岸 夕夏 text by Yuka Kishi 
[2017.08.10]
[ オーストラリア ]

罪と赦し、喪失と命の再生を謳った壮大なシェイクスピアのバレエ、英国ロイヤル・バレエ団『冬物語』

ROYAL BALLET 英国ロイヤルバレエ団
“THE WINTER’S TALE” choreographed by Christopher Wheeldon
『 冬物語』クリストファー・ウィールドン:振付

ウェイン・マクレガーの『ウルフ・ワークス』千秋楽から3日後の7月5日、来豪公演の後半、クリストファー・ウィールドンの『冬物語』が幕開けした。『冬物語』は5日間に7回の公演が行われ、3組のキャスティングだった。ブリスベンでの初日は2014年の世界初演と同じ、共にプリンシパルのエドワード・ワトソンとローレン・カスバ―トソンだった。2組目はティアゴ・ソア―レスとクレア・カルヴァート、3組目はベネット・ガートサイトとマリアネラ・ヌニュスというバレエ団のプリンシパルと精鋭ダンサーたちの豪華な配役だ。ちなみにプリンシパルの高田茜は2組目のパルディータ役でキャスティングされていた。『冬物語』の初日公演を観るために再びブリスベンを訪れた。

ab1708a_01.jpg Royal Ballet act 2   Francesca Hayward photo by Darren Thomas.

『冬物語』はシェイクスピアの晩年に書かれ、他の戯曲に比べると知る人はあまり多くない。あらすじを簡単にご紹介させていただく。
大人になって再会したボヘミア王が、シチリア王の宮殿で9か月の長逗留をして国に戻ろうとした時、シチリア王は突然、臨月の妻はボヘミア王と不義をしていたという猜疑心と妄想にかられる。思わぬ事態にボヘミア王は自国に逃れ、王妃は捕えられ、裁判にかけられて潔白を訴えたが認められない。それを見ていた幼い王子はショック死してしまい、最愛の息子の死にシチリア王妃もショックで落命。獄中で生まれた王女を王からボヘミアに捨ててくるように命じられた家臣は、王女を森に置きざりにした後クマに殺されてしまう。
16年後、羊飼いに育てられた王女は美しく成長し、ボヘミア王の息子王子と恋仲になり、それを知ったボヘミア王は激怒する。恋人たちはシチリアに逃げ、シチリア王に助けを請う。追いかけてきたボヘミア王は、ふとしたはずみで娘がシチリア王女とわかると結婚を許し、王たちも和解した。亡きシチリア王妃と王子を偲んだ石像が動き、隠匿されていた王妃が現れ王を許し、3人は家族として結ばれる。
ひとりの男の嫉妬が妄想と化し、エゴと憎しみが幼い子どもと妻や家臣を死に追いやるシチリア王役のエドワード・ワトソンの演舞は、バレエというよりシェイクスピアの芝居そのものを見ているようだ。王の偏愛によって破滅的な嫉妬を受けるシチリア王妃ハーマイオニ役のローレン・カスバートソンは、清雅な佇まいの中に知的で情感のある気品を自然に醸し出した。それ故、ボヘミア王、ポリクニシーズ役のプリンシパル、フェデリコ・ボネッリと王妃が彫像の影に隠れて踊る官能的な密通の場面は、たとえレオンティーズ王の妄想の中であったとしても物語に真実味を持たせる。片脚を高く上げた大きな開脚と妖艶な姿態は、彫像の片側に潜むワトソンの内的破滅を押し上げていった。ハーマイオニが子ども部屋で幼いマミリス王子に本を読んでいるところに乱入するシーンでは、ワトソンの振り下ろす腕、拳、蹴り上げる足のひとつひとつの所作から抑制できない怒りのセリフが聞こえてくるようだ。身重の王妃が王の護衛たちに手荒に扱われるシーンは胸がつまる。慈愛と強さを持った賢人、女官長ポーリーナ役はプリンシパルのゼナイダ・ヤノウスキーだった。生まれた赤ん坊を王に見せるポーリーナの一縷の望みはもはや叶わず、王とポーリーナそれぞれの絶望の声がパから絞り出された。

ab1708a_02.jpg Royal Ballet act 1  Edward Watson
photo by Darren
ab1708a_03.jpg Royal Ballet act 2  Zenaida Yanowsky
photo by Darre
ab1708a_04.jpg Royal Ballet act 2  Lauren Cuthbertson
photo by Darren Thomas.

裁きの場面で、純白のドレスに身を包んだカスバートソンのソロは、つま先への美しい甲の曲線、伸びた脚と腕のラインは偽りのない真っすぐな心を表すかのように崇高であり、潔白を訴える王妃としての威厳はあっても懇願はない。王の怒りの感情が多様なステップとなり、マミリス王子と王妃のふたつの死という二重悲劇に激しく憤るポーリーナ役のヤノウスキーの表情と全身から放たれる演舞は、迫真に迫っていた。

