ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
Text by Mariko OMURA 
[2011.04.11]

オペラ座ダンサー・インタビュー:オーレリー・デュポン

Aurelie Dupont オーレリー・デュポン(エトワール)
ジュエリーのクリエーションを本格的にスタート。9月、オペラ座の舞台に復帰する。
pari1104b05.jpg Photo ANNE DENIAU

今年1月に第二子を出産したオーレリー・デュポン。すでに朝のクラス・レッスンを再開している。9月からの新シーズンでオペラ座の舞台に復帰するに先立ち、7月はマニュエル・ルグリと、8月はニコラ・ル・リッシュと共に日本で踊る予定だ。今回の出産休業を利用し、ジュエリー・デザイナー活動を本格的に開始した彼女。デザイン&製作したヘア・アクセサリーが、現在オペラ座のブティックで独占販売されている。話題の映画『ブラック・スワン』ではバレリーナの厳しいダンス人生が描かれているが、オーレリーは公私のバランスを上手くとり、充実した日々を満喫しているようだ。

Q:ジュエリー・デザインを始めたきっかけを話してください。
A:小さかった頃から手仕事が大好きで、何かしら作ってました。アメリカに住んでいた当時で、まだダンスは始める前のことよ。初めて一人暮らしをしたときには、古くて安い家具を買って、自分でやすりをかけたり、修理したりして楽しみました。ジュエリー製作はいつからということではなく、徐々に・・・。
本格的に作り始めたのは、7年くらい前かしら。最初はイヤリングから始めたの。でも販売目的ではなく、姉妹や友だち用にね。その次は長いネックレスを作り・・・。私、細々とした作業が好きなんです。ジュエリーは緻密で正確さが必要な仕事。これはダンスにも通じることですね。手を動かしてると、ストレス解消になるし、気分転換もできます。私、一人で過ごす時間が好きなの。
だからジュエリーのクリエーションというのは、私にすごく似合ってること。その間一人きりで、音楽をかけ、キャンドルを灯し・・・この雰囲気も気に入ってるわ。

Q:ダンサーはみな小さい頃から裁縫に親しんでいますね。
A:そうですね。シューズに自分でリボンを縫えるように習うので、他の子供に比べて小さいときから針を持つことには慣れてます。私、裁縫も好きで服も縫うのよ。最初の子供が生まれたときに、何を着せたものかと困ってしまって・・なぜって、売ってる服にきれいだと思えるのがなかったの。それで、彼のためにたくさんパンタロンを縫ったんです。日本に行ったときには、日本の模様の生地を買ってきて・・・友だちから自分の子供にも作って! とお願いされたくらい、素敵なパンタロンだったのよ。

pari1104b06.jpg Photo STEPHANIE FRAISSE

Q:どこでジュエリーを製作しているのですか。
A:アトリエは、オペラ座の私の楽屋の中にあるの! 3年前に第一子を妊娠したときに思ったのは、出産したら、自分の時間はなくなるし、パールとか細々した品を家で出しっぱなしにはできなくなるわ! と。私、オペラ座の裏方さんたちと仲良しなので、ジュエリーを創ってることを彼らに話して、楽屋の中にアトリエを作ってくれないかしら、とお願いしたの。そうすればオペラ座で稽古の合間などに、ジュエリーを創れるでしょう。心良く引き受けてもらえ、材料を整理できる棚のついた作業台を作ってもらいました。少しずつ時間をかけてアトリエらしく整えたのよ。第二子の妊娠6カ月までは朝のクラス・レッスンに出てたので、午後は楽屋のアトリエでジュエリー製作・・・ということもおかげでできたんです。

