ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2012.12.10]

カニンガムに捧げられたマリ=アニエス・ジローのシュールリアリスティックな舞台

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
¨Sous Apparence¨ by Marie-Agnès GILLOT, “Un Jour ou Deux“ by Merce CUNNINGHA
『見かけの下』 マリ=アニエス・ジロー振付(世界初演)、『アン・ジュール・ウ・ドゥ』マース・カニンガム振付

パリ・オペラ座バレエ団のエトワール、マリ=アニエス・ジロー振付『見かけの下』の世界初演が行われた。
可動式の壁面からダンサーたちが這い出してきて、舞台が始まった。人が一人入れるかどうか、という幅しかない壁から次々に人が出てきて、薄闇の中を床を蛙のように進んでいくのが、ちょっと非現実的な不思議な感じを与えた。 床にはすべりのよいクリノリンが一面にひかれていて、ボーリングの球のようにダンサーが投げ出されては滑っていったりする。ちょっとミスしたら怪我をしそうではらはらさせられた。

pari1212a01.jpg (C)Opéra national de Paris/Julien Benhamou

19人のダンサーが登場するが、男性も全員ポワントで踊る。『サンドリヨン』(シンデレラ)の継母役の男性を別にすれば、バレエの舞台で見るのは初めてだった。「女性を演じるためでも、こっけい味を出そうというのでもなく、ポワントは女性のものという通念から解放するため」だという。「伝統を忘れずに新しいパや新しいムーブマン(動き)をさがすために男性のポワントを活かした」とジローはインタヴューで主張しているが、客席からはヴァンサン・シャイエをはじめとする男性ダンサーたちが、女性に見劣りしないポワント技術を発揮しているのに目を見張らされたが、振付面で期待されたほどの斬新な効果が得られたかどうかは疑問が残った。
マース・カニンガムへのオマージュとして作られたこの作品には筋はないが、ジローが当初「シュールレアリストの庭園」「軍隊の敬礼」「ハチ」という調子で名前を付けた短いスケッチが重ねられている。上半身を縄で縛ったレティシア・プジュル、アリス・ルナヴァン、ヴァンサン・シャイエのソリスト三人によるアンサンブル(「軍隊の敬礼」)はSMを思わせた。表題の『見かけ』は外見のことで、『見かけ』そのものには悪はないが、それをわたしたちが間違って受け止めている、とジローは考えているようだ。
装置を担当したオリヴィエ・モッセはすでに1996年にローラン・プティの『狂気礼賛』にアシスタント装置家として参加している。穴のたくさん開いた二つの壁面(下手と上手)に囲まれた空間によって、ジローが少女時代に遊んだ祖母の家の中庭を再現し、そこにあった対戦車ブロックが置かれた。二つの壁面は移動して、重なりあったり、交錯したりする。
衣装は前衛スタイリスト、ワルター・ファン・バイレンドンクが手がけた。2011年にマクレガー振付の『感覚の解剖学』で踊っているジローを見て、強い印象を受けたバイレンドンクは、ジローが望んだ「最も伝統的なノウハウによって作られた、最先端の前衛衣装」を考案した。刈り込まれた緑の植木や茶色の丸い球の重なった巨大なハチ、ピンク帽のロケットはダンサーの上半身を覆い、表現の幅を限定したが、ダンサーに対して制約を与えようとしたジローの意図を汲んだものである。「シュールな庭園にそれらしい雰囲気を与えた」、「かさばってダンサーの動きが見えにくくなった」とこの奇抜な衣装に対する評価は二分された。
個々のシーンやパ・ド・ドゥはそれぞれに工夫が凝らされ、ダンサーも主役三人をはじめ、ジローの意図を最大限に表現して30分間の上演時間中観客を飽きさせなかったが、作品全体としての統一感が今一つつかみにくかったのが惜しまれる。その理由としては、合唱指揮者のローランス・エキルベが選んだ音楽がフェルトマンを別にすると、ブルックナーとリゲッティというきわめて密度の高い作品だったために、身体表現がその中に入り込む隙間が残されていなかったことが挙げられる。「スペクタクルが進むにつれて、ダンスは音楽に圧倒されてしまった。音楽が強烈すぎて観客は舞台の上のダンサーを忘れてしまった。」(「レス・ムジカ」誌デルフィーヌ・ゴアテル)という評は休憩時間に議論していた周囲の観客の印象と重なっている。振付家が音楽を選ばなかった場合には音楽担当者に音楽家としての能力だけでなく、舞台芸術についてどれくらいのセンスがあるかが求められることを改めて見せ付ける結果となった。あと一歩の構築力があれば、二年間にわたってジローが心に描いた「ダンサーの日記」が観客を魅了したのではないだろうか。

