バレエ・リュス所縁の『ショピニアーナ』『卒業舞踏会』『韃靼人の踊り』を上演、地主バレエ団

地主薫バレエ団「2017トリプル・ビル公演」

『ショピニアーナ』ミハイル・フォーキン・原振付 薄井憲二:改訂振付、『卒業舞踏会』ダヴィッド・リシーン:原振付 デヴィッド・ロング:改訂振付、『イーゴリ公』より「韃靼人の踊り」カシアン・ゴレイゾフスキー:原振付 ドミトリー・ザバブーリン:改訂振付

関西のバレエ界でこのところ急速に評価を高めているのが地主薫バレエ団だ。中規模のバレエ団ながら意欲的な活動が注目を集めており、2014年に『アリ・ババと40人の盗賊』で文化庁芸術祭大賞を受賞したのに続き、昨2016年には創作バレエ『人魚姫』で再び芸術祭優秀賞に輝いている。法村友井バレエ団出身の地主薫は、確かなクラシック・バレエの上演を志す一方、創作バレエの分野でも新境地を拓いている。

2017年の同バレエ団公演は趣の異なる3作品によるトリプル・ビル。『ショピニアーナ』、『卒業舞踏会』、『韃靼人の踊り』の3作品を並べたプログラムで、10月6日、あましんアルカイックホールで上演された。一見、多彩な作品を組み合わせた楽しいが何気ないプログラム構成と思われるが、ここには実は完璧主義の地主らしい洒落た企画意図が隠されている。すなわち、全作品がバレエ史に輝くバレエ・リュス所縁の作品なのである。『ショピニアーナ』は1907年にミハイル・フォーキンの振付でサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場に於いて初演された。後に曲を入れ替え『レ・シルフィード』と改題、バレエ・リュスで上演され、"白いバレエ" の典型として有名となった。『卒業舞踏会』もまたバレエ・リュス・ド・モンテカルロで活躍したダヴィッド・リシーンが1940年に振付けた作品。そして、『韃靼人の踊り』はディアギレフのバレエ・リュスがパリ・シャトレ劇場での旗揚げ公演に準備し、ミハイル・フォーキンの振付で1909年に発表されている。

詩人:奥村康祐 マズルカ:奥村唯 撮影:尾鼻葵

詩人:奥村康祐 マズルカ:奥村唯 撮影:尾鼻葵

公演の幕開けは『ショピニアーナ』。物語のない抽象バレエで、青い月の光を浴びて森の奥で詩人とシルフたちがショパンのピアノ曲にのって詩情豊かに踊る名作。今回はバレエ史に精通した薄井憲二改訂振付による上演である。
冒頭、緑深い森のなかに詩人とシルフたちの姿が浮かびあがる。芯となる詩人を地主バレエ団のプリンシパルで、新国立劇場バレエ団プリンシパルとしても活躍中の奥村康祐が務め、輪郭のくっきりした美しい踊りで全体をリードした。音楽にのって細やかなステップを見せるマズルカの奥村唯とも息があい、パ・ド・ドゥのフォルムも美しく決めた。交錯してたおやかに踊り出てくるプレリュードの井上裕美、ワルツの新保寿珠も音楽にのった繊細な動きで詩情を織り上げる。流麗な線を描くコール・ド・バレエの仕上がりも悪くなく、随所で絵画的な構図を印象づけた。ただ、作品の真髄を表現するためには空気の精であるシルフたちの踊りに、空気に溶けてたゆたうように移動する軽やかさがさらに欲しい。この作品では、音楽と一体化して身にまとう抒情性こそが観る者を酔わせる。所作を磨き上げての再演が楽しみである。

撮影:OfficeObana-尾鼻文雄

撮影:OfficeObana-尾鼻文雄

第2部は日本バレエ協会制作の『卒業舞踏会』。原振付はダヴィッド・リシーンだが、バレエ協会ではデヴィッド・ロングの改訂版を上演しており、今回は早川恵美子が振付指導を行った。めりはりの効いた場面構成に勢いがあり、役柄の個性が活きた楽しい舞台に仕上がっている。
古き佳き時代の花の都ウィ―ン。上流社会の令嬢が学ぶ寄宿学校の卒業舞踏会に陸軍士官学校の候補生が招待される。士官候補生と女生徒たち、将軍と女学院長などのそれぞれの恋愛模様が浮き上がるなか、鼓手の妙技や劇中劇の『ラ・シルフィード』(高田万里、渉将人)が挿入される。各場面が活き活きと楽しく見応えがあった。
下級生即興第1ソロの葭岡未帆、即興第2ソロの足立まどかが確かなテクニックで好演、パートナーの巽誠太郎、宗近匠も爽やかな士官ぶりを造形、鼓手の林高弘も、ややもすると奇異に見える振付を洗練された風情で巧みに踊った。また、老将軍を李元国(李元国バレエ団)、女学院長を金潤兌ら韓国人ダンサーが務めた。重厚な李と女形の色気も発揮する金(韓国出身だが、2013年から地主バレエ団)が軽妙な演技で笑いを誘い、ドラマとしての作品を盛り上げた。自然な形でのこのような芸術交流が進んでいることは歓迎したい。