pari1104b01.jpg Photo STEPHANIE FRAISSE pari1104b02.jpg Photo STEPHANIE FRAISSE

Q:オペラ座のブティックでヘア・アクセサリーのコレクションが独占販売されることになったのは、どういう経緯からでしょうか。
A:私がジュエリーを創ってること知ってたブティックのスタッフから、ヘア・アクセサリーのコレクションをつくってみて、って言われたの。そして気にいったら、独占販売しましょうって。合計80点を創りました。もちろん一人でよ。時間が一番かかるのは、1つのモデルをつくりあげること。良いアイディアがみつかれば、あとはそのモデルのヴァリエーションを創っていけばいいので・・。そうね、3か月くらいかかったかしら。
最近ヘッド・ジュエリーが流行してるけど、そうなる3年くらい前から私は自分でネックレスを頭に捲いたり、皮やチェーンでヘア飾りを創っていたの。そもそも、私は髪をきれいに結ってる女性がとても好きなんです。母はずっとショートヘアなので、それはおそらく私の仕事に起因してるのだと思うわ。ポニーテール、シニョン、アップ・・・そんな女性に洗練を感じます。私は出産があったので髪をカットしたけれど、今、伸びるのを待っているところ。外出に際して、さあ、きれいに装いましょう、というとき、私はヘアに手間をかけるの。そして、靴にね!

pari1104b07.jpg Photo MARIKO OMURA pari1104b08.jpg Photo MARIKO OMURA

Q:革、コットン、ウールを素材に使っていますね。
A:ブティックから提案があったとき、どういったヘア・アクセサリーにしようかしらと考えたの。オペラ座は私の仕事場であり、メゾン。私はそこのエトワール・ダンサー。ダンサーの楽屋にあるアトリエから生まれるにふさわしいアクセサリーとは? その結果、チェーンやパールなどは使わずに、私がダンスをするのに必要な素材を使う、ということを思いついたの。ウールはゲートルから、革、コットン、リボンはバレエシューズから、というようにね。
チュール? 実はいろいろな色で試してみたのだけど、なぜか気にいったのが出来なかったの。私は素材に触るのが好きなので、デッサンをせず、材料を実際に手にしてあれこれ試してゆく方法で作っています。ブランドのロゴも自分で考えたのよ。エトワール・ダンサーからのキスという意味をこめて、私の唇に星をあしらったデッサンにしたんです。

Q:子供用のヘア・アクセサリーも販売されていますね。

A:ええ、最初は考えてなかったんですけど・・子供用にはバレエシューズのゴムを使いました。ピンクのリボンはパリでは良い品がみつからないので、日本のチャコットで購入したものです。ヴァリエーションとして花柄のも作りました。もう少しダークな色調でなら、これの大人用をつくってもいいかもしれないわね。ジュエリー用の材料は、以前から日本でたくさん購入しています。
毎回、たくさん持ちかえるのよ。チェーンやカラーストーンとかは、かなりな重さ。幸いパリから大量に持ってゆくトゥシューズは、公演後ははきつぶしてしまうので、その代わりにトランクにジュエリーの材料を入れて、持って帰ってくるんです。

pari1104b10.jpg Photo STEPHANIE FRAISSE pari1104b11.jpg Photo STEPHANIE FRAISSE

Q:ジュエリー・デザインを引退後の仕事として考えているのでしょうか。
A:それを考えるには、まだ早すぎるわ。私の仕事はまず第一にオペラ座のエトワール・ダンサー。ジュエリーは2つめの情熱として、とても真面目にやってるのは確かだけど・・。今いえるのは、とにかく楽しんで作っているということ。技術的にはまだ未熟かもしれないけど、実現したいアイディアはまだまだたくさん。大切なのはアイディアでしょう。必要なら技術は習うことができるし・・・。ジュエリーを創り初めて、いろいろ新しい出会いもありました。
細かい部品などどこで買うか、ジュエリーの最後の仕上げをどうするかといったことを教えてくれた人とは、今では友だちのような関係なんですよ。

pari1104b04.jpg Photo Sébastien Mathé /
Opéra national de Paris

Q:7月、8月に来日の予定がありますね。
A:はい。7月はマニュエル・ルグリと、8月はニコラ・ル・リッシュと踊ります(注・NBS主催、「マニュエル・ルグリの新しき世界」「ニコラ・ル・リッシュとパリのエトワールたち」)。仕事の復帰の初仕事が日本ということに、私、とても満足しています。日本のファンの方々も満足してくれるのではないかしら。何しろ、私と日本はとても縁が深いので・・。

