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秀 まなか Text by Manaka Shu 
[2010.10.12]

ディフィレで華やかに開幕したローラン・プティの初期3作品

Ballet de l'Opéra National de Paris
パリ・オペラ座バレエ団
Roland Petit : Soirée Roland Petit
ローラン・プティ「ローラン・プティの夕べ」
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2010年9月22日、パリ・オペラ座バレエ団の新シーズンがデフィレで開幕した。パリ・オペラ座独特の行進の行事で、全バレエ団員に付属バレエ学校の全生徒が加わった約300名余りが46メートルの舞台を歩き、観客に挨拶をするものだ。
デフィレが行われるのは、シーズン開幕時または特別の催しの時だけ。
9月22日と24日のデフィレは前者にあたる。かつて年1回だったシーズン開幕時のデフィレは、ここ数年AROPというオペラ座後援会の会員向けと一般向けの、2度に亘って行われるようになった。
これに対し、2009年5月15日のマニュエル・ルグリのオペラ座引退公演『オネーギン』、長年パリ・オペラ座バレエ学校の校長を務めたクロード・ベッシーの退官を労った2004年3月30日のガラ公演『クロード・ベッシーを讃えて』。そして、オペラ座のディレクターを務め、バレエ団の看板作品となる古典改訂版を世に送り出したルドルフ・ヌレエフの没後10年にあたる2003年1月20日に行われたガラ公演、『ルドルフ・ヌレエフを讃えて』に先立って催されたデフィレは後者である。

最初のデフィレは、2回しか行われなかった。1926年にレオ・スターツがリヒャルト・ワーグナーの『タンホイザー』の行進曲の調べにのせて考案したデフィレは、セルジュ・リファールに引き継がれ、エクトル・ベルリオーズの『トロイ人』の行進曲を使用することとなる。このリファールのデフィレが現在のデフィレの原形で、初演は1945年12月18日だ。
無音の中、稽古場と舞台を仕切る幕が上がる。舞台の真後ろにある稽古場と舞台を繋いだデフィレのための特別な空間が、2倍、3倍に広がっていく。稽古場の鏡の反射が、奥行に、無限の広がりを錯覚させるのだ。
舞台中央に、1人の少女が横たえている。彼女は、最下級生の6年生女子生徒の中で、最年少。バレエ団員、バレエ学校の中で、最も若くしてバレリーナを志すものだ。前奏に合わせて立ち上がった彼女が、デフィレの開始を告げ、前を見据えて1歩1歩丁寧に歩き出す。
デフィレでは、まず、女性が行進する。最年少の少女の後ろには6人ずつ横1列に並んだ6年生女子生徒がつき従う。6人が舞台前方まで行進すると、3人ずつ左右に分かれて舞台袖に消える。6年生、5年生、4年生、3年生、2年生、1年生と学年順に現れるバレエ学校の女子生徒に続き、純白のチュチュを身に纏った女性バレエ団員が、5段階の階級順に登場する。
最初に上から2番目の階級、プルミエール・ダンスーズが、2人ずつ姿を現す。彼女たちは6人ずつ並んだ1番下の階級のカドリーユに挟まれており、プルミエール・ダンスーズのリュドミラ・パリエロとミュリエル・ジュスペルギーの2人、カドリーユ6人、カドリーユ6人、プルミエール・ダンスーズのミリアム・ウルド=ブラーム、エヴ・グリンシュタインの2人、カドリーユ6人、カドリーユ6人と、交互に顔を覗かせる。
最後は頂点のエトワールだ。イザベル・シャラヴォラが威風堂々たる歩みを進める。各階級とも昇進した順に登場するため、下から2番目の階級のコリフェまたは上から3番目のスジェ4人に挟まれて、1人ずつ登場するエトワールの冒頭は2009年4月16日に『オネーギン』でエトワールに昇格したシャラヴォラとなる。それから、ドロテ・ジルベール(2007年11月19日『くるみ割り人形』で昇格)、エミリー・コゼット(2007年5月5日『シンデレラ』)、デルフィーヌ・ムッサン(2005年5月3日『シンデレラ』)、マリ=アニエス・ジロ(2004年3月18日『シーニュ』)、クレールマリ・オスタ(2002年12月29日『パキータ』)、レティシア・ピュジョル(2002年5月2日『ドン・キホーテ』)と続き、全オペラ座バレリーナの最後を飾るのは、アニエス・ルテステュ(1997年10月31日『白鳥の湖』)である。だが、24日はシャラヴォラ、ジルベール、ムッサン、コゼット、ジロ、オスタ、ピュジョル、ルテステュの順に現れ、なぜかムッサンとコゼットの順番が逆になっていた。

