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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2011.02.10]

アンナを襲った心の危機、エイフマンの『アンナ・カレーニナ』

Eiflan Ballet Theatre de Saint-Petersbourg
サンクトペテルブルク・エイフマン・バレエ劇場
Boris Eifman ANNA KARENINE『アンナ・カレーニナ』
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トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』(1877年)は映画、テレビに何度も翻案されてきたが、バレエにもマイヤ・プリセツカヤが振付け、自らアンナを踊ったボリショイ・バレエ版(3幕1972年)がある。今回はより新しいボリス・エイフマンの振付作品(2005年初演)がシャンゼリゼ歌劇場で上演された。

エイフマン作品の特徴を一言で言うならば、簡潔・明快ということだろう。ヒロインのアンナ(マリア・アバショーワ)の情念を丁寧に節目ごとに辿り、それをバレエによる可能性を最大限に使って実現した舞台である。ヒロインと夫のカレーニン(オレグ・マルコフ)、愛人のヴロンスキー(オレグ・ガビシェフ)の三角関係に貞淑なキティを加えた4人に人物を絞り、前半42分、後半36分という限られた時間にドラマを凝縮させた。
サンクトペテルブルクの大舞踏会で交差したまなざしから、一つの鮮烈な情熱が結晶し、夫という障害にも関わらず愛が高揚する。しかし、女の所有欲は男の愛をかき消し、ヒロインは酒と阿片に沈潜する。妄想の世界に入ってしまった女には愛人の救済も及ばず、汽車に身を投げる。

第1幕ではまず、きれいな白と黒のコントラストによる装置がすっきりした印象を与えた。
右手におもちゃの汽車の模型が走り、床に転がっていた兵隊の人形をアンナが小さいベンチに乗せるところから音楽がはじまった。上から降ってくるような照明の下、バスーンとともにカレーニン夫妻が登場した。照明が明るくなると場面は舞踏会に変わった。マリア・アバショーワが踊るヒロインは愁いを帯び、倦怠にとらわれた貴族令夫人にぴったりの容貌と立ち姿で観客を魅了した。しなやかな動きはテクニックを見せびらかすためではなく、ただただヒロインの情感のゆれを視覚化するために駆使された。こんな女性から見つめられたら、ヴロンスキーならずとも男性は心を奪われてしまう。
 

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オレグ・マルコフのカレーニンは夫婦という枠でしか妻をとらえられず、その不貞を責めても、そこにはオテロのような身を切られるような苦悩は持ち得ない夫をたくまず演じた。情熱の塊のようなオレグ・ガビシェフの愛人ヴロンスキーとは実に好対照で、アンナの心変わりが誰の目にもすんなりと受け入れられる人物像の表現に成功した。ヴロンスキーは束縛を何よりも嫌い、一度アンナの愛が所有欲に支配されるようになると逃避する。それでも、心底ではヒロインを愛し続けているがその心の危機に気づくのが遅れてしまう。この感情のずれがダンサーの演技とエイフマンの振付ではっきり出ていた。チャイコフスキーの曲が効果的に使われていたことも舞台の印象を強めた。
今なお目に焼きついているのは、肉体の内側から湧き出てくるような情熱にとらわれて、アンナが夫婦のベッドから床に崩れるように落ち、そのまま踊りだす場面だ。

第2幕では女性たちが中二階のテラスから下の男たちを見下ろしたいる構図が印象的だった。アンナの不倫をあげつらう貴族の女性たちの噂話が、女の腕の振りによって実に饒舌に表現されていた。上の女性たちは黒、下で踊る恋人たちは白 という色の対照も見事だった。最後はエミール・ゾラの小説を原作とした映画『獣人』のシーンを思わせる男性のコール・ド・バレエにより汽車の車輪がリアルに描かれ、ヒロインの身体がその輪の中に消えた。同時に第1幕の冒頭、アンナが見つめていた汽車の模型が再度、姿を現した。ここで舞台が闇に閉ざされ、静かに幕が下りた。
(2010年12月3日 シャンゼリゼ歌劇場)

振付 ボリス・エイフマン
音楽 チャイコフスキー
装置 ジノヴィー・マルゴリン
衣装 ヴャチェスラフ・オークネフ
照明 グレプ・フィルシティンスキー
ダンサー/マリア・アバショーワ(アンナ)、オレグ・マルコフ(カレーニン)、オレグ・ガビシェフ(ヴロンスキー)
音楽は録音を使用

Photos (C)Yuri Belinsky
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