2幕が開くと、1幕と一転して、新緑生茂る枝に無数の金色のオーナメントが掛けられた大樹が目に飛び込んできた。遥々地球の反対側まで運ばれてきた幅11メートル、高さ9メートルという物語の鍵となる巨大セットとボヘミアの春の村祭り風景に、客席から拍手が沸いた。美しい16歳の村娘、ペルディータ役のプリンシパル、フランチェスカ・ヘイワードに膝丈のすみれ色のコスチュームは良く似合う。ボヘミア王の王子、フロリゼル役のプリンシパル、スティーブン・マックレーの息を呑む旋回、駒が回るような速い回転、軽快な脚さばきは観客を魅了した。そこにボヘミア王役のボネッリが変装して登場し、鳥のようなコミカルな動きで歩き回ると客席は笑いに包まれた。ダンサーそれぞれが異る色の衣装をまといユニゾンで踊っても、通常は均一にピタリと決まるように見えないと思うが、全員で踊る村の祝祭ダンスでは群舞と音楽が一体となって化学反応が起き、速いテンポのコールドから美しい波のようなうねりが現れる。これこそが、個々のスターダンサーのみならず、群舞でも観客を魅了して止まない名門バレエ団の真髄なのだろう。

 

ab1708a_05.jpg Royal Ballet act 2. Steven McRae  (c) ROH Johan Persson(2014年公演より)

 

放蕩息子を捕まえるがごとく、奇妙な動きでナイフを振り回すボヘミア王は滑稽だ。ヘイワードとマックレーがボヘミア王から逃げ切り、船に乗って舞台に現れると “よくやった!” という歌舞伎の掛け声にも似た大きな拍手が沸き起こった。
華やかにざわめいてた幕間から終幕が開けると、悔恨に満ち、首を傾け廃人同様のワトソンと、賢者のような侵しがたい威厳のある黒のロングドレス姿の女官長ポーリーナ役、ヤノウスキーの姿があった。そこに、船から降りたパルティーダとフロリゼルが現れる。マックレーの少年のようにはにかんだ笑顔は、物語を喪失から再生へ、決別から和解へと導いていく。さらに海を渡って追いかけてきたドネーリのボヘミア王が加わる。愚かな嫉妬で妻子を死に至らしめた男(レオンティーズ王)が、正気を失って息子を追いかけている男(ポリクニシーズ王)を諭すのはパラドックスであり、ふたりの王が迫真の演舞をするほど喜劇的だ。
フィナーレではオーケストラの壮大な音楽とともに、マミリス王子の像を背景に踊られるワトソンとカスバートソンのパ・ド・ドゥには、贖罪(しょくざい)と赦しが通奏低音のように響き、舞から滲み出る哀愁は、亡き王子に捧げた挽歌に他ならない。
ジョビー・タルボットが作曲した感情の機微が巧みに描かれた壮麗で色彩豊かな音楽と、ボブ・クロ―リーの美しい衣装と、大樹や彫像、古代ローマ遺跡のような壮大なセットが一体となったウィールドンの『冬物語』は、シェイクスピア戯曲がまた一つ、物語バレエの傑作として加わった。カーテンコールにはウィールドンも加わり、高揚した劇場に全観客のスタンディングオベーションは長く続いた。
(2017年7月5日 クイーンズランド・パフォーミング・アーツセンター)

ab1708a_06.jpg Royal Ballet act 1
Lauren Cuthbertson
photo by Darren Thomas.
ab1708a_07.jpg Royal Ballet act 2
Hayward & McRae
photo by Darren Thomas
ab1708a_08.jpg Royal Ballet act 3 . 
Watson, Cuthbertson & Lamb
 (c) ROH Johan Persson
(2014年公演より)

『冬物語』全3幕バレエ
振付:クリストファー・ウィールドン(Christopher Wheeldon)

筋書:クリストファー・ウィールドン、ジョビー・タルボット
(Christopher Wheeldon &Joby Talbot)
音楽:ジョビー・タルボット (Joby Talbot)
デザイナー:ボブ・クローリー (Bob Crowley )
照明:ナターシャ・カッツ (Natasha Katz)
プロジェクションデザイナー:ダニエル・ブローディ (Daniel Brodie)
アロンドラ・デ・ラ・パラ指揮 クイーンズランド交響楽団
(Alondra de la Parra conducting Queensland Symphony Orchestra )

配役(7月5日)
レオンティーズ(シチリア王):エドワード・ワトソン(Edward Watson)
ハーマイオニ(シチリア王妃):ローレン・カスバートソン(Lauren Cuthbertson)
ペルディータ(シチリア王女):フランチェスカ・ヘイワード(Francesca Hayward)
マミリス(シチリア王子):スカウト・ニコラス(Scout Nicholas)
ポーリーナ(王妃女官長):ゼナイダ・ヤノウスキー(Zeneida Yanowsky)
アンティゴナス(王の侍従長):リース・クラーク(Reece Clarke)
ポリクニシーズ(ボヘミア王):フェデリコ・ボネッリ (Federico Bonelli)
フロリゼル(ボヘミア王子):スティーブン・マックレー(Steven McRae)
ボヘミア王執事 :トーマス・ホワイトヘッド(Thomas Whitehead)
羊飼い:ゲイリー・エイヴィス(Gary Avis)
羊飼いの息子:ヴァレンティーノ・ズケティ(Valentino Zucchetti)
羊飼いの娘:ビートリズ・スティックス=ブルネル(Beatriz Stix-Brunell)