[ タイ ] フレッシュなキャストで踊られたシュツットガルト・バレエ団の『オネーギン』タイ公演

Stuttgart Ballet シュツットガルト・バレエ団

"Onegin" by John Cranko『オネーギン』ジョン・クランコ:振付

シュツットガルト・バレエの今シーズン、アジアツアーはタイとシンガポール。
タイの首都、バンコクでの公演を見た。

バンコクではダンスと音楽のインターナショナル・フェスティバルが1999年より毎年開かれ、海外各地から屈指のカンパニーが招かれる。今年は9月13日から10月26日まで開催され、最終の2日間は彼らの『オネーギン』が上演された。
『オネーギン』はジョン・クランコ振付によるものでバレエ団の看板演目のひとつ。原作はロシアの作家、アレクサンドル・プーシキンだ。都会に飽きたオネーギンと田舎娘タチアーナ、オネーギンの親友、詩人のレンスキーとタチアーナの妹でもあるその恋人オリガ、この4人にスポットをあてて作られていて、チャイコフスキーの調べにのって劇的なドラマが展開されていく。

エリサ・バデネス、マライン・ラドマーカー photo: Roman Novitzky

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』
エリサ・バデネス、マライン・ラドマーカー
photo: Roman Novitzky

タイトルロールのオネーギンは、初日にフリーデマン・フォーゲル、2日目にマライン・ラドメーカー。ふたりともこの演目では長い間何度もレンスキーを踊ってきていて、満を持してのデビューだった。
タチアーナは初日にアリシア・アマトリアン、2日目にエリサ・バデネスがデビューした。
レンスキー、オリガ、などメインキャストだけで、なんと8人ものダンサーがこの役のデビューとなった。

フォーゲルは予想をはるかに超えたすばらしいオネーギンだった。そこにはまぎれもなく、プーシキンの原作から抜け出してきたようなオネーギンが存在した。対するタチアーナ役のアマトリアンはこの役は十八番のひとつ。今年2月パリ・オペラ座へタチアーナ役での客演するなど、芸術監督から厚い信望はを得ている。
2幕の有名な鏡のパ・ド・ドゥ。タチアーナの部屋のこの場面の振付はハードで体力を要するはずだが、フォーゲルとアマトリアンは重力を全く感じさせない。呼吸音すらほとんど聞こえず、羽のように軽いムーブメントだった。タチアーナの夢が具現化され、その幸せな想いが伝わってくる。
このふたりは3幕最後、手紙のパ・ド・ドゥでは大きなな変化を見せた。
冒頭、スペースパターンが小さく感じられて、最初は気のせいかと思っていた。しかし後半になっても、他のダンサーやアマトリアンが以前踊った同じパ・ド・ドゥに比べて、グラン・ジュテはあまり高さもなく、フェッテは途中で止まってしまいそうに見えた。しかしそれは、オネーギンとタチアーナの心が、悲しむあまりに身体が思うように動かせない、自然な様子だったのだ。テクニック云々というレベルではなく、役とシンクロして踊る姿は感動的で胸を打った。

アマトリアン、フォーゲル photo: Roman Novitzky

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』
アマトリアン、フォーゲル
photo: Roman Novitzky

アマトリアン、フォーゲル photo: Roman Novitzky

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』
アマトリアン、フォーゲル
photo: Roman Novitzky

2日目はラドメーカー、バデネスの組み合わせ。ラドメーカーもまた、素敵なオネーギンだった。デビューとは思えない仕上がりだ。
驚愕的な身体能力の高さはもちろんのこと、印象的だったのは目線の使い方。
1幕最後、鏡のパ・ド・ドゥ、オネーギンが舞台奥の鏡の中から出てきて立つのだが、ここで上手にいるタチアーナを見つめている。このオネーギン、悪魔のような笑みを浮かべタチアーナを誘惑しているかのようなアプローチだ。
3幕、グレーミン公爵家の舞踏会でタチアーナに再会したあと、オネーギンが上手に立ち、紗幕が下りた向こう側で過去のタチアーナ、レンスキーなどが出てくる場面。レンスキーとの決闘を思い出してピストルを向け合うところがある。ラドメーカーはレンスキーからずっと目を背けている。過去を思い出すのが悲痛な様子だ。こういった数々の演技が光る。
1幕最初のオネーギンのヴァリエーション。タチアーナがそばにいるにも関わらず、オネーギン本人は上の空でそこに存在しないかのよう。タチアーナのことは忘れて、魂だけ抜け出て別世界で踊っているようなのだ。風のように軽やかなステップを見て、こんな想像に思いを馳せる。
バデネスのタチアーナはオリガと姉妹らしい雰囲気で、本が大好きな内気でおとなしいけれど、自由奔放な妹のオリガをちょっぴりうらやましく思っている、そんな雰囲気だ。ラドメーカーとのパートナーシップも良い。
3幕でのタチアーナとグレーミンとのパ・ド・ドゥ。優雅であればあるほど、それを見つめるオネーギンがタチアーナへの愛をめらめらと燃え上がらせていく。バデネスとノヴィツキーはたっぷり余裕をもって踊ると説得力があるだろう。