今度は男性の番だ。6人ずつ整列したバレエ学校の6年生の男子生徒、5年生…カドリーユ…エトワールと、女性と同じ順番で行進が続く。白ブラウスに黒タイツのバレエ学校生徒、白ブラウスに、黒ベスト、白タイツの男性ダンサーに対し、エトワールとプルミエ・ダンスールは白ブラウス、白タイツの全身真っ白の姿だ。
最初に登場したエトワールは、先日昇進したばかりのステファン・ビュリョン(2010年6月2日『ラ・バヤデール』でエトワールに昇格)。そして、カール・パケット(2009年12月31日『くるみ割り人形』)、マティアス・エイマン(2009年4月16日『オネーギン』)、ジェレミー・ベランガール(2007年3月28日『ドン・キホーテ』)、エルヴェ・モロー(2006年3月3日『ラ・バヤデール』)、バンジャマン・ペッシュ(2005年9月22日『ジゼル』『アルルの女』)、マチュー・ガニオ(2004年5月20日『ドン・キホーテ』)、ジョゼ・マルティネズ(1997年5月31日『ラ・シルフィード』)と続き、大トリはニコラ・ル・リッシュ(1993年7月27日『ジゼル』)だ。
デフィレの最後を締め括るル・リッシュの行進は、揺ぎ無い風格と親しみやすさという両極の魅力を振り撒く。お辞儀をし終えた彼が合図を送ると、舞台前方にエトワール17人が居並ぶ。観客の拍手に煽られて、エトワールが何度もお辞儀を繰り返す間、他の4階級のダンサーと生徒たちはポーズを取り静止したまま。階級制の頂点、エトワールが特別な存在であることを見せつけられる瞬間である。
この熱狂は、エトワールが登場する際にも渦巻く。パリの観客は辛辣だ。お目当てのエトワールであれば手が痛くなるまで惜しみない拍手を送るが、そうでなければ、おざなりで済ませてしまうから、エトワールの人気が丸裸になってしまう。そう、デフィレは人気度のバロメーターでもあるのだ。
今回の1番人気は、勿論トリを飾ったル・リッシュ、ルテステュ。続いてシャラヴォラ、ジロ、ベランガール、マルティネズといったベテラン勢と、ジルベール、エイマン、ガニオの若手勢が人気を二分していた。本来なら、ルテステュの直前に現れるオレリー・デュポン(1998年12月31日『ドン・キホーテ』で昇進)も満場の拍手を浴びるエトワールの1人に名を連ねるのだが、今回のデフィレは不参加。プルミエ・ダンスールのジョシュア・オファルト、ヤン・ブリダールも欠席した。

