜する感情が身体の動きだけで描き出されていった。
こうして、14人のサシャ・ヴァルツ&ゲストと合唱は一体となって動き、一人中央に屹立しているメデアの孤独が浮かび上がってきた。サシャ・ヴァルツはギリシャ悲劇のヒロインを嫉妬に狂って単なる嬰児殺す悪女ではなく、子供を生む母であり、癒すものである女性というプラスの側面とが拮抗していることを身体と声とを重ね合わせることで表現した。メデアが夫の若い再婚相手にプレゼントした毒入りの首飾りが、若い姫の白い肌に赤黒く流れているシーンは、あまりにも生々しく目を背けずにはいられなかった。

pari1212b02.jpg (C)Sebastian Bolesch

作品の幕切れ近くで、メデアの自分を裏切った夫への怒りが迸るシーンでクライマックスに達した。舞台袖に置かれた6台の巨大な送風機が突如として大きな音をたてて回り始め、ダンサーや歌手を激しく翻弄するとともに、ヒロインの善き部分をも吹き飛ばし、狂気が周囲を支配し「死より悪いのは老いることだ」というメデアの呪詛が響いた。        
わずか一人のソプラノと少人数の合唱、ヴァイオリン11台にヴィオラ4台。チェロ4台、コントラバス2台、それにオルガンとクラブサンという小編成のオーケストラによるパスカル・デュサパンの音楽がサシャ・ヴァルツによって肉体を与えられ、古代ギリシャでも群を抜いて暗鬱な悲劇が、一人の女性の情念のドラマとして再創造された。
(2012年11月9日 シャンゼリゼ歌劇場)

『メデア』
オリジナル音楽/パスカル・デュサパン『オペラ・マテリエル』(1992年)
振付・芸術監督・演出・ビデオ/サシャ・ヴァルツ
装置/ピア・マイヤー・シュリーヴァー、トーマス・シェンク、ハイケ・シュッペリウス
衣装/クリスティーネ・ビルクレ
照明/ティロ・ロイター
ドラマツルギー/ヨッヘン・サンディック、ヨレーメ・ヴァルツ
キャスト
メデア/カロリーヌ・シュタイン
メデアの4つの声/セシル・ケンプナエル、クラウディア・ベルツ(ソプラノ)
アンヌ・クリスティン・ツチュンケ(メゾ・ソプラノ)、ケルスティン・シュテッカー(アルト)
語りの声/ラウラ・エルセーグ・シモン(乳母)、トーマス・レーマン(ジャゾン)
ダンサー/リザ・アルピザール・アギラール、イリ・バルトヴァネック、ダヴィデ・カンプラニ、マリア・マルタ・コルジ、リザ・デンセム、ガブリエル・ガリンデーズ・クルーズ、ヴィルジス・プオジウナス、ササ・ケリーズ、オルダンド・ロドリゲーズ、マタ・サッカ、ヤネル・シュネル、クサン・シ、ダヴィデ・スポルテッリ
演奏/ベルリン古楽アカデミー ベルリン・ヴォーカル・コンソート