岸 夕夏 text by Yuka Kishi 
[2018.02.13]
[ オーストラリア ]

マクレガーの『ツリー・オブ・コーズ』、ダンサーは絶え間なくパワフルなエネルギーを放ち、客席から熱い喝采が送られた

Wayne McGregor and Olafur Eliasson and Jamie XX and Manchester International Festival
ウェイン・マクレガー、オラフール・エリアソン、ジェイミーXX、マンチェスター国際フェスティバル委嘱
“TREE OF CODES” Choreographed by Wayne McGregor
『ツリー・オブ・コーズ』ウェイン・マクレガー:振付

1977年から始まったシドニーフェスティバルは、南半球では真夏となる1月に3週間にわたって催される芸術祭だ。国内外多数のアーティストによる、音楽、ダンス、演劇、ヴィジュアル・アート、サーカスなど130以上の公演やイベントが50か所以上の会場で行われる。今年のシドニーフェスティバルのハイライトのひとつは、ウェイン・マクレガーが振付け、2015年にマンチェスター国際フェスティバルで世界初演をした『ツリー・オブ・コーズ』だった。

1802a01.jpg “Tree of Codes” photographed by  Prudence Upton

マクレガーは英国ロイヤル・バレエ団の常任振付家で、自身でダンス・カンパニーも率いている。科学やテクノロジーに強い関心を持ち、経済学、神経科学、社会人類学、認知科学の専門家たちと連携して、長年リサーチに参加している。今年は、王立英国建築家協会が選ぶ国際賞の審査員を務めることが新聞で報じられた。審査員の中で唯一、マクレガーだけが建築家ではない。『ツリー・オブ・コーズ』のヴィジュアル・アートはオラフール・エリアソンが制作し、音楽はイギリスのミュージシャン、ジェイミーXXが担当した。それぞれが時代をけん引するクリエイターだ。
『ツリー・オブ・コーズ』は座席数2千5百のホールで4日間の公演が催され、4公演とも完売に近かった。チケットは一番高額な席で日本円にして約1万5千円、決して安い値段ではない。筆者の隣に座った20代前半らしき女性2人と20〜30代の男性2人の2組、4人ともがバレエを含めて劇場でダンスを観ることすら初めてだそうだ。男性2人はジェイミーXXのフェイスブックでこの公演を知ったと筆者に語った。観客は20代前半から70代くらいまで、マクレガー、エリアソン、ジェイミーXX、それぞれのファンが混在しているようだ。年齢層も男女比も、そして客層も多種多様に散らばっていた。

1802a02.jpg “Tree of Codes” photographed by  Prudence Upton 1802a03.jpg “Tree of Codes” photographed by  Prudence Upton

会場の照明が消えて真っ暗になると、舞台に光の点滅が動き出した。ジェイミーXXが作曲した軽快な電子音楽に合わせて、ダンサーの着衣に取り付けられた光が舞台を縦横無尽にキラキラと駆け回った。光の点滅が漆黒の闇の中で移動しているだけなので、何人のダンサーがどのような動きをしているのかわからない。それからいくつもの大きなダイヤモンド形の塊が舞台でまぶしく反射して、スキンカラーの肌着を着たダンサーたちが視界に入ってきた。高度なダンス技術をもった身体の動きはスピーディーでしなやかだ。全身の波打つフォルム、大胆なリフトやジャンプ、あえて軸を外したピルエット、身体を自在に歪め、意表を突く方向に四肢を可動させるマクレガーのダンス・ボキャブラリーは豊潤だ。 身体から発せられる息もつかせぬ動きのうねりの渦が、瞬時にホール全体をとり囲んだような気がした。