若かりし日のプルースト役のバンジャマン・ペッシュが、下手から歩いてくる。彼の歩みは、まだガルニエ宮に取り残されていたデフィレの興奮を一変させ、一気にローラン・プティの世界へといざなう。
シーズンの開幕公演に選ばれたのは、ローラン・プティの『ランデヴー』『狼』『若者と死』の3演目。22日と24日には、これに加えて、特別に、プルーストの長編大作『失われた時を求めて』のエッセンスをかいつまんでまとめたプティの傑作『プルースト』から<囚われの女>が披露された。
彼は、憧れのアルベルティーヌの夢を垣間見ようと、悶絶する。この夏、東京・渋谷で開催された<エトワール・ガラ>で披露された時には、カットされていたソロだ。パ・ド・ドゥに先立つ、このプルーストのソロには、デニス・ガニオやマニュエル・ルグリが踊ったものと、DVDに収録されているエルヴェ・モローのものと、2ヴァージョンがある。ペッシュが踊ったのは、後者。プティがモローのために新たに手直しした、超絶技巧がさりげなく盛り込まれているヴァージョンである。
ペッシュのソロは、完璧だ。ここ半年間、技術的に少々低迷することがあった彼に、緻密でアカデミックそのものの切れ味が戻ってきて、最初から最後まで隙がない。
パ・ド・ドゥでも、ペッシュの巧みなサポートが冴え、アルベルティーヌ役のエレオノーラ・アバニャートは彼の腕の中で、羽根が生えたように軽やかに舞う。ハイレヴェルにあった<エトワール・ガラ>での出来を更に上回り、一心同体になった夢見心地の2人が舞台にいたのである。
1シーズン休団していたアバニャートは、<囚われの女>のカーテンコールではもちろんのこと、デフィレでもプルミエール・ダンス-ズの地位にありながら、人気エトワールに匹敵する温かい拍手で迎えられていた。彼女が、このプログラムで復帰してきたのは偶然ではないだろう。プティ振付の『眠れる森の美女』に、子供時代のオーロラ姫役で出演し、『クラヴィーゴ』では、ペッシュの相手役として、コリフェでありながらヒロインのマリーに抜擢されたプティの秘蔵っ子は、『アルルの女』のヴィヴィエットや『若者と死』の死神役も、持ち役とする。彼女のドラマティックなセンスはプティ作品で、心地よく羽ばたく。1年振りにガルニエ宮で踊る彼女は、今までになかったスケールの大きさも備えており、今回のアルベルティーヌ役には、さすが『プルースト』のオペラ座初演の際の第1キャストだと、うならせるものがあった。エトワールに昇格するのも時間の問題に思えてならない。

プティ作品とオペラ座のダンサーたちの相性は、非常によい。
<エトワール・ガラ>でも、全19作品中、最も多く踊られたのはローラン・プティの振付作品だった。『カルメン』『プルースト』『アルルの女』の3作品からの4場面を、ペッシュ、アバニャート、ガニオ、オファルトが伸び伸びと呼吸するように踊る姿を体感した方も、多いだろう。
そもそも、プティはオペラ座バレエ学校、バレエ団の出身。スジェまで駆け上がった彼は20歳でオペラ座を飛び出して世界を駆け巡り、1965年に『ノートルダム・ド・パリ』で古巣に戻って来た。以来、定期的にバレエ団に作品を提供したり、新作を振付けたりしており、ヌレエフの振付作品の次に上演機会の多い振付家として、彼の名前が挙げられる。少なくとも2シーズンに1回は上演され、2009年5月の『プルースト』以来、1シーズン振りの登場となった。
巨匠の作品は、『羽根飾りのトリック』のようなレビューさながらの軽やかなものと、『プルースト』『カルメン』などの文学作品の再読に代表される深遠なものの2つに大別される。今回の『ランデヴー』『狼』『若者と死』のプティの初期の作品はいずれも後者にあたる。2005年7月の『アルルの女』『カルメン』『若者と死』のトリプル・ビルでも、最後に主役が死んでしまう悲劇が並んだが、今回はさらに暗く、極めつけの3悲劇が並ぶことになった。

