岸 夕夏 text by Yuka Kishi 
[2017.12.11]

オーストラリア・バレエ団のマカリスター芸術監督が初めて演出と振付を手掛けた『眠れる森の美女』

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団
“The SLEEPING BEAUTY” A production by David McAllister、Choreographed by Marius Petipa、Production and additional choreography: David McAllister
『眠れる森の美女』マリウス・プティパ:振付、デヴィッド・マカリスター:演出および追加振付

オーストラリア・バレエ団の2017年シドニー・シーズン3つめの演目は、『眠れる森の美女』だった。この作品はオーストラリア・バレエ団のデヴィッド・マカリスター芸術監督が初めて演出と振付を手掛けたもので、2015年に世界初演されチケットはほぼ完売だった。そして今年の再演では、とても魅力的なダンサーたちの客演が発表された。アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のふたりのプリンシパル、デヴィッド・ホールバーグとミスティ・コープランド。(2015年にコープランドがABT史上初めての黒人女性ダンサーとしてプリンシパルになった際、大きく報道されたことをご記憶の読者もおられることだろう。)コープランドにとっては、今回のシドニー公演がオーロラ姫全幕デビューとなる。そしてヒューストン・バレエのプリンシパル、加治屋百合子。
15日間に16回公演行われ、3人のゲストアーティストが2公演ずつ、オーストラリア・バレエ団から4組、合計7組のペア全員がプリンシパル・ダンサーというキャスティングが組まれた。11月11日の初日公演を観た。

1712ab_2.jpg TAB Sleeping Beauty, Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud

同夜の主役はともに世界初演と同じキャスティングで、オーロラ姫にラナ・ジョーンズ、デジレ王子はケビン・ジャクソンだった。
マカリスターは振付に大胆な手を加えず、物語の流れを偶然ではなく必然とした。古代の知恵の精カラボスが洗礼式に招かれなかったのは、王の命令に背いた家臣の故意によるものにした。デジレ王子は孤独で狩りよりもおとぎ話を読むのを好む人物像として、第3幕の結婚式のシーンの童話の主人公たちの踊りに導いた。
物語の発端となったカラボスを招待客から除外した行為は、古今東西で起こる「厭わしいものは排除し、排除された側の怒りは報復を生む」もの。対するリラの精は、人間の普遍的な負の感情を愛で救済した。リラの精役のエイミー・ハリスは慈愛に満ちた凛とした身のこなしを終始絶やさず、流れるような腕の表現とステップは天上からの使者のようだ。それと対峙するカラボス役のジリアン・リヴィは、邪悪で強い存在感と激しいダンスで幸福に満ちた祝いの場を見事に破壊した。報復の勝利に高笑いするカラボスに懇願する妖精たちと、王夫妻の嘆きの演技は胸に響く。

1712ab_6.jpg  TAB Sleeping Beauty, Lana Jones & Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud 1712ab_3.jpg TAB Sleeping Beauty, Jade Wood & Marcus Morelli, Photo Daniel Boud

マカリスターが描いたオーロラ姫は、16歳で呪いをかけられた単にかわいそうなヒロインではなく、誰と結婚するのかを自分の意志で決めることができ、王国を守るという強い意志を持った若き未来の王妃だ。そしてこの作品は、ラナ・ジョーンズのために創られた。ジョーンズの脚のラインの美しさ、凛とした立ち居振る舞いは実生活で母となってエレガンスが増し、きらりと光る品性はマカリスターが描いたオーロラ姫にふさわしい。ジョーンズは第1幕のソロで、古典バレエの美しいポーズをひとつずつお手本のように展開した。そしてローズ・アダージオでは優美な流れを保ちながら難技巧をそつなくこなし、息を詰めていた客席から大きな拍手が寄せられた。

1712ab_5.jpg TAB Sleeping Beauty, Lana Jones & Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud

第2幕では一転して、狩りには興味を示さず、深い森の中で物語を読みふけるデジレ王子のケビン・ジャクソンがいた。憂いをたたえるデジレ王子は何かを希求していた。オーロラ姫の幻を見たデジレ王子は、リラの精に導かれた運命への確信とあふれる恋心を抑えきれないように、高い跳躍と回転で軽々と舞台を旋回し、その瞳は希望を宿した少年のように輝いていた。喜びを全身で語るデジレ王子とは対照的に、森の妖精たちに囲まれて踊るジョーンズのオーロラ姫は、精確な回転にも浮遊感があり、夢幻の世界の住人を体現した。

1712ab_1.jpg TAB Sleeping Beauty, Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud

第3幕の幕が開くと、大きな3つのシャンデリアとフランスの太陽王ルイ14世スタイルの豪華な結婚式の舞台セットが目に飛び込んできた。オーロラ姫の肩に触れるデジレ王子の指先からさえ愛する人への想いが伝わってくる。幸福をかみしめるジャクソンと落ち着いた雰囲気のジョーンズは微笑ましい相思相愛のカップルだ。終幕の見せ場のひとつである青い鳥とフロリナ王女のパ・ド・ドゥ(フルートとクラリネットのメロディが楽しそうにこだまする)はマーカス・モレリとジェイド・ウッドだった。コリフェランクのモレリは、コンクールなどでもしばしば踊られるこの難しい技を巧みにこなし、将来有望な若手ダンサーとして存在感を示した。

1712ab_4.jpg TAB Sleeping Beauty, Kevin Jackson & Lana Jones, Photo Daniel Boud

終盤のグラン・パ・ド・ドゥでは、主役ペアの静止したポーズに観客は魅了された。数秒ごとのポーズがピタリときまる度に拍手がわく舞台はとても珍しい。同夜のカップルは息を呑むほど美しい絵となって、観客は思わず拍手をせずにはいられなかったのだろう。フィッシュ・ダイヴと呼ばれるポーズではさらに客席を沸かせた。ジャクソンは歓喜にあふれ、高さ、速さ、伸びやかなラインで絶好調なマネージュを披露してクライマックスに導き、ジョーンズは速い回転をエレガントに決めて呼応した。ジョーンズは抑えた情感から滲み出る輝きを放ち、3幕それぞれで表現した多面性が印象的だった。古典様式を踏襲した煌びやかなスペクタクルの中に描かれているのは、孤独、空想世界への傾倒、憎しみと復讐、さまざまな愛の形などの現代社会にも在る等身大の人々の姿だ。マカリスターはそれ故に『眠れる森の美女』を人間ドラマというのだろう。
マカリスター版『眠れる森の美女』は、ガブリエル・タイレソバがデザインした豪華絢爛な舞台装置と衣装が強い印象を与える。巨額な制作費は一見して明らかだ。けれどもこの制作費用の7割以上は、2千人以上の個人のサポーターからの寄付によるものだった。マカリスター版「美女」は、ダンサーと制作陣のみならず、多くのバレエファンからの愛情も紡がれた作品である。
(2017年11月11日  シドニー、キャピトルシアター)

『マカリスター版 眠れる森の美女』プロローグ付全3幕バレエ
振付:マリウス・プティパ、演出および追加振付:デヴィッド・マカリスター
(Choreographer: Marius Petipa.   Production and additional choreography by David McAllister)
音楽:ピュートル・チャイコフスキー (Piotr Ilyich Tchaikovsky)
舞台装置・衣装:ガブリエル・タイレソバ (Gabriela Tylesova)
照明:ジョン・バスウェル (Jon Buswell)
台本:ルーカス・ジャヴィス  (Lucas Jervies)
フィリップ・エリス 指揮 オーストラリアオペラ・バレエ交響楽団
(Philip Ellis  conducting Australian Opera and Ballet Orchestra )

配役  (11月11日)
オーロラ姫:ラナ・ジョーンズ (Lana Jones)
デジレ王子:ケビン・ジャクソン(Kevin Jackson )
リラの精:  エイミー・ハリス  (Amy Harrirs )
カラボス  : ジリアン・  リヴィ    (Gillian Revie)
喜びの精:ディミティ・アズーリ (Dimity Azoury)
優美の精:イングリッド・グォ   (Ingrid Gow)
寛容の精:シャーニ・スペンサー(Sharni Spencer)
音楽の精:セーラ・トンプソン (Sarah Thompson)
情熱の精:  ダナ・スティーブンソン(Dana Stephensen)
王  :  マシュー・ローレンス    (Matthew Lawrence)
王妃:   ジェイン・ベドゥ (Jayne Beddoe)
王の家臣カタラビュート:フランコ・レオ (Franco Leo)
青い鳥 / 音楽の精の騎士 / 公爵:マーカス・モレリ (Marcus Morelli)
フロリナ王女 / 公爵夫人:ジェイド・ウッド (Jade Wood)
リラの精の騎士 / 英国王子:  ブレット・サイモン (Brett Simon)
寛容の精の騎士 / ハンガリー王子:  ネイサン・ブルック   (Nathan Brook)
優美の精の騎士 / スウェーデン王子:アンドリュー・ライト  (Andrew Wright)
狩りのリーダー / スペイン王子:ベン・ディヴィス (Ben Davis)
情熱の精の騎士 / 赤ずきんの狼:ジャレッド・マデン  (Jarryd Madden)
喜びの精の騎士:ドゥルー・ヘディチ ( Drew Hedditch)