岸 夕夏 text by Yuka Kishi 
[2016.11.10]
[ オーストラリア ]

オーストラリア・バレエのプリンシパルとバレエ学校生徒による『ジゼル』、プリンシパルのキリアンとコリフェのナナスカが踊った

AUSTRALIAN BALLET and AUSTRALIAN BALLET SCHOOL ― REGIONAL TOUR
オーストラリア・バレエ団とオーストラリア・バレエ学校による地方公演
GISELLE choreographed by Marius Petipa after Jean Coralli and Jules Perrot
『ジゼル』マリウス・プティパ: 振付、ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー:原振付

今年5月に、バレエ界のアカデミー賞と称されるブノワ賞を受賞したパリ・オペラ座バレエ団のオニール  八菜はオーストラリア・バレエ学校を卒業した。ことは、日本のメディアであまり伝えられていない。彼女はオーストラリア・バレエ学校入学の翌年にローザンヌ国際コンクール第1位、その翌年にユース・アメリカ・グランプリでも金メダルを受賞し、オーストラリア・バレエ学校の地方公演舞台に立った。そして最優等で同スクールを卒業しパリに渡った。

ab1611_01.jpgAB Regional Tour "Giselle" Karen Nanasca. Photo by Jeff Busby

1980年からオーストラリア・バレエ団は、卒業を控えたオーストラリア・バレエ学校の生徒たちと合同で行う地方公演を開始した。今回の『ジゼル』はシドニー・オペラハウスのようなメイン舞台での上演ではなく、オーストラリア・バレエ団が通常のメインプログラムでは行わない地方都市を数日ごとに巡業していく。チケット価格もシドニー・オペラハウスの一番高額な席の4分の1ほどに抑えられている。このようにして、あまりバレエのメインカンパニーを観る機会の少ない地方都市の人々が、トップクラスの舞台芸術と出会い、刺激をうけてバレエを楽しむ土壌が育まれ、裾野が広がっていくのだろう。音楽は録音されたものを用いて舞台セットもとても簡素だが、活気ある期待感が幕開け前から劇場を満たしていた。今回の『ジゼル』公演は、7月にビクトリア州で、10月にニューサウスウエールズ州とに分けて21日間行われ、11の地方都市で25回上演された。
幕が開くと、秋色に彩られた照明の中に、ジゼルの質素な家が舞台の端に置かれているのが目に入る。筆者が観た日のジゼル役は、オーストラリア・バレエ団コリフェのカレン・ナナスカ (Karen Nanasca)。アルブレヒトはバレエ団プリンシパルのアンドリュー・キリアン(Andrew Killian) だった。

ab1611_02.jpgAB Regional Tour "Giselle" Karen Nanasca &  Andrew Killian. Photo by Jeff Busby

ナナスカは、村では見かけない雰囲気をただよわせるアルブレヒトに恋する純真な村娘ジゼルを好演した。『ジゼル』ではアルブレヒトが本当にジゼルを愛していたかがしばしば問われるが、これはアルブレヒト役のダンサーの解釈にもよるのだろう。同夜のキリアンのアルブレヒトは、プレイボーイ的で窮屈な貴族社会から解放された戯れの恋を演じているように感じられた。アルブレヒトの従者が止めるのを振りきる仕草、ジゼルの母親をあしらうマイム、1幕最後の横たわったジゼルを置いて立ち去る姿からは、ジゼルに対する深く真摯で滲みでるような愛情を感じ取ることはできなかった。逆にそれがどのように2幕のウィリの世界に繋がっていくのか、新鮮な興味を引き起こした。
たとえ村人に変装していようとも、その立ち姿だけで高雅さを自然に醸し出すダンサーもいるが、キリアンは精悍な顔つきと野性的な魅力が強い印象を受け、アルブレヒトよりヒラリオンのほうが適役なのではと登場した瞬間に思った。
ダンサーの衣装も含めて舞台全体が、秋色のグラデーションの抑えた色調だ。そこにクルランド公爵とバチルド姫が登場すると、豪華な衣装が効果的にまばゆく対比した。オーストラリア・バレエ団、ソリストランクのダナ・スティーブンソン(Dana Stephensen)のバチルド姫は、煌びやかな衣装によるものだけではなく、立ち居振る舞いも十分に高貴な品格を感じさせた。スティーブンソンは出産を終えて舞台に復帰したばかり。本公演ダブルキャストのジゼル役でもある。
1幕でかすかに気になっていたバレエ学校生徒による村人のコール・ドの若干のぎこちなさも、2幕に入ってすべてが氷解したようになくなり、観客を幻想的な世界に導いた。深夜の森を照らす、冷たい月光を模した青白い照明に浮かび上がるウィリの群舞は息を呑むような美しさだ。着ることのなかったウエディングドレスを思い起こさせる白のロングチュチュをまとったウィリたちは、霊気の中で浮遊するように足音がほとんど聞こえない。

ab1611_03.jpgAB Regional Tour "Giselle" Photo by Jeff Busby

オーストラリア・バレエ団、コール・ド・バレエランクのイザベル・ダッシュウッド (Isobelle Dashwood) は、高度な技巧のソロもミルタの氷のような冷たさと、死の世界の女王としてのゆるぎない威厳をあわせもって踊った。1幕であまり高貴な趣を感じることのできなかったアルブレヒトだが、白い百合の花束を抱えたマント姿のキリアンからは、貴族の気品と深い悔恨が全身から漂っていた。ナナスカは裏切られて、死してもなおアルブレヒトを愛しているジゼルの心情を、透明感をもって体現した。キリアンの長く細い脚から繰り出させれるジャンプは高く軽い。あたかもの涙がこぼれ落ちるような、キリアンのアントルシャのひとつひとつの跳躍からは、悔恨、償い、ジゼルへの愛情が絞り出されるようだった。鐘の音とともにおとずれた朝の気配は、アルブレヒトに救済を差し出し、ジゼルから醸し出された静かな安堵は、すべてが浄化された余韻を残して大きな拍手に包まれながら幕が閉じていった。
(2016年10月4日 チャッツウッド、コンコースシアター)

ab1611_04.jpgAB Regional Tour "Giselle" Karen Nanasca &  Andrew Killian. Photo by Jeff Busby

『ジゼル』2幕バレエ
音楽:アドルフ・アダン (Adolphe Adam)
振付:ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー 原振付、マリウス・プティパ振付
Marius Petipa after Jean Coralli and Jules Perrot
装置・衣装:ピーター・ファーマー (Peter Farmer)
照明:フランシス・クロエス (Francis Croese)