プティが率いた2つ目のバレエ団、パリ・バレエ団時代に作った1953年初演の『狼』の物語は『美女と野獣』の変形だ。
結婚式のまさにその日、若者は、ジプシーの女に魅惑される。若者は広場で狼を調教していた見世物師と口車をあわせ、女と逃げてしまう。若者が魔法で狼に変身してしまった、とまんまと騙された若い娘は、狼と結婚式を挙げ、森の中の小さな新居で2人きりになる。狼はひたすら顔を隠し続けるが、とうとう、娘は気づく。傍にいるのは、変身した夫ではなく、狼なのだ!狼は少しずつ近づいていくが、怯える彼女を見て諦め、わざと距離を置く。すると、娘は、狼の優しさに心を打たれ、自ら狼の手を取る。こうして真に愛し合うようになった2人の前に、見世物師と若者が現れ、若者と狼を入れ替えて、娘と若者を元の鞘に収めようとする。だが、娘が選んだのは狼だった。彼女は嘘つきの若者を捨てて狼と森の中に逃げるが、村人に追いつかれ、狼は農業用フォークで刺され致命傷を負う。留めを刺そうとしたその時、娘は狼の前に身を投げ出し、ともに死んでしまうのだ。

初演者はプティ自身と往年のバレリーナ、ヴィオレット・ヴェルディ。パリ・オペラ座のレパートリーに入ったのは、1975年3月で、以来、1975年11-12月に6回、1977年5-6月に9回、1993年5月に9回、1996年4-6月に10回と再演を重ねてきて、14年振りの上演となる。前回、若い娘役にオレリー・デュポン、ジプシーの女にデルフィーヌ・ムッサン、若者にはジョゼ・マルティネズ、と現エトワールたちが名を連ねたが、彼らは出演しないため、今回のメンバーは全員、初役だ。
狼役の第1キャストは、ステファン・ビュリョン。彼は、すっかり締まって細く長くなった脚で軽々とジャンプしたかと思えば、極端なまでにグロテスクなメイクをした顔に、牙を剥き、後ろ脚を震わせて叫ぶ。その姿はまさに狼の遠吠えだ。だが屈強な狼はジプシー女に虐待され、村人や見世物師にも邪険にされて、卑屈になっている。だから、唯一、心を開いてくれた若い娘に対しては感動的なまでに忠実なのだ。
長身でがっちりした有利な身体条件と、豪胆さと繊細さを併せ持つ彼にとって、狼役は、はまり役である。葛藤を乗り越え、若い娘を全力でかばって誠実に尽くすビュリョンの狼は、あり得ないお伽話に深みを与え、観る者の胸を打つ。特に素晴らしかったのが目の表情だ。指を突き立てて、耳をそばだてる仕草をすると同時に、右目を見開いて目玉を右側に動かし、舞台の下手側を窺う。牙を剥いて威嚇する時も、顔を隠して結婚式の列に加わるときも、目をギョロギョロさせて、落ち着かない。表情に乏しかった彼が新たに身に付けた鮮やかな目の演技は、定評のある演技力を後押しし、迫真の演技へと導いた。
エミリー・コゼットとの相性もいい。クリーンな技術を持つコゼットには、まっすぐで穢れを知らないヒロイン役がよく似合う。彼女は、夫に対する不審感、狼への恐れ、戸惑い、そして憐憫が愛情に変わる過程を、丁寧に造形して浮き彫りにし、プティ作品の初の大役を果たした。今年に入ってからのコゼットの快進撃は留まることを知らず、この『狼』でまた、新境地を開いた。
まだ踊っていないが、この2人はプティのオペラ座復帰作『ノートルダム・ド・パリ』で主演しても見応えがあるだろうと、確信してしまった。というのは、両者はあまりにも似通っている。周囲から煙たがられている主人公が唯一、ヒロインにだけ心を開く図式は『ノートルダム・ド・パリ』のカジモドとエスメラルダにそのままあてはまる。他にも、身体的障害のある主人公が上半身を固定したまま、爪先から重心をかけて膝をつく仕草、打楽器のアクセントとリズム感が際立つ音楽、赤、緑、黄色の色とりどりの衣裳を纏う群舞が、幕開きに、観客にお尻を向ける形で2番ポジションのプリエをして居並んでいることなど、『ノートルダム・ド・パリ』の萌芽はすべて、ここにあるのだ。

