岸 夕夏 text by Yuka Kishi 
[2017.03.10]
[ オーストラリア ]

オーストラリア・バレエ・スクール時代のオニール 八菜を指導した
ジョアン・ミッシェルにインタビュー

パリ・オペラ座のプルミエールダンスール、オニール八菜は、オーストラリア・バレエ・スクールからパリ・オペラ座バレエに入団した。教師/バレエミストレスのジョアン・ミッシェルがオーストラリア・バレエ・スクールと生徒だった頃のオニール 八菜について語った。

----まず、あなたのダンサー時代のプロフィールと現在のオーストラリア・バレエ・スクールでのお仕事について聞かせてください。

1703AB_hannah05.jpg Joanne Michel, photo by Yuka Kishi

ミッシェル 私はオーストラリア・バレエ団で10年踊り、その間の5年はプリンシパルダンサーでした。そこでたくさんの素晴らしい役に恵まれ、キャリアを積むことができました。オーストラリア・バレエ団を離れてから、短い期間は海外にいました。私が教えることに携わるようになったのはオーストラリアに戻ってからです。長い間メルボルンの多くの学校で教え、14年前、オーストラリア・バレエ・スクールで教えるようになりました。今はバレエ・スクールの最終学年のレベル8の女子生徒たちを教えています。オーストラリア・バレエ団と合同で行う地方公演のバレエミストレスでもあります。
私がバレエ・スクールに入学したのは1975年、もうずいぶん前ですね。2年間の短期コースに入り、その後オーストラリア・バレエに入団、そこからキャリアが始まりました。オーストラリア・バレエ・スクールでは、健康、カウンセリング、栄養学などのダンサーに必要なトレーニングのすべてを行います。全生徒がこのような有益なプログラムを利用できるのは素晴らしいことです。

----オーストラリア・バレエ・スクールは世界有数と評されています。特色をお話しください。

ミッシェル ここでは、すべての生徒がクラシック・バレエ、コンテンポラリー・ダンス、キャラクター・ダンスのトレーニングを受けます。振付に興味のある生徒は、振付に触れる機会もあります。バレエ・スクールで学科の授業があるように、コースの一環として異なる振付も学びます。それによって、生徒はダンサーとして必要なすべてを体験する機会が得られます。プロのダンサーになると古典のテクニックだけではありません。クラシック・バレエのトレーニングは進む方向を変える時の基盤になります。私たちは、生徒たちの能力と身体の強靭さが発達するように指導しながら育てていきます。
わが校で最も大切なことのひとつで他のバレエ・スクールではあまり行われていないことは、オーストラリア・バレエ団のダンサーたちと合同で行う地方巡業公演です。卒業を控えた生徒が参加できます。この地方公演を経験してバレエ団に入った時、生徒たちはプロのダンサーとして要求されるものが何なのかはっきりとわかるようになります。この地方公演が始まってすでに30年が経ちました。マリリン・ジョーンズ(オーストラリアバレエ団元芸術監督)がバレエ・スクールの生徒にトレーニングの一環として、バレエ団のダンサーたちとともに舞台に立つ機会を作りました。このことが、世界中の他のバレエ・スクールと最も異なることでしょう。こうした地方公演を行えるのはとても幸運ですし、誇りに思ってます。そして今後も続けていきたいと願ってます。

