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大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
Text by Mariko  
[2011.10.11]

オペラ座ダンサー・インタビュー:バンジャマン・ペッシュ

Benjamin Pech  バンジャマン・ペッシュ(エトワール)
2012年1月の公演「Love from Paris エトワール」のアーティスティク・オーガナイザーとして、かつて開催された「エトワール・ガラ」とは異なる趣向を日本のバレエ・ファンに 準備中。

前シーズンの最後、『天井桟敷の人々』で怪しげであくの強いラスネール役を踊り、その演技とダンスが喝采を浴びたバンジャマン。この年末には初役のオネーギンが期待されている。オペラ座の舞台と並行し、来年の1月末の「Love from Paris エトワール」の座長としての仕事にも意欲的に取り組む日々だ。

pari1110c05.jpg 『天井桟敷の人々』
Photos Sébastien Mathé /
Opéra national de Paris

Q:今晩、『リファール/ラトマンスキー』に先立つ「デフィレ」が、今シーズンの初舞台ですね。「デフィレ」にはどんな感動がありますか。
A :ガルニエの舞台とぼくの最初のコンタクトが、この「デフィレ」でした。まだ学校の生徒だった僕には、エトワールがいて、コール・ド・バレエがいて……みんな一緒なので、初めての“家族の集まり”といった印象を受けました。今でも「デフィレ」のたびに、その子供時代の感動が戻ってきます。舞台では上がってしまうんですよ。一人で 歩く距離が長いし、エトワールは拍手で迎えられるでしょう……。

Q:生徒時代とエトワールの現在では「デフィレ」の衣装が違いますね。
A :そう、小さいときはグレーのタイツに白いシャツでした。それから黒いタイツになって、次に白いタイツに。その次は、白いシャツに黒いヴェスト。そして、プルミエール・ダンサーになると上下真っ白となりました。今はエトワールなので、衣装は同じでも、舞台に一人で出てゆきます。これって、信じられなほど贅沢なことに思います。

Q:今シーズンはラトマンスキーの『プシケー』からですが、これはどんな作品ですか。
A :ネオ・クラシックです。とても難しい。というのも、身体的にとてもきついんです。ラトマンスキーの仕事は、ユーモアをもって多くを扱っています。子どもに語る寓話のようにね。僕、この作品のキリムニックによる舞台セットがとても好きなんです。カラフルで夢がある。キャンディのクオリティ・ストリートの缶を開けた、といったイメージかな。
最初、ぼくはドラマティックな強さをエロスの役でどう表現したものかと探ったんです。でも、この作品はその逆で、イロニーとウィットをもって踊るバレエ。最近ぼくは個性の強い役を踊るようになってるので、稽古が始まる前には、これは超クラシックな作品なのではないかって、ちょっとびくびくしてたんですよ。 ピュアなクラシックで若者役となったら、それは僕ではなくマチューやエルヴェのものでしょう。でも、ラトマンスキーはぼくの個性を気に入ってくれて……。矢を放って、人を恋におとすエロス、キュピドン役に、僕は自分なりの色をみつけることができたんです。

pari1110c04.jpg 『クラヴィゴ』
Photo Icare / Opéra national de Paris

Q:前回の公演ではレンスキー役から降板しましたが、今年は『オネーギン』 で主人公を踊りますね。
A :ええ。前回がどういうことだったか、説明しましょう。『オネーギン』のオーディションがあって、シュツットガルト・バレエの芸術監督リード・アンダーソンが、ぜひ! と僕を一番にレンスキーに選んでくれたんです。うれしいことですよね。でも、いざ稽古がはじまってみると、その役柄の若さ、初々しさと僕自身の間にズレがあると感じたのです。そのことを相手に告げたものかどうか、すごく落ち着かない気持ちになってしまって。でも、自分が信じられないものを舞台でみせても、観客だって信じられませんよね。それで、彼に思ったことを言うことにしました。「申し訳ないけど、この役は自分にフィットしない。おそらくオネーギンには早すぎるのかもしれないけど、レンスキーには間違いなく遅すぎます」と。アンダーソンはすぐに理解してくれました。そして、こうして今年オネーギンを踊れることになったことに、とても満足してます。

Q:オネーギン役の何にひかれるのですか。振付ですか。
A :舞台をみればわかるけど、それほどたくさんのソロはないし、すごいテクニックを要求される役でもない。作品の中で10年とかの年月の流れがあって、その間に内面に変化があるという役です。とてもドラマティックな強さという点で、みせるべきものたくさん 。最初は、いやな奴ですよ。 そんな男に、月日の経過の後、罪のあがないが訪れる。冷たく、皮肉で、達観していたのが、情熱、愛情を表したときはもう遅すぎたという……。彼女からの許しがなかったのですから、 贖罪というより後悔ですね。複雑な二面を踊るんです。 それがとても興味深い役だと思っています。