オペラ座を後にしたプティが最初に創設したシャンゼリゼ・バレエ団の旗揚げ公演では、『旅芸人』が大評判となる。その3か月後の、1945年6月に発表されたのが、『ランデヴー』だ。お伽話の要素が入っている『狼』には、多少の明るさが残されていたが、『ランデヴー』には当時のパリの、そこはかとない退廃的な暗さが全編に漂っている。
舞台はパリのはずれ。ビストロのドアから出てきた客たちは、行くあてもなく店の前をたむろしている。中には小汚く、少し猫背の男がいた。そこへ、若者が通りかかる。ビラ配りの男から紙切れを受け取ると、表情を曇らせる。不吉な前途が書かれているのだ…。不安がる若者を猫背の男が慰める。
友達になった2人は一緒にパリ市の南部、グラシエールとポルト・ディタリー駅の周辺に来る。このあたりのメトロは地下ではなく高架橋を通っている。その橋を支える白い石柱が2人の前に聳えていた。そこへ、みじめな道化師のような格好をした<運命>が現れる。若者は必死に抵抗するが、抗い切れずに<運命>に引き寄せられ、とうとう、喉元にかみそりを突き付けられてしまう。あの不吉な宿命が実行されようとしているまさにその時、咄嗟に若者は言い訳を思いつく。「輝くばかりに美しい世界一の美女と会う約束をしているから、今、喉を切られるわけにはいかないんだ。」すると、<運命>という名の死神はあっさりと引き下がり、若者の胸のポケットにかみそりを入れ、消えてしまう。
何とか命を繋いだ若者が、猫背の男と飲みに出かけると、自分が言った通りの世界一の美女と出会う。若者は美女と踊り、キスし合う。いつの間にか美女の手が若者のポケットに伸び、カミソリが若者の喉を切り裂く。若者は崩れ落ちる。かすかな息の根が残る彼の目には、何事もなかったように立ち去る美女の姿が映っていた……。
美女とのランデヴー(約束)を果たした若者は、死神との約束を果たさなければならなかったのだ。
最後の、若者と世界一の美女のパ・ド・ドゥの音楽は、エディット・ピアフやイヴ・モンタンが歌って有名になったシャンソン『枯葉』の原形であり、マルセル・カルネは、映画『夜の門』の着想をこの作品から得た。主題歌は無論、『枯葉』である。
映画や文学作品から着想を得て、バレエにすることはしょっちゅうだ。例えば、ジョゼ・マルティネズが振付け、今シーズンも再演される『天井桟敷の人々』は、同じく、カルネが監督をした映画を元にしている。だが、逆はめったにない。その稀有な現象を引き起こすほど、プティの作品力はずば抜けている。それもそのはず、彼は作品のスタッフに各界の第1人者を集めるバレエ・リュスの手法を引き継ぎ、天才的な自身の振付を更に際立たせているのだ。『ランデヴー』の台本は詩人で脚本家のジャック・プレヴェール、音楽はジョゼフ・コスマ、幕に至ってはあのパブロ・ピカソである。
ピカソについては、面白い逸話がある。ディアギレフの元秘書で、シャンゼリゼ・バレエ団に協力していたボリス・コクノが、頼んでいた幕を取りにいったが、注文が大嫌いで、自由に仕事をすることに喜びを感じていたピカソは始めてもいなかった。そこで、ピカソの最新のグワッシュ(顔料をアラビアゴムで溶いた水彩画)の中から、気に入ったものを選ぶことになった。冒頭に掲げられる仮装舞踏会で使う黒の半仮面と火のともったろうそくが描かれた幕は、不思議なことに、誂えたかのように『ランデヴー』の世界にぴったりだ。