----レベル5や6のフルタイムへの入学が許可されるのは毎年何人くらいですか。最高位のレベル8で卒業する生徒はそのうちどれくらいですか

ミッシェル 毎年違うので、数では一概に言えません。それぞれのレベルには定員を設けていませんし、オーディションによります。たとえば、オーディションの合格通知をだしても、それぞれの事情でこちらに来ることができないこともあります。また、年齢も関係して翌年まで待つということもあります。幸運なことにわが校には寄宿舎があり、他州の生徒の受け入れができるので、家族の方たちは安心できます。寄宿舎を作るのはマリリン・ロウ (オーストラリアバレエ団の元プリンシパルダンサー) の夢で、2年前にやっと「マリリン・ロウハウス」ができました。他州や海外からの生徒にはとても役立ちますし、寄宿舎によってより多くの生徒を迎えられるようになりました。それまでは、留学生はアパートメントに一人暮らしなどではなく、ホームステイをしていたでしょう。家族のもとを離れて、自活できるまでにはギャップがあります。親元を離れて突然、自活するより少しずつ自立していくことはとても重要です。いくつかの大きなバレエ学校には寄宿舎があります。住まいを提供できるのも、学校にとってはたいせつなステップのひとつです。卒業生の数も年によって変わります。レベル5でたくさんの生徒が入学しても、怪我をしたり他の道を目指すなどで、進むにつれて続けることを断念する生徒もいます。時には女子生徒が6人であったり、12人であったり。一番多かったのは1クラス14人の女子生徒だったと思います。オーディションによって、ある年はとても少なかったり、またはとても多かったり。人数ではなく、ここで学ぶことが有益で、メルボルンまで来ることができて、われわれが滞りなく運営をしていけるかということです。海外からの留学生もたくさんいます。われわれはベストトレーニングを提供して生徒を支えています。

1703AB_hannah03.jpg Hannah O'Neill, photo by Sergei Konstantinov

----オニール 八菜がオーストラリア・バレエ・スクールに入学されたのは15歳でした。その時すでに秀でた才能がみられたり、先生方からの何か特別な期待はありましたか

ミッシェル 八菜が入学したのはレベル5でした。私はレベル8の教師なので当時はあまり教えていません。八菜を知ったのは、彼女がレベル5から6に移る時、マリリン・ロウが彼女のローザンヌ国際コンクール参加の準備をしているときで、私は八菜の付き添いでローザンヌに行きました。コンクールの前に八菜のリハーサルを見ました。彼女は若く美しいダンサーです。才能があり、内面から滲み出るものがあります。高いクオリティーとステージでの存在感を常に湛えていて、それはバレエを始めたばかりのとても早い時期からのものでしょう。八菜がレベル6の時、彼女はローザンヌで1位になりました。ステージでのパフォーマンス力、優美な穏やかさ、確信、見ているとわくわくします。八菜には何か特別なものがあります。バレエ・スクールに入学する生徒には生まれ持った才能を持ち、成長していく生徒がたくさんいます。八菜の夢はずっと昔からパリ・オペラ座バレエに入団することでした。彼女がその夢を果たし、良い評判を得ているのは素晴らしいことです。私たちが望むことは、生徒自身が正しい選択をしたと確信を持って、プロの世界でハッピーでいられること、これだけです。八菜には常にプロのダンサーとしての職業意識がありました。彼女はものすごい頑張り屋さんでありながら、人柄の良さと謙虚さを失うことがありません。彼女の美質がダンサーとしてステージで観客を魅了するのだと思います。彼女を教えることができて、彼女のゴールへの手助けをできたことをとても幸運だったと思います。

----オニール 八菜は、オーストラリア・バレエ・スクールの2年目にローザンヌ国際コンクールに出場、翌年ユース・アメリカ・グランプリのシニア女子部門で金賞を受賞されました。これらのコンクールの準備はどのようにされたのですか

ミッシェル 八菜はその時レベル7だったと思います。マリリン・ロウが踊りの指導をしました。コンクールの準備はバレエ学校の通常のトレーニングと同時並行して行われました。八菜はコンクールのソロの練習もしなくてはならなくって、それはとても大変なことです。彼女は決めたことはやる、そして前進していく。それが八菜なのです。コンクールまでの数週間、マリリンが八菜のヴァリエーションの指導をしました。八菜は自分がしなくてはならないことに対する集中力があります。彼女は多忙ですがそれに対処することができます。