Q:『ドガの小さな踊り子』の黒服の男、『天井桟敷の人々』のラスネールなど、悪の匂いが漂う個性の強い役が印象的ですね。
A :悪だけに興味があるわけではないですよ。この2年くらいの間でもらった褒め言葉の中で一番うれしかったのは、だんだんシリル・アタナソフに似てきている、というもの。僕が尊敬する素晴らしいアーチストです。 『ドガ…』『天井…』も準主役ですが、ぼくはこうした役を主役だとみなしているんです。なぜって、彼らによって物語が進展するんですからね。彼ら、策略を弄するんです。こうした人物を通じて、観客はストーリーをたどってゆくんです。『コッペリア』でもコッペリウスが物語を語るでしょう。経験や成熟ではなく、テクニックや若々しさで踊るただの若者役より、こうした役の方が今の僕にはずっと身近に感じられます。 今、36歳ですよ。まだ年寄りではないけれど、ダンサーとしては若くはありません。アーテスティックな面での追求ができる仕事をしてゆきたいんです。お見事!というテクニックをみせることより、舞台上での存在感や役の解釈によって、観客に印象づけてゆきたいんです。

pari1110c06.jpg 『天井桟敷の人々』
Photos Sébastien Mathé / Opéra national de Paris
pari1110c07.jpg 『天井桟敷の人々』
Photos Sébastien Mathé / Opéra national de Paris

Q:テクニック的な面で変化を感じていますか。
A :クラシックの大作などでは確かに、以前より少し……。今僕は芸術的な追求を、役柄の厚みや豊かさにおいています。もちろん今だってテクニックはありますし、トゥール・アン・レールとかもできますよ。でも、技術的にしか上手くやってゆけないのだとしたら、この年齢では興味がもてません。それに僕の顔型は角張っていて、一種独特なもの。こうした役柄に生まれついてるんだと思いますよ。

Q:そうした点から、オペラ座のレパートリーで踊りたい役は何ですか。
A :『カルメン』のドン・ホセ、『マノン』のレスコー役。後者はきっと踊ることになると思います。『ライモンダ』のアブディラフマン。ああ、ぜひ踊りたいですね。こうした役は、長く踊ってゆけるものですしね。

pari1110c01.jpg 『狼』
Photos Anne Deniau /
Opéra national de Paris

Q:エトワール任命からこれまでのキャリアの中で、忘れがたいステージは何でしょうか。
A :たくさんあります。でも、そう問われて思うのは、特定の公演のことより、その前の仕事のセッションにおいてですね。もちろん舞台の思い出もありますが、その前の準備期間というのは、公演の出来を決定するものですから、とても重要なものです。忘れがたいのは『火の鳥』のリハーサル。素晴らしい時間でした。その期間中、まるで俳優のように、この役を踊ることだけに、ぼくは精魂を傾けていました。最近では、昨年9月の『狼』『ランデブー』の準備期間ですね。ローラン・プティがいて、これが彼との最後の仕事となってしまいましたが……。彼と共に仕事をし、とても多くの感動がありました。プティの作品を僕はたくさん踊っていて、彼から信頼されています。オペラ座で新しい演目をみせるこのプログラムのために彼がきて、仕事を一緒にする機会が再び得られ、互いの間で多くのやりとりがあって……。スタジオで、彼はいつも僕のリハーサルをみてくれていました。僕のキャリアの中でも、忘れがたい時間です。『狼』は踊りたかった役で、これからもガラ・コンサートで踊り続けてゆきます。繰り返すたびに、満足が得られる作品なんです。

pari1110c02.jpg 『狼』
Photos Anne Deniau / Opéra national de Paris
pari1110c03.jpg 『狼』
Photos Anne Deniau / Opéra national de Paris

