岸 夕夏 text by Yuka Kishi 
[2018.05.10]
[ オーストラリア ]

グレアム・マーフィーの半世紀を祝ったプログラムは万華鏡のようだった

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団
『MARPHY』:『マーフィー』
“SILVER ROSE” “AIR AND OTHER INVISIBLE FORCES” “Shéhérazade” “ELLIPSE” “GRAND” “FIREBIRD” choreographed by Graeme Murphy
『シルバーローズ』 『大気と大いなる力』『シェヘラザード』『ELLIPSE』『グランド』『火の鳥』グレアム・マーフィー:振付

公演タイトルの「マーフィー」とは、オーストラリアのアイコン的振付家であるグレアム・マーフィーを指す。マーフィーの30年間の創作作品から振付家が選んだ6演目で、オーストラリア・バレエ団は2018年シーズンの幕開けを飾った。

ab1804_01.jpg TBA “GRAND" Artists of the Australian Ballet. photo by Daniel Boud

1950年生まれのグレアム・マーフィーは、オーストラリア・バレエ団に入団して3年後にはヨーロッパに渡り、サドラーズ・ウェルズ・バレエ(現バーミングハム・ロイヤル・バレエ)、その後フランスのフィリックス・ブラスカ・バレエ( Ballets Félix Blaska )で踊った。オーストラリアに戻った翌年1976年から31年間、コンテンポラリー・ダンスを主としたシドニー・ダンス・カンパニーの芸術監督を務めた。オーストラリア政府から2度にわたりメダルを授与され、オーストラリア・ナショナルトラストはマーフィーを1999年に人間国宝に定めた。ミハイル・バルシニコフ、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)、ニューヨークのメトロポリタン・オペラへの振付も手掛け、オーストラリア国内外へ多くの作品を提供している。『シルバーローズ』はバイエルン国立バレエ、『火の鳥』はオーストラリア・バレエ、他の4作品はシドニー・ダンス・カンパニーがそれぞれ初演した。『マーフィー』はメルボルンで12回、シドニーで19回の公演が行われ、シドニー初日公演を観た。
2部構成の前半の冒頭、マーフィーの若きダンサー時代のフィルムが映し出された。自声で語る映像からは、マーフィーの舞踊とダンサーへの敬愛が滲み出ていた。

ab1804_02.jpg TBA "The Silver Rose"
Dimity Azoury & Artists of the Australian Ballet,
photo by Daniel Boud

最初の演目は2005年に創作された全3幕バレエ『シルバーローズ』からの抜粋。同作品はリヒャルト・シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』を基にしており、バレエでは高名な女優が年齢を重ね名声と若い恋人を失うことへの恐れが、寝室の戯れの中で悪夢となって描かれる。プロジェクションを使って、背景幕に映し出された時計をダリの絵画のように歪ませ、醜く変形させながら消えていく手法で、移りゆく時の流れと主人公の老いへの恐怖を巧みに表した。真っ白なシュミーズドレスを着た女優マシャリーン役のアンバー・スコットは、男たちに鏡を突きつけられる悪夢に苛まれる。内なる恐怖に追い回され、終始ポワントで鏡を避けようとするステップは深奥の怯えを表現しながらも、執着や男女の心の機微が短い抜粋場面で観客の心を捉えたとは言い難く、未消化な感覚が残ったのが惜しまれた。

ab1804_03.jpg TBA “Air & Other Invisible Forces"  Christopher Rodgers-Willson & Karen Nanasca,  photo by Daniel Boud

1999年に初演された『大気と大いなるもの』(抜粋)は物語のない抽象作品。マーフィーは西洋と東洋の共鳴を表現した。振付家への道程となるフランスでの“修行”と、母国への帰路で訪れたアジア諸国での“バレエ・キャラバン”が作品のなかでたなびき舞う。衣装はオーストラリア在住で、1999年以降パリ・コレ常連のファッションデザイナー、五十川明が担当。衣装と舞台美術、マイケル・アスキル作曲の音楽と踊りの美しい融合は、アジアに横たわる悠久の古(いにしえ)がフランスの洗練に包まれようだ。時にアボリジニダンスを想起させる身体の動きは、3人のダンサーがひとつのフォルムを造形しながら、有機的なパーツがひとつの物体から動いているようにも見える。歌ともつかない、巫女が奏でるような神秘的な声と尺八の音色は、大いなるものが支配する古代の儀式を思わせた。
1979年初演『シェヘラザード』は、モーリス・ラヴェルの音楽と世紀末ウイーンを代表する画家グスタフ・クリムトの官能性を融合させた作品。音楽『シェヘラザード』はリムスキー・コルサコフ作曲が有名だが、マーフィーは、ラヴェルの『シェヘラザード』からエロスの中の苦悶をイメージした。
エキゾチックな薄布の衣装と舞台上のメゾソプラノ歌手の歌声から、甘美で謎めいた空間が浮かび上がる。二人の男性ダンサーは両性愛者的な交わりを表現し、女性ダンサーのデュエットは蛇のようなアームスでエロスを造形したが、クリエーターたちが描いた退廃的で妖艶なエロスには、クリムトの絵画に見られる死の影とは相反する、オーストラリア的な健康美が微かに宿っているように感じた。

ab1804_04.jpg TBA “Shéhérazade”
Leanne Stojmenov & Jarryd Madden
photo by Daniel Boud
ab1804_05.jpg TBA “GRAND"
Leanne Stojmenov & Kevin Jackson
photo by Daniel Boud