----ヴァリエーションはどなたが選ばれたのですか

ミッシェル リストの中からマリリンが選択したはずです。

----オニール 八菜のオーストラリア・バレエ・スクール在学中、特に傑出していたことがありましたか。23歳の若さでブノワ賞を授与されることは想像できましたか

1703AB_hannah04.jpg Hannah O'Neill & Brodie James,
photo by Sergei Konstantinov

ミッシェル  八菜は特別なダンサーなので驚いてはいません。彼女の感性は教えることはできません。彼女は才能があり、舞台に立った時の存在感は人を惹きつけずにはいられません。これは経験を積んで得るものですが、彼女には最初からありました。既に入学した時からです。八菜はバレエのテクニックと強さを併せ持っています。入学した時には、彼女がニュージーランドでしっかりしたトレーニングを行ってきたと記憶しています。そこにさらに積み重ねていくことができました。ついこの間、八菜とパリで再会した時、 幸運にも彼女の『白鳥の湖』のパ・ド・ドゥを見ることができました。渡仏の目的がそのためではなかったので、残念ながら彼女のオデット/オディールは見逃しましたが、八菜はとても美しく踊っていました。そこには何か特別なものがあり、個性があります。八菜はこれからも成長し、飛躍していくでしょう。なぜなら彼女はまだ若く美しいダンサーであり、彼女の踊りからもそれが立ち上っています。

----オニール 八菜は2011年にオーストラリア・バレエ・スクールを最優秀で卒業されました。彼女の印象に残るエピソードなどありましたらお聞かせください。

ミッシェル 八菜のクラスメートについてお話しなくてはなりませんね。とても素敵な女子グループです。今は4人がオーストラリア・バレエ団で、1人は海外です。八菜はクラスの中でとても控えめな生徒で、指摘したことをすぐに改善できました。最終年度のレベル8で、彼女はパフォーマンスを通してとても成長しました。パリ・オペラ座バレエのオーディションを終えて、グループの中に戻りました。八菜を教えることは教師冥利につきました。卒業年の私の仕事は、生徒を励まし、助け、成長させることです。教師は指導をしますが、自分の目指すものを実践するのは彼らです。やはり最も印象に残っているのは、八菜がパリ・オペラ座バレエに採用されたことですね。彼女の大きな目標でありずっと願っていたことでした。そしてパリに行き、ついに達成できたことです。

----オニール 八菜はニュージーランドから来られてますね。彼女の入学当時は寄宿舎はなかったのですか。

ミッシェル そのとおりです。アパートメントだったと思います。八菜が入学した年は、ニュージーランドからたくさんの生徒が来たと思います。シェアメイトの名前は不確かですが、他の学生と一緒だったことは確かです。同じ国からとか、同じバレエ・スクールだったなどのつながりで、時にはバレエ団のメンバーとシェアすることもあります。これはある種のメンターでもあるので良いことですね。バレエ・スクールでもメンター制度があります。

----オニール 八菜のメンターはどなただったのですか

ミッシェル ずいぶん前なのではっきり思い出せません。オーストラリア・バレエ団のダンサーがレベル8の生徒のメンターを引き受けます。

----メンターは最後の1年のみで、1年間同じ人がメンターになるのですか。メンターはバレエ団のダンサーのみですか。

ミッシェル そのとおりです。バレエ団に入ってからのことなど生徒からの質問に答えるために、バレエ団のダンサーにお願いしています。他にも、オーディションのこととか異なる振付家との仕事の仕方など、生徒が知りたいことやわかりにくいことなど何でも聞けるといった、学生からプロへの橋渡し的な存在ですね。時にはダンサーがやってきて「自分が今の君の頃のことよく覚えているよ」と声をかけることもあります。(オーストラリア・バレエ団とバレエ・スクールは同じビルの中にある) メンター制度はバレエ団とバレエ・スクールを繋ぐとても良いシステムです。

----生徒がメンターになるダンサーを選べるのですか。

ミッシェル いいえ、学校側からバレエ団に生徒名を伝え、バレエ団がメンターする生徒を決めます。お互いに話しやすいと思われる組み合わせにするようにします。バレエ団のダンサーたちは元生徒だったこともあるので、性格などもわかります。

----2011年の卒業公演は何でしたか。そのときのオニール 八菜の役はなんでしたか。

ミッシェル 『雪の女王』で、八菜の役は雪の女王でした。卒業公演の後すぐにパリに行かなくてはならなかったので、卒業式には出席できませんでした。でも在学2年目の地方公演に参加できたことは良い機会でした。それからのことはおとぎ話のようです。