オペラ座のレパートリーに入ったのは1992年3月で、翌1993年11-12月にも再演された。1993、1994、1995年のアメリカ、ブラジル、イタリアへのバレエ団のツアーで披露された後、全く取り上げられなくなってしまい、今回、ガルニエ宮では、何と17年振りに上演される運びとなった。マリ=クロード・ピエトラガラとカデル・ベラルビ、そしてパトリック・デュポンといった当時の主演者たちも、さすがにもう1人もオペラ座の団員には残っていない。
第1キャストの世界一の美女役は、イザベル・シャラヴォラ、若者はニコラ・ル・リッシュだ。
2月の『椿姫』の公演半ばに降板して以来、シャラヴォラは7か月振りにガルニエ宮に現れた。ボブカットに、黒のドレス、10センチはあろうかという黒のヒールという出で立ちで、場を威圧する彼女の存在感に、ゾクッと背筋が寒くなる。けだるさと、重苦しさが付き纏う、パ・ド・ドゥはバレエというより、ダンスに近い。中でもひときわ際立つのが、エファッセ・ドゥヴァンに上げた彼女の脚線美だ。黒いストッキングを付けた脚から、得体の知れない妖しい香りが匂い立ち、死神と共謀していることを暗に示す。最後のパ・ド・ドゥだけに登場するシャラヴォラの美女は、予想を上回る強烈な印象を残した。
バレエの要素が多い若者役は、全編踊りっぱなしだ。プティの申し子のル・リッシュは、ジュテやピルエットといったクラシック・バレエのパの変形を、水を得た魚のように生き生きと踊る。かと思えば、急に落ち込み、身を小さく丸める。無鉄砲、自分勝手な渇望、疎外感が錯綜する若者特有の混沌とした迷いを表現するのは、彼の得意技だ。美女に骨抜きにされた彼は、カミソリで喉を切られると、時が止まったかのように数秒静止してから、一切瞬きをせずに崩れ落ちる。『ペトルーシュカ』のおがくずの人形のようにスローテンポでゆっくりと倒れるさまは、まるで映画の1コマ。クライマックスのスローモーションシーンを映画館で味わっている気分になった。
『ランデヴー』は、事前に物語を頭に入れないと細かいニュアンスは読み取りにくく、場所がパッと頭に浮かぶくらいに、パリに慣れ親しんでいないと面白味が半減してしまう面がある。だが、ル・リッシュの若者に触れれば予習なしの初見者であっても大筋は掴み取れるだろう。神がかりの域に達した彼の演技は、全てを、暗黙のうちに描写しているのだ。
第2キャストには<囚われの女>のコンビ、エレオノーラ・アバニャートとバンジャマン・ペッシュが登場した。アバニャートの衣裳は、シャラヴォラと多少異なり、スカートは短め。前髪もイタリア風にツイストさせて、シニヨンに纏めている。雰囲気はいいのだが、歩くだけで妖艶さを振り撒いたシャラヴォラに比べると思い切りが悪く、こじんまりとまとめてしまった。パ・ド・ドゥだけで作品の要の存在となるには、説得力を欠いてしまう。
ペッシュの若者は、都会を満喫するプレーボーイだ。一分の狂いもなく、あまりにもきっちりとしなやかに踊るので、洗練された青年に見える。南仏出身の彼自身のキャラクターも見え隠れして、一時悩んでもあっけらかんと開き直ってしまう感があり、ル・リッシュに比べると陰鬱感や飢餓感は少々劣る。だが、一途でさわやかな青年が、得体の知れない女にとりつかれる解釈も、また一興だ。