ズッカリーニ、カマーゴ photo: Roman Novitzky

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』
ズッカリーニ、カマーゴ
photo: Roman Novitzky

ズッカリーニ、カマーゴ photo: Roman Novitzky

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』
ズッカリーニ、カマーゴ
photo: Roman Novitzky

レンスキーとオリガ、初日はダニエル・カマルゴ、アンジェリーナ・ズッカリーニ、2日目はデヴィッド・ムーアとエリザベス・ワイゼンバーグ。初日のふたり、ヴァリエーションはともかくパ・ド・ドゥは最初固かったように思うが、幕が進むにつれてよくなっていった。カマルゴはポール・ド・ブラをもう少し柔らかくすると良いと思ったが、恋するひたむきな青年を好演。原作の詩人というイメージで言えば、デヴィッド・ムーアの方が近く、またパートナーであるワイゼンバーグもおしゃまなオリガにぴったりで似合っていた。
ほとんどの主要ダンサーが役デビューにも関わらず、レベルが高いのはさすがにカンンパニーのお家芸だ。『オネーギン』の物語の上質のエッセンスが隅々から感じられる。他のバレエ団ではなかなかこうはいかないだろう。
先シーズンはプリンシパルであり、この『オネーギン』に常にキャストされていたマリア・アイシュヴァルト、フィリップ・バランキエヴィッチがフェアウェルを迎え、エヴァン・マッキーは移籍。次いでカン・スージン、マライン・ラドメーカーまでもシュツットガルトを去ることが予定されている。彼らのようなダンサーがいなくなるのはさびしいが、次々と他のダンサーがいろんな役に挑戦するのや、新たなスターダンサーが育つのは楽しみでもある。
今回、唯一残念なのは美しいチャイコフスキーの音楽がオーケストラではなく録音だったこと。しかしながら2日間ともオーケストラの演奏がないことが気にならなくなるくらい、いい舞台だったことは間違いない。
フレッシュなキャストでクランコの偉大な遺産、『オネーギン』が未来へ受け継がれていくのを目の当たりにした。
(2014年10月25日 10月26日 タイ文化センター メインホール)

ペテネッラ、フォーゲル photo: Roman Novitzky

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』ペテネッラ、フォーゲル photo: Roman Novitzky

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』

Ballet in three acts by John Cranko
Based the verse-novel by Alexander Pushkin
全3幕 ジョン・クランコ振付
アレクサンドル・プーシキンによる韻文小説に基づく
Venue : Thailand Cultural Centre
会場:タイ文化センター メインホール
City : Bangkok,Thailand
都市:バンコク(タイ)
Choreography : John Cranko
振付:ジョン・クランコ
Music : Peter Ilyich Tchaikovsky
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
Arranged and Orchestrated : Kurt-Heinz Stolze
編曲:クルト=ハインツ・シュトルツェ
STAGE AND COSTUMES : Jürgen Rose
装置、衣装:ユルゲン・ローゼ

CAST キャスト
10月25日
オネーギン:フリーデマン・フォーゲル*
レンスキー:ダニエル・カマーゴ
ラーリナ夫人:メリンダ・ウィザム
タチアーナ:アリシア・アマトリアン
オリガ:アンジェリーナ・ズッカリーニ*
乳母:マグダレーナ・デジィレウスカ*
グレーミン公爵:ダミアーノ・ペテネッラ
10月26日
オネーギン:マライン・ラドメーカー*
レンスキー:デヴィッド・ムーア*
ラーリナ夫人:メリンダ・ウィザム
タチアーナ:エリサ・バデネス*
オリガ:エリザベス・ワイゼンバーグ*
乳母:マグダレーナ・デジィレウスカ
グレーミン公爵:ロマン・ノヴィツキー*
(*役デビュー)

ワールドレポート/その他

[ライター]
原 桐子

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