2002年初演『ELLIPSE』(抜粋)では、マシュー・ハイドソンが作曲した打楽器が一定のビートを刻む軽やかな音楽に乗って、ダンサーは肉体を躍動させ、時には音楽の韻を踏むように身体の一部を叩いて音を出した。五十川明がデザインした水着のようなコスチュームの前部分がふんどしのようにも見え、ダンサーがコミカルな動きをすると客席の笑いを誘った。前の3作品が芸術的で奥深い内容だったせいか、最後に割れるような拍手が劇場に響いた。
前半最後の演目、2005年に初演された『グランド』(抜粋)は、敬愛するマーフィーの母であり、同作初演前年に他界したピアニストのベティーに捧げたもの。冒頭、巨大スクリーンとなった前幕に黒いドレスの浅野和歌子の印象的なソロが映し出された。舞台のグランドピアノで奏でられる哀愁ある『ダンス・アルゼンチーナ第2番』と黒衣の女性ダンサー8人の踊りはベティーへのオマージュを語り、折り重なった時の造形は強い印象を残した。共にプリンシパルダンサーのケビン・ジャクソンとリアン・ストジメノフのパ・ド・ドゥは、アクロバット的なリフトでベートーヴェンのピアノソナタの持つ強さと呼応する。ガーシュイン、ウォーラーのピアノ曲が流れると、ノスタルジックな古き良き時代の芳香が漂い、スイングしたダンサーの肉体が謳い、メロディーが踊った。五十川デザインの音符が描かれたタンクトップ姿のダンサーは、身体をピアノの鍵盤に見立てて飛び跳ね、流れるようなラインを形成。音符が命を与えられて動き出したかのようなダンスは、愉快で遊び心に満ち溢れ、前半の5作品の中で最も大きなブラボーに包まれた。

ab1804_06.jpg TBA. “FIREBIRD"
Brett Chynoweth & Artists of the Australian Ballet
photo by Daniel Boud

休憩後、同夜の最後の演目は2009年に創られた『火の鳥』で締めくられた。多様なリフトを用いたマーフィーの振付はストラヴィンスキーの音楽と同様、壮大で色彩豊かだ。火の鳥役のプリンシパル、ラナ・ジョーンズは全身で見事に火の鳥になりきって圧巻のダンスだった。イワン王子役、プリンシパルのケビン・ジャクソンの多くの多彩なリフトへの揺るぎないサポートは物語を強靭に支えた。

全演目が終わるとマーフィーと五十川明が舞台に登場し、多くの観客がスタンディング・オベーションで同夜の舞台とこれまでの功績を惜しみない拍手で称えた。30年間のマーフィーの6作品を一夜で観られたことに加え、マーフィーの日本人アーティストへの高い信頼が感じられた貴重なプログラムだった。
(2018年4月6日 シドニーオペラハウス)

ab1804_07.jpg TBA. “FIREBIRD” Kevin Jackson & Lana Jones, photo by Daniel Boud

『シルバーローズ』から抜粋
音楽:カール・ヴァイン(Carl Vine)
衣装・美術:ロジャー・カーク(Roger Kirk)
ダンサー
マシャリーン:アンバー・スコット(Amber Scott)
オクタヴィアン:カラム・リネイン(Callum Linnane)

『大気と大いなる力』から抜粋
音楽:マイケル・アスキル(Michael Askill)
衣装:五十川 明(Akira Isogawa)
美術:ジェラード・マニオン(Gerard Manion)
ダンサー
ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)/ドゥルー・ヘディチ(Drew Hedditch)
ブローディ・ジェームス(Brodie James)/カレン・ナナスカ(Karen Nanasca)/
クリストファー・ロジャー=ウィルソン(Christopher Rogers-Wilson)

『シェヘラザード』
音楽:モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel)
衣装・美術:クリスチャン・フレドリクソン(Kristian Fredrikson )
ダンサー
リアン・ストジメノフ(Leanne Stojmenov)/ジャレッド・マデン(Jared Madden)
ラナ・ジョーンズ(Lana Jones)/ブローディ・ジェームス(Brodie James)
メゾソプラノ:ヴィクトリア・ランボーン(Victoria Lambourn)

『ELLIPSE』から抜粋
音楽:マシュー・ハイドソン(Matthew Hindson)
衣装:五十川 明(Akira Isogawa)
美術:ジェラード・マニオン(Gerard Manion)
ダンサー
ジェイド・ウッド(Jade Wood)/ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)/
ジル・オガイ(Jill Ogai)/マーカス・モレリ(Marcus Morelli)

『グランド』から抜粋

音楽:アルベルト・ジナステラ(Alberto Ginastera)/
ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)/
ジョージ・ガーシュイン(George Gershwin)/トーマス・ウォーラー(Thomas ‘Fats’ Waller)
衣装:五十川 明(Akira Isogawa)
美術:ジェラード・マニオン(Gerard Manion)
ダンサー
ダナ・スティーブンソン(Dana Stephenson)/リアン・ストジメノフ(Leanne Stojmenov)
ケビン・ジャクソン(Kevin Jackson)/ヴァレリー・テレスチェンコ(Valerie Tereschchenko)
ショーン・アンドリュー(Shaun Andrews)/アンドリュー・ライト(Andrew Wright)
ジョー・チャップマン(Joe Chapman)/ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)/
マーカス・モレリ(Marcus Morelli)/ニコラ・カリー(Nicola Curry)/
ブレット・サイモン(Brett Simon)
ピアニスト:スコット・ディヴィ(Scott Davie)

『火の鳥』
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)
衣装・美術:レオン・クラッソンスタイン(Leon Krasenstein)
火の鳥:ラナ・ジョーンズ(Lana Jones)
イワン王子:ケビン・ジャクソン (Kevin Jackson)
ツァレヴナ王女:アンバー・スコット(Amber Scott)
魔王カスチェイ:ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)

ニコレット・フレリオン指揮 オーストラリアオペラ・バレエ交響楽団
(Nicolette Fraillon conducting Australian Opera and Ballet Orchestra )