Q:これまでにダンスを辞めたいと思ったことはありますか。
A :全然! もちろん、疲れた、とか、もううんざりということは、いつだってありますよ。怪我をしたとか 、難しい時もありますよね。でも、かといってダンスを辞めて他のことをしよう、と思ったことは一度もありません。

pari1110c08.jpg 「火の鳥」
Photos Laurent Philippe /
Opéra national de Paris

Q:今36歳ということですと、42歳の定年まであと6年となりますね。まだ6年ある、と思いますか、それともたった6年しかない、と思いますか。
A :これから先まだ素晴らしい5年間が待っている、とぼくは考えています。カウントダウンが始まっているのは確かです。でも、同時に僕は自分の未来に確信を持っています。10年前は定年後の仕事について不安がありました。というのも、その頃、ぼくはダンサーの仕事しかしていませんでしたからね。それが2005年の「エトワール・ガラ」以降、プロデューサー、アーティスティック・オーガナイザーの仕事もするようなり、別の扉が開かれたという気がしています。ダンサーの未来しかみえてなかったところに、自分にできることがあるとわかって、これはぼくのキャリアにおいて、重要な経験の1つでした。カンパニーのディレクターとして、あるいは、公演のディレクターとして、ダンスの世界に自分が貢献することができるとわかったんですね。定年後、それを仕事にするには就任先をみつけることが肝心ですが、いずれにしても、自分はそうした仕事のためにある、と今は、言えるんです。

Q:自分にふさわしいことがみつかったというわけですね。
A :そう。すごく気に入ってる仕事です。公演はダンサーや振付家の助けも借りますが……。毎回、決して簡単じゃありません。特に日本では、多くのバレエ公演があるので、それとは異なるものをみせなければならない。いつも超えるべきバーを高いところに僕は設定するんです。そして 同じ場所には留まらず、常に上へ上へと。チャレンジ精神が旺盛なんですね。

pari1110c09.jpg 「火の鳥」
Photos Laurent Philippe /
Opéra national de Paris

Q: 「Love from Paris エトワール」について、少し話していただけますか。
A :これ、東北地方をおそった災害のあとにすぐに思いついたことなんです。何かしなくては! と。11歳のときから今に至る25年間、日本には22回も行っています。ボクを支援してくれた人々に、今度は僕の方からの支援を証明したいと思ったんです。今回たまたま1月に公演ができる機会があったので、オペラ座のダンサーだけのグループの公演を決めました。「エトワール・ガラ」とはまったく関係のないもので、今回は少しばかり因習的なガラかもしれません。でも、 「エトワール・ガラ」とは別のアングルから考えられたもので、日本の観客が見る機会のないものをもってゆきますよ。オペラ座のダンサーたちが、フランスのエレガンスを見せます。カンパニーの大規模なツアーはあっても、オペラ座のダンサーだけのグループ公演はここのところありませんでしたしね。この公演でも、ぼくがパ・ド・ドゥを提案し、そこにダンサーたちが彼らのアイディアを持ち込み、次に僕がソースをまぜあわせて、と……。共同でレシピを作り上げてる感じですね。

Q:「エトワール・ガラ」は今後も続くのですか。
A :もちろん!「エトワール・ガラ」はぼくの子どものようなもの。たいへんな愛着があります。僕はアーチスト同士の交流が好きなんです。ほとんどのカンパニーがシーズンをおえる7月というのが、他のバレエ団のダンサーと一緒に踊れるチャンス。異なる世界の同じ世代のダンサーが出会い、自分たちの見せたいものを踊るというのが、「エトワール・ガラ」です。それが「Love from Paris エトワール」にとって変わられる、という意味ではありません。まだ、時期が先のことなので具体的なことは何も話せませんが、次回の「エトワール・ガラ」についても進めているところです。

Q:今回は若いダンサーもいっしょですね。
A :1月のガラは、日本で踊る機会のない若いダンサーを紹介する良いチャンスだろうと思うんです。プロモーション的な意味があるんです。僕がルグリのグループ公演に最初に参加したのは、まだコリフェの時代でした。この公演によって、ソリストとしての規律とか、ソリストとして踊る喜びというのを知ることができたんです。そして、エトワールになりたいという意欲も。エトワールというのは、手の届かないところにあるように思えてた時代でした。プロの世界に立ち向かう機会が訪れ、コール・ド・バレエやスジェのとはまったく別のレヴェルの責任感を知ることで、ダンサーとして進歩があったんです。そんな訳で、今回は僕が評価している若いダンサーたちと一緒の公演をすることに決めたわけです。

pari1110c10.jpg 「アルルの女」
Photos Icare / Opéra national de Paris

Q:では、参加する若いダンサーについて少し語ってください。ヤニック・ビトンクール(スジェ)からにしましょうか。
A :彼はまだ若く、果物に例えれば青い果実という感じですね。でも身体的にも美しく、フレンチ・エレガンスを代表できる若いダンサーといえます。ABTかどこかの学校で学んだ後、オペラ座のカンパニーに入団しています。ですから、オペラ座が求めるスタイルという点で、いささか欠落部分がある。でも、少しずつフレンチ・スタイルに適応できてきていて、僕としてはその方向性への手助けをしたいと思っているんです。それでこの公演で彼が『ソナチネ』を踊るのがいいだろうと考えました。彼にとって大きなチャレンジですよ、これは。詩人の役で、空に舞うような軽やかさが要求されます。これを踊ることで彼は素晴らしい進歩をとげる、と僕は確信しています。