1703AB_hannah01.jpg Hannah O'Neill & Brodie James, photo by Sergei Konstantinov

----1日のバレエ・トレーニングと学科についてお聞かせください。

ミッシェル フルタイムの生徒は、バレエ、コンテンポラリー、キャラクター・ダンスのトレーニングがあり、そこにアーツカレッジで行う学科が加わります。学科と実技ともに時間割があって、学科はレベル7までです。ほどんどの生徒はVCE(ヴィクトリア州高等学校卒業証明書)を取ります。レベル8では心理学を除いて学科の勉強はありません。身体トレーニングがほとんどです。
朝は早くから始まり、生徒にとって1日は長いです。時間割にそってこなしていくので、厳しい自己規律が求められます。課題をこなすのに生徒たちはものすごく頑張っています。心身ともに鍛錬することは大きな挑戦でもあります。先ほどお話したように、これを負担が大きすぎると感じる生徒もいます。または学業だけに専念したいと思う生徒もいます。場合によっては別の道に進もうと考える生徒もいます。この試練とも言える期間に生徒たちは自分が望むことは何かが明確になります。学業と両立していた時期を乗り越えると、また別の意味での”チャレンジ“ が最終学年です。

----レベル5、6のコースで栄養学や解剖学の難しい授業がありますね。英語を母国語としない生徒にはオーストラリア・バレエ・スクールではどのような言語習得のサポートをしているのですか

ミッシェル 英語を第2言語とする生徒のための特別なクラスがあります。該当する生徒には英語の教師が特別な授業を行います。この授業は時間割の中に組まれていて、生徒の自己学習ではなく正式な授業の一環です。そうして生徒たちは英語も学びそこから自信もつきます。あなたの言うとおり、解剖学を理解するためにこれらの生徒たちには多くのサポートが常につきます。年齢が下の生徒ほど言語習得が早く、理解力があり勤勉です。英語を母国語としない生徒のためにできるかぎりの環境を整えています。

----日々の身体トレーニングも含めて、プロのダンサーを目指す生徒にとって一番大切なことは何でしょうか。”座右の銘“などありますか。オニール 八菜はあるインタビューで「我慢」とおっしゃってます。

1703AB_hannah02.jpg Hannah O'Neill, photo by Sergei Konstantinov

ミッシェル 確かにそうですね。われわれすべてのバレエ学校の教師は異なるバレエ学校でトレーニングを受けてきて、そして今もなおトレーニングをしています。忍耐はとても大切なことです。年齢が低いほど我慢ができず、「今すぐすべて」を求めます。忍耐と課題に賢く取り組むことも指導します。
毎日のクラスに自信を持って一生懸命取り組むためには、目標の設定や質問をしたり、校内の理学療法士や医師を活用するなど賢い手際の良さが必要です。自分が何をしたいのかを見極め、大きな前進ではなくて、日々小さな前進をすること。何かを達成できないときはそれらの何かが欠けているのだと思います。
若い人には忍耐は難しいことです。生徒たちは毎年レベルが上がるごとに少しずつ上達していき、生徒がそれを実感できるようにカリキュラムが組まれています。基礎を積み重ねて、最終段階で自分たちができるところまで達成したと感じます。
学生の間ずっと勉強してきたように、プロのダンサーになっても異なる振付家や異なるコーチたちと仕事をするときは、絶えず学ばなくてはなりません。成長の仕方は個々で異なります。私たちは生徒たちに同じ情報を提供するだけでなく、異なることを求める生徒たちには思慮深く接しなくてはなりません。
たいせつなことは自分のベストを尽くすことです。私たちは指導をして、改善すべきところを教え、生徒たちに最良の機会を与えるよう努力しながら、彼らが目指すものを一緒に築き上げていきます。

----本日はお忙しいところ、お話を聞かせていただいてありがとうございました。
(2017年2月1日オーストラリア・バレエ・スクールにて)