撮影:OfficeObana

撮影:OfficeObana

撮影:OfficeObana-尾鼻文雄

撮影:OfficeObana-尾鼻文雄

そして白眉は、何と言っても第3部で踊られた「韃靼人の踊り」である。ソリスト陣と群舞が重層的に織り上げる密度の濃い舞台は、音楽と舞踊が力強く拮抗して見応えがあった。
「韃靼人の踊り」はボロディンのオペラ『イーゴリ公』の一場面を取り出し、バレエ作品として舞踊化したもので、原題は「ポロヴィッツ人の踊り(Polovtsian Dances)」。
舞台は、ポロヴィッツ人の野営地。彼らと戦い、息子とともに捕虜となったイーゴリ公を賓客として遇し、首領のコンチャック汗が民族の踊りを披露する場面。イーゴリ公の前で、ポロヴィッツの戦士、女性、少女たちの踊りが繰り広げられる。

クマン:趙載範、チャガ:奥村唯 撮影:尾鼻葵

クマン:趙載範、チャガ:奥村唯 撮影:尾鼻葵

バレエ・リュスの旗揚げ公演での初演版(1909年初演)はミハイル・フォーキンの振付によったが、今回の公演ではフォーキン版ではなく、ボリショイ・バレエ団のためにカシアン・ゴレイゾフスキーが振付けた作品(1934年初演)をドミトリー・ザバブーリンがボリショイ(ゴレイゾフスキー)版を基にして同バレエ団のために改訂振付したものが披露された。音楽や場面設定は同じだが、切れの良い踊りが次々と展開されるスピード感溢れる秀逸な振付だ。
冒頭、イーゴリ公(郷原信裕)とコンチャック汗(松岡剛宏、関西歌劇団)が上手玉座に座り、饗宴が始まる。捕虜となったペルシャの女性たちが哀愁を込めたダンスを踊ると、続いて弓を手にした男性の群舞がダイナミックに踊られる。女性を抱え騎馬の姿勢で登場した群舞が、緊密な踊りで渦巻き状の図形を描きながら昂揚していくなか、クマン(趙載範)とチャガ(奥村唯)の情熱的なパ・ド・ドゥが踊られる。力強い趙載範の踊りに応え、奥村唯も華やかで大きな踊りを披露し、リフトされたポーズも揺るぎない。
弓や槍などの武器を手にした男性の群舞は、騎兵隊長(ボリショイ・バレエのアレクサンドル・スモリャニノフ)の登場で頂点へ。武勇譚を語る隊長の踊りは男性群舞を従え、鞭を振り回し、床を激しく打ちつつ民族舞踊らしい勇壮な振付。渦を巻くように円形の図形を描きつつ昂揚するダンスは、中央で回転の妙技を披露し、捕らえられたペルシャの女(山崎優子)とのパ・ド・ドウで締め括られる。山崎のたおやかな風情が印象に残る。
疾走感溢れる踊りは、切断されるように幕となる。囚われの身のイーゴリ公たちの情感表現の暇もない程の密度の濃い舞台で、圧倒的な群舞のエネルギーに魅了された。オーケストラの生演奏に加え、40名に及ぶ合唱団を舞台上にのせたパワフルな音楽の力もあり、それ程長い作品ではないが、終幕が惜しまれる程の力感溢れる上演となった。オーケストラと合唱のライヴの魅力を見事に爆発させた指揮の江原功の功績も大きい。演奏はびわこの風オーケストラ。

クマン:趙載範、チャガ:奥村唯 撮影:尾鼻葵

クマン:趙載範、チャガ:奥村唯 
撮影:尾鼻葵

騎兵隊長:アレクサンドル・スモリャニノフ、ペルシャの女:山崎優子 撮影:OfficeObana

騎兵隊長:アレクサンドル・スモリャニノフ、ペルシャの女:山崎優子
撮影:OfficeObana

バレエ団は、来年創立30周年を迎える。ダンサーたちの進境が著しく、新国立劇場でも活躍中の奥村康祐、若手ながら伸び盛りの奥村唯、足立まどか、山崎優子、男性では巽誠太郎、宗近匠など男女のソリスト陣もよく育っており、今後の活動が注目されるバレエ団である。なお、今回の公演で鋭く存在感のある踊りを見せた趙載範は今シーズンから新国立劇場バレエ団への入団が決まり、活躍が期待される。
(2017年10月6日 あましんアルカイックホール)

撮影:OfficeObana

撮影:OfficeObana

ワールドレポート/大阪・名古屋

[ライター]
立木燁子

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