Q:ルグリと再び踊ることについて、どんな思いがありますか。
A:彼がオペラ座を去ったのは、本当に悲しいことでした。すべてを共に踊った、大切なパートナーが彼だったのですから。ウィーンのディレクターの仕事を始めたら、彼自身がレッスンをする時間などないだろうと想像しました。毎日レッスンしてなければ、レヴェルはあっという間に落ちてしまいます。彼は毎日レッスンを欠かさなかったプロ。それが続けられなくなったら、もう舞台には立たないだろうから、今後私が彼と踊れる機会もないのだわ・・とずっと思っていたんです。でも、こうしてグループを結成して、日本でガラ公演ができるのですから、ちゃんと稽古を続けているということですね。彼からこのグループへの参加の提案があったとき、うれしくって、すぐに引き受けました。
この公演では『ラ・シルフィード』をフリーデマン・フォーゲルと踊ります。マニュエルもこの役では素晴らしかったけれど、さすがにこれを踊るための稽古をする時間はとれないでしょう。私が彼と踊るのは、『イン・ザ・ナイト』の3つめのパ・ドゥ・ドゥです。

pari1104b09.jpg Photo Sébastien Mathé /
Opéra national de Paris

Q:8月のニコラ・ル・リッシュのグループ公演というのは今回が初回ですね。
A:ええ。このプロジェクトの話がNBSからあったとき、ぜひニコラと一緒に進めたいとは思いました。でも、私はちょうど二人めを生みたいと思ってるときのことで、私はこの公演に参加できるかわからなかったんです。いつ妊娠するかどうかもわからず・・・。でも、それから間もなく二人めができ、それで参加が可能になったというわけです。今(3月上旬)からこの夏まで、あまり時間がないので、出来る限りのことをして、かつての体形とダンスのレヴェルを取り戻すつもりよ。というわけで、日本公演は良いモティヴェーションになってるの。毎朝クラスレッスンに行くとき、頭の中で繰り返すのは、”気をつけなくちゃ、日本行き、身体のライン!”(笑)。日本の観客に対して失礼のないよう、見た目も踊りも良い状態でお見せしなければね。実のところ、けっこうなプレッシャーなの。

Q:第一子出産後の復帰は大変でしたか。
A:あのときは出産3か月後に朝のクラスレッスンを再開しましたが、本当に大変だったの。減らすべき体重も今回以上だったし、ポワントに何もセンセーションが感じられず・・・。本当に大変な経験をしたので、すこしでも早く!と、今回は1か月半でレッスンを始めました。だから、前より早く復帰できそうに感じてるわ。二人めの妊娠をブリジット(ルフェーヴル芸術監督)に告げたとき、同じ女性として喜んでくれましたが、私が舞台に出られないことには困ったようでした。私だって、このシーズンは踊りたい作品があったので・・。例えば『白鳥の湖』、そして『ロメオとジュリエット』。特に後者は私のお気に入りのバレエなんですもの。今、クラスレッスンを再開したところですが、リハーサルルームから流れてくるプロコフィエフの音楽が耳に入ると、”仕方ないわ、こうなんだから!”って、自分にいい聞かせています。復帰に際して、最初の子のときは朝彼を置いて家を出るのが、とても辛かったんです。でも、今は安心して任せられるシッターさんもいるので・・。毎朝私がレッスンに行くことは、私には大切なこと。わかるかどうかはさておき、子供にそう説明しています。3歳になる長男はジャックというのですが、いつもニコニコしていて、私がダンスを再開したことによって特に傷ついてはいないようです。私、もちろん二人の子供が大好きだけど、仕事なしの主婦には絶対になれない。外出、仕事、出会いが私には必要なんです。子供と家にこもってることは、とても不可能なことだわ。3人目? ノンよ。だって私、踊りたいんですもの。

Q:女の子が欲しいと思うことはないのですか。

A:それは良い質問ね。パートナーのジェレミーは3人目に女の子がいたら最高だね、っていうのですけど、それってポーカーの賭けのようでしょう。3人めも男の子ということもあるわけですから。難しいわ。今はとにかくダンスをしたいので、もっと先になってから考えるつもり。とにかく、妊娠前の自分のレヴェルを取り戻すのって、本当に大変なことなの。
二人目を生む、と決めたときに、その後は自分の最高のレヴェルを取り戻すわ、って強く決意したんですもの。私は自分に厳しい性質。だから今のところクラス・レッスンでは、毎日が自分自身との闘いなのよ。なぜなら、自分に課したいことはあるのに、それに至れないので・・。とにかく、まずは体重を減らさなければ、ね。私、忍耐強い部分あるけど、こればかりは待ちきれないわ。筋肉もつけ直さなければならないのだけど、出産したてなのでこれは時間をかけてゆっくりと、自然に。突然大きなジャンプなんて、とんでもない。身体をレスペクトしつつ、レヴェルを取り戻すようにしています。