『ランデヴー』の雰囲気を、更に色濃く煮詰めたものが『若者と死』だ。お風呂上がりのジャン・コクトーが即興でさらさらと書いた、究極の愛と死の物語である。
ひなびたアトリエ。彼が描いたと思われるデッサン(実際にはデッサンが得意だったコクトーが描いたもの。)、古びた新聞に包まれたランプ、テーブルとひびのはいった椅子が無造作に置かれている。若者は1人で神経質に、置かれた家具と格闘しながら、女を待つ。若者の困窮の原因となった若い娘だ。やって来た女に、彼は突進するが、彼女は彼を押し戻す。それでも、彼は取り憑かれたように彼女を求める。女は侮辱し、愚弄した上に、若者に死を仄めかして逃げ去ってしまう。彼は首を吊って自殺する。
部屋が消え去る。つるされた身体は残っていない。屋根をつたって、舞踏会のドレスを着た死神が現れ、仮面を脱ぐ。若い娘の顔だ。それから、死神は犠牲者である若者の顔に仮面をかぶせる。彼らは屋根をつたって、一緒に立ち去る。
1946年、シャンゼリゼ・バレエ団の2度目の大きなシーズンに初演された本作品は、ジャン・バビレからジジ・ジャンメール、ヌレエフ、パトリック・デュポン、ナタリア・マカロヴァと歴代のスターダンサーに受け継がれ、ミハイル・バリシニコフ主演の映画『ホワイトナイツ』の冒頭に入れられたことで、バレエ・ファンのみならず、広く一般に知られるようになった。
オペラ座のレパートリーに入ったのは意外に遅く、1990年4月。1993年5月に9回、1995年1月に6回、1996年10月に7回、2000年3月に9回、2005年7月に12回と再演され、前回、2005年の公演は、ニコラ・ル・リッシュ、マリ=アニエス・ジロの主演でNHKで何度か放映され、DVDでも発売されている。

プティには、偶然の産物が付き纏う。『狼』の作曲者、アンリ・デュティユーもラジオ局のレコードキャビネットで、若い音楽家によって録音されたレコードを片っ端から聴きまくってプティ自身が探し出した人物だが、『若者と死』の場合はその上をゆき、ほとんど奇跡と言ってもいい。
1つ目の奇跡が装置だ。コクトーは装置担当のジョルジュ・ワケヴィッチに、若者の部屋が消え去った後に、当時シトロエンの広告の電光が灯されていたエッフェル塔で照らされた、夜のパリの屋根が見えるように作ってくれと頼んだが、この最新の装置はお金がかかった。そこで、ワケヴィッチは安く済ませようと、初日前日に、ワケヴィッチがデッサンしたマレーネ・デートリッヒとジャン・ギャバン主演の映画のセットを運んできてくれたのだ。撮影し終えたばかりの映画のセットが、若者を死に導いたのである。
そして、有名な音楽のエピソードが2つ目の奇跡だ。ジャズに夢中だったプティは、稽古場にいつもジャズを流していた。振付が完成した後、コクトーが指揮者のアンドレ・ジラールにこのバレエのドラマティックな雰囲気をよくひきたてるクラシックの音楽は何かと訊いた。彼は、モーツァルト、ベートーベン、最後にバッハのパッサカリアを提案した。その中から、パッサカリアが選ばれた理由は15分半という上演時間にぴったりだったから。若者役のジャン・バビレは必要に迫られ、腕時計で首を吊るタイミングを計算することになった。腕時計は、若い娘を待ちわびて神経質になっている若者の精神状態を描写する小道具としか思えない。それほど、振付に見事に調和している。
それだけではない。この後付けの音楽は、今なお、ダンサーの新たな表現を引き出しているのだ。今回の、第1キャスト、若者役のジェレミー・ベランガールと死神役のアリス・ルナヴァンは、音の取り方を変えていた。冒頭の若者のソロについては、全く同じだったが、美女=死神が登場してから2人で絡む部分は2005年のそれと比べると、全て1フレーズ早い。扉を乱暴に閉めて去ってしまった女に未練を残すベランガールは、上から下へ、扉を身体で擦るようにずり落ちて膝をつき、頭を垂れたまま動かない。余った1フレーズ分の静止が、若者の絶望感をより一層、浮き彫りにしているではないか。音と振りを厳格に組み合わせている古典作品ではまず考えられない音楽の柔軟性は、完璧な作品を更に進化させているのである。
前回に続いての若者役のベランガールは、技術の安定感を武器に、死に魅せられていく男の屈折感を余すところなく表現し、日に日に凄みを帯びてくる。息の合ったルナヴァンとの駆け引きでも、目はベランガールを追いかけてしまう。勿論、ベランガ-ルの熱演に引きずられるわけだが、前回はアバニャートだった相手役がアリス・ルナヴァンになったことも一因している。コンテンポラリー作品では度々主役を務め、クラシックもきっちり踊る実力派のスジェ、ルナヴァンが選別に厳しいプティのお眼鏡にかなって、美女の第1キャストに大抜擢されたとあって、期待をかけていたが、結果は今一つ。ベランガールに懸命に食いついていて、悪くはないが、まだまだ生優しく、隙がある。この役には容赦のない残酷さと氷のような冷徹さが必要不可欠なのだ。