Q:女性は若手3名の参加ですね。
A :ええ。マチルド・フルステ(スジェ)から話しましょう。僕のお気に入りダンサーの一人です。素晴らしいテクニックの持ち主ですから、ぜひとも彼女の『チャイコフスキー・パ・ドゥ・ドゥ』を見てみたい、と。そして前回の「エトワール・ガラ」でエヴゲニアが踊った『三銃士』も、彼女に良さそうだと思っています。これまでの彼女と少々異なった色づけをしてみたいんですね。彼女はマチアスとパーフェクトなカップルなのですが、まだ日本では一緒に踊っていません。これは、ぜひ実現しなければ、と。それからシャルリーン・ギゼンダナー(スジェ)ですね。彼女のダンスにはたいへんな抒情性があると思っています。この公演にはぼくのいつものパートナーのエレオノーラが、個人的理由で参加できません。それでエレオノーラ的なダンスのクオリティの持ち主、彼女のようなタイプのダンサーは誰だろうと考えたんです。この点で一番近いのがシャルリーヌ。彼女とは、ヴィヴァルディの音楽に僕が振付けた『スターバト・マーテル』を踊ります。そしてミリアム・ウード・ブラーム(プルミエール・ダンスーズ)。彼女、来日の機会が少なく、あまり日本では知られていないのではないでしょうか? 高い評価に値する素晴らしいダンサーですよ。実は最初レティシア・ピュジョルをメンバーに考えていました。でも彼女の参加が不可能となってしまったんです。でも、ぼくはどうしても『狼』を踊りたくて……。レティシアのように若くてフレッシュなエスプリのダンサーといったらミリアムしかいないので、彼女にはそうした経緯を話した上で参加をお願いしました。マチューとも彼女は新しいものを踊る、という展開も生まれましたね。

Q :このインタビューが掲載されるころには、プログラムすべてがサイトで発表されていますね。
A:ええ、おそらく。まだ許可が得られていない作品があるんです。あいにくなことに振付家が亡くなってる作品が多く、許可とりには毎回いろいろな障害があって、どうしても時間がかかってしまって。

Q:どういう形のチャリティーをこの公演で考えてますか。
A :寄付という形なのか、どうなるのか、今のところ具体的な内容はまだ決まっていません。

Q: アート・ディレクションの仕事をこうして重ねている現在、定年後にオペラ座のディレクターというポストを夢見ますか。
A :もし提案されれば、もちろん。でも、それは僕の夢でも目的ではありません。というか、それについてちゃんと考えたことがない、というのが正直なところですね。でも、ホワイ・ノット。もっとも、オペラ座は組織として僕には大きすぎます。金銭的余裕はないかもしれないけれど、いろいろな面で自由のある小さい組織の方が僕の好みですね。今のところは小さな組織で少しずつ試して行きます。

pari1110c11.jpg 「アルルの女」
Photos Icare /
Opéra national de Paris
pari1110c12.jpg 「アルルの女」
Photos Icare /
Opéra national de Paris
pari1110c13.jpg 「アルルの女」
Photos Icare /
Opéra national de Paris

<<10のショート・ショート>>
1.プティ・ペール:ジャン・マリ・ディディエール。
2. プティット・メール:クロード・ドゥ・ビュルピヨン。
3. 今読んでいる本: マリ・ドミニク.リエーヴルが書いたイヴ・サンローランの伝記『Mauvais Garcon 』。伝記本が好きで、この夏はペギー・グッゲンハイムの伝記を読んだ。
4.ダンサーでなかったら就いていたかもしれない職業:ダンサー以外、考えられない。難しい質問だ。思いつくまま答えれば、建築家、あるいは香水の調香師。
5.自分の性格の主立った特徴:粘り強さ。
6. 好きな飲みもの:赤ワイン。
7. 悪い癖:極端なこと 。良いこと悪いこと、どちらにも 。
8. コレクションしているもの:何もなし。それに、この1年間、家財道具を倉庫にあずけ、トランク2つとコンピューターであちこちを転々とする暮らしなので、物に執着がなくなった。
9. 本日の装い:ジーンズ、ストライプのTシャツ、マルタン・マルジェラのニット。
10. 理想のバカンスの行き先: 行き先はどこでもよく、共に時間を過ごしたい相手と一緒が理想。あるいは、南仏に母がもつ海辺の小屋。