pari1212a02.jpg (C)Opéra national de Paris/Julien Benhamou pari1212a04.jpg (C)Opéra national de Paris/Julien Benhamou
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後半は1973年ガルニエ宮初演以来はじめての通しての公演となったマース・カニンガムの『アン・ジュール・ウ・ドゥ』。カニンガムが指導していたダンスレッスンでの日々の練習風景を素描したものだが、筋はない。
舞台装置は空間を二つに分かつ薄いチュールの布で、照明の微妙な変化に応じて灰色になったり透明になったりする。衣装も全身を覆うタイツで素っ気無く、照度を落とした照明のためダンサーの表情や視線は客席からはとらえられない。ジョン・ケージの音楽にはピットの中の奏者による実演に加え、鳥の声や飛行機の飛ぶ音が加わっている。「エトセトラ」という題名が示しているように、音楽だけでは完結しておらず、舞台表現、ヴィジュアル、照明、装置とともに構成される作品の一部に過ぎない。この点がジローの作品で使われたブルックナーやリゲッティの音楽と根本的に違っている。
こうして観客はダンサーのムーブマン(動き)だけを、それとは全く独立している音と空間とともに追っていくことになる。音楽にはよらない、しかも即興性を一切排除した細部までぴっちりと規定された動きが重ねられていくうちに、意味を削ぎとった人間の身体の吸引力に目が離せなくなった。ソロ、デュオ、トリオ、カルテット、アンサンブルとダンサーの組み合わせはさまざまだが、それが一つのまとまったものになったかと思うと、同時に並行して展開したりする。それにしても、エルヴェ・モローのギリシャ彫刻を思わせるような肢体は何と美しいのだろう。
ゆっくりした意味のない動きを24人のダンサーが67分間という長い時間にわたって積み重ねていく。緻密な振付にダンサーたちは破格の技術で血肉を与え、次第に舞台から「厳かさ」としか形容できないような空気が周囲に発せられていった。ガルニエで見たバレエ作品でも、ちょっと他に類のない凝集度の高い作品で、人間の身体表現の一つの頂点と言っていささかも誇張はないだろう。
(2012年10月31日 プルミ ガルニエ宮)

pari1212a2_01.jpg (C)Opéra national de Paris/Julien Benhamou pari1212a2_02.jpg (C)Opéra national de Paris/Julien Benhamou
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『見かけの下』
音楽/モートン・フェルトマン、ブルックナー、リゲッティ
振付/マリ=アニエス・ジロ
装置/オリヴィエ・モッセ
衣装/ワルター・ファン・バイレンドンク
照明/マジッド・ハキミ
音楽トラマチュルギー/ローランス・エキルベ
演奏/ローランス・エキルベ指揮 アルス・ノヴァ・アンサンブル・アンストリュマンタル、アクサントゥス合唱団
ソロダンサー/レティシア・プジョル、アリス・ルナヴァン、ヴァンサン・シャイエ
『アン・ジュール・ウ・ドゥ』
オリジナル音楽/ジョン・ケージ
振付/マース・カニンガム
装置・衣装/ジャスパー・ジョーンズによる
照明/ダヴィソン・スカンドレット
リハーサル指導/ロバート・スインストン、ジェニファー・ゴガンズ
演奏/フィリップン・ナオン・ジェローム・ポラック指揮アルス・ノヴァ・アンサンブル・アンストリュマンタル
ソロダンサー/エミリー・コゼット、エルヴェ・モロー、ファヴィアン・レヴィヨン