24日、ローラン・プティがカーテンコールに現れると、観客の半数がすっと立ち上がった。デフィレにも、『ランデヴー』のニコラ・ル・リッシュ、『若者と死』のベランガールのあれほどの名演にも、腰の重かったフランス人も、巨匠には特別の愛着を示す。
86歳のプティは、膝を上げて舞台中央でランニングをして観客に自らの健在ぶりをお茶目にアピールした後、4作品のヒロインたち、アバニャート、シャラヴォラ、コゼット、ルナヴァン、そして、ル・リッシュを讃えた。
プティと、オペラ座ダンサーが生み出す神話は、まだまだ続きそうだ。
後半のキャストについては、追って次号、お伝えする。
(2010年9月24日、25日マチネ、ソワレ、26日、28日 ガルニエ宮)

『ローラン・プティの夕べ』Soireé Roland Petit
デフィレDéfilé
音楽:エクトル・ベルリオーズ<『トロイ人』の行進曲>
構成:セルジュ・リファール
『プルースト』より<囚われの女> Proust ou les intermittences du cœur, extrait du tableau Ⅶ, <La regarder dormir> ou la realité ennemie 
音楽:カミーユ・サン=サーンス <交響曲第3番 オルガンつき>
振付:ローラン・プティ、衣裳:ルイザ・スピナテッリ、照明:ジャン=ミシェル・デジレ
初演:1974年 モンテカルロ・オペラ座、国立マルセイユ・バレエ団による
パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り:2007年3月1日
『ランデヴー』Le Rendez-vous
台本:ジャック・プレヴェール、音楽:ジョゼフ・コスマ、振付:ローラン・プティ、舞台幕:パブロ・ピカソ、装置:ブラッサイ、衣裳:メイヨー、照明:ジャン=ミシェル・デジレ、アシスタント:ジャン・ブロエックス
初演:1945年6月15日 サラ・ベルナール劇場、シャンゼリゼ・バレエ団による
パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り:1992年3月11日
『狼』Le loup
台本:ジャン・アヌイ、ジョルジュ・ヌヴー、音楽:アンリ・デュティユー、振付:ローラン・プティ、装置、衣裳:ジャン・カルズー、照明:ジャン=ミシェル・デジレ、アシスタント:ジャン=フィリップ・アルノー
初演:1953年3月17日 パリ・アンピール劇場、パリ・バレエ団による
パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り:1975年3月18日
『若者と死』Le jeune homme et la mort
台本:ジャン・コクトー、音楽:ヨハン=セバスチャン・バッハ <パッサカリア ハ短調 BWV582>、オーケストラ編曲:オットリーノ・レスピーギ、振付:ローラン・プティ、装置:ジョルジュ・ワケヴィッチ、衣裳:カリンスカ、照明:ジャン=ミシェル・デジレ、アシスタント:ジャン・ブロエックス
初演:1946年6月25日 シャンゼリゼ劇場、シャンゼリゼ・バレエ団による
パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り:1990年4月5日
指揮:ヤニス・プスプリカス、オーケストラ:コロンヌ管弦楽団
メートル・ド・バレエ、舞踊監督補:パトリス・バール

Photo Sébastien Mathé
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