1802a04.jpg “Tree of Codes”   Author : Jonathan Safran Foer

マクレガーは、ジョナサン・サフラン・フォアの同名の小説『ツリー・オブ・コーズ』に触発されて、文章から湧き上がるイメージをダンスに構築したと語っている。本の作り自体がアート作品と評されており、解読に工夫を要する切り貼りはパズルのようだ。そして、この一風変わった小説が視覚化されたこの作品も、何かの物語や感情を表現しているのではないが、観客を惹きつけてやまない、不可思議な世界観を有していた。
今回の公演には、公演プログラムがなかった。説明を除き、観る者の感性を刺激して、感覚だけで舞台を堪能させる。それが、真夏の祭典に参加した、ダンス通でない観客にも向けたマクレガーのメッセージのように感じた。
ヴィジュアル・アーティスト、エリアソンが考案した、舞台全体を覆う大きな反射鏡が装置として、作品の中で重要な役割を果たした。この装置はコンピューター・グラフィックスのように、少数のダンサーが多勢で踊っているように映し出し、時には鏡に映った客席全体が舞台に表出した。マクレガーとエリアソンは、この装置によって観客も作品に参加し、舞台の一部になることを試みたと語っている。   
ライト、コスチュームともにけばけばしい原色を使った舞台に、入れ替わり現れた12人のダンサーたちは、裸足、バレエシューズ、トゥシューズで、一時も休むことなくエネルギッシュに踊り続けた。舞台終盤に向けて突然ライトが落ち、薄墨を流したようなほのかな明るさの中にピアノ曲が響き、詩的なダンス情景に変わった。それは束の間のまぼろしの暗号であるかのように、すぐに、また元の喧騒で派手な色彩空間に戻った。

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“Tree of Codes” photographed by  Prudence Upton
1802a09.jpg “Tree of Codes” photographed by  Prudence Upton

12人のダンサーのうち10人はマクレガー・カンパニーのメンバーで、2人がゲスト出演だった。客演で踊ったひとりマラ・ガリアッツィは、ロイヤル・バレエ団の元プリンシパルダンサー。昨年6月のロイヤル・バレエ団ブリスベン公演『ウルフ・ワークス』(マクレガー振付)では、アレッサンドラ・フェリとのダブルキャストで、ヴァージニア・ウルフ役を踊っている。
休憩のない75分間の舞台には、膨大なエネルギーが絶えまなく放出されたようだった。終始スピード感のあるシャープな振付だったにもかかわらず、ダンサーたちはいとも簡単に踊っているかのように見えた。カーテンコールでは、一部の観客は立ち上がって、ロックコンサートさながらの歓声をあげながら拍手をしたが、大半の観客は座ったまま熱い喝采を舞台に送った。(2018年1月6日 シドニー国際コンベンションセンター)

1802a10.jpg “Tree of Codes” photographed by  Prudence Upton 1802a11.jpg “Tree of Codes” photographed by  Prudence Upton

『ツリー・オブ・コーズ』
監督・振付:ウェイン・マクレガー       (Wayne McGregor)
ヴィジュアル・コンセプト: オラフール・エリアソン   (Olafur Eliasson)
音楽:ジェイミー XX (Jamie XX)
照明:ロブ・ハリデー   (Rob Haliday )
音響:ニック・セガ―  (Nick Sagar )

ダンサー  (1月6日)
レベッカ・バセット=グラハム(Rebecca Bassett-Graham) / ジョルダン・ジェームス・ブリッジ (Jordan James Bridge) / トラビス・クーゼン=ナイト(Travis Clausen-Knight) / ルイス・マクミラー(Louis McMiller) / ダニエラ・ノイゲバウアー(Daniella Neugebauer) / ジャコブ・オコーネル(Jacob O’Connell) / ジャイムス・ペット(James Pett)
高瀬譜希子(Fukiko Takase) / ポ=リン・トゥン(Po-Lin Tung) / ジェシカ・ライト(Jessica Wright)/カタリナ・カルヴァロ(Catarina  Carvalho)  / マラ・ガリアッツィ(Mara Galeazzi)
音楽は録音された音源を使用