pari1104b03.jpg Photo ANNE DENIAU/
OPERA NATIONAL DE PARIS

Q:再びニコラのグループに話が戻りますが、彼と踊る演目も決まっていますか。
A:『ラ・バヤデール』の第三幕のパ・ド・ドゥ。そして『ジゼル』の第二幕のパ・ド・ドゥ。2010年のオペラ座ツアーではニコラと『ジゼル』の全幕を踊ってますが、このときは本当に強行軍だったんです。『シッダールタ』の公演中でしたけど、NBSから、どうしても私たちに来てほしいとリクエストされたので・・・。前夜に東京に着いて、リハーサルもなく本番でした。こんな経験は初めて。でも、一度なら・・ね。
2009年の世界バレエフェスティヴァルの後で、ある女性ファンからツアーの来日について尋ねられたので、『シッダールタ』があるので来日できないって答えたところ、泣き出してしまったの。オペラ座のツアーといったら、日本の観客にとってはアニエス、ジョゼ、ニコラ、私が回数の点で常連だから、これが信じられなかったのでしょうね。バレエフェスティヴァルから戻って、ニコラと二人でブリジットのところに行って、『シッダールタ』の間でも日本に行けるようにしてもらったのよ。ブリジットに「あなたち、頭がおかしいんじゃない!」といわれました。それで私たち、「そう、だから日本の観客は私たちが好きなんです!」って(笑)。
『シッダールタ』は素足で踊るバレエなので、『ジゼル』の公演の朝は、正直辛かったわ。8月、ニコラとはもう1つ、バンジャマン・ミルピエの『アモヴェオ』のパ・ド・ドゥも踊ります。この作品は私たちに創作されたものなんですよ。日本では初めて。彼の名前、今や日本でも有名なんではないかしら?

Q:彼も出演している映画『ブラック・スワン』はご覧になりましたか。

A:いえ、まだ見ていません。興味があるので見ようとは思ってますが、この映画に対する私の気持は半々というとろこ。ナタリー・ポートマンは女優としてこの作品でも素晴らしいに違いないと思います。『レオン』でもまだ若かったけど、素晴らしかったでしょう。女優としての彼女に疑いはないの。でも、映画はスキゾフレニアっぽいのだろうと想像しています。もっとも、私たちの仕事にもいえることなのでそれは仕方ないのかも・・。私がちょっとイラつくのは、この映画によってダンスが突然マスコミに取り上げられることになることによって、ダンサーの仕事は厳しい仕事という目でみられ、そして大勢が『白鳥の湖』を見にくるようになるという世間の好奇心なの。おそらく映画の中では、バレリーナの生活も誇張されて描かれてるのでしょうね。よく言われるのよ。トゥシューズの中に生肉をいれてるんですってね、とか、つま先から血が滴ってるんでしょうとか。豆ができたり、傷からちょっと血がでたりという程度はあるけど・・。
そして、映画ではバレエ界は競争社会だとも描かれてるのでは? 確かに私だ
って全員と仲良しというわけではないけど、意見があわないというのはせいぜい1〜2人。でもその人が私のバレエシューズに何かをしかけたりなんて、するはずもないし・・。もしかすると過去にはそうしたこともあったのかもしれないけれど、今の時代のダンサーは違う。時代は変わったのよ。妊娠についても、それは言えることね。私が大きなお腹で街を歩いていたら、”あら、ダンス辞めたの?”と聞く人がいるの。”まさか、出産するだけよ”と答えると、”舞台に復帰するの?”・・って。もちろんでしょう。
一般的にバレリーナには家族も子供もなく、というように思われがちだけど、怪我をしたら休むのと同じことなの。違うのは、傷があるのではなく、ベビーが生まれるということね。新しい世代のバレリーナを理解できない人がまだまだいるようで、残念だわ。
(このインタビューは3月上旬に行われたものです。日本での2つの公演の詳細については、NBSのサイトでご確認ください)。