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すずな あつこ text by Atsuko Suzuna 
[2014.01.10]
From Osaka -大阪-

透明な存在に魅せられた新作『しゃぼん玉はどこ?』『ガラスの器』など──

藤田佳代舞踊研究所「金沢景子モダンダンスステージⅣ」
『鼓動鳴り止んでも』『しゃぼん玉はどこ?』『花筏』『CARAVAN』『ガラスの器』金沢景子:振付、『探す』藤田佳代:振付

藤田佳代舞踊研究所の公演。ちなみに代表の藤田佳代は平成25年の兵庫県文化賞を受賞したというニュースも入って来ている。

osaka1401b_110080.jpg 『鼓動鳴り止んでも』撮影:Yoshihiko NAKANO

今回の舞台は所属するダンサー金沢景子の4度目のリサイタル。彼女の5つの作品と藤田佳代による1作品が上演された。全体を通してみて、伝わって来たのは、“死”というものを意識した“生”。透明なものの存在に魅せられて創ったという自作自演の新作『しゃぼん玉はどこ?』と『ガラスの器』、どちらも簡単に壊れてしまう危うさから離れられない題材、それはどうしても“死”を意識させる。『鼓動鳴り止んでも』はもちろんそうだし、『CARAVAN』というのも、死と隣り合わせのものだと思う。ラストに上演され、金沢が中心を踊った『探す』も、最後のパートが「旅立った人たちの面差しを」とされているように、死んでしまった人と語り合うような作品だ。
今回、私の記憶に最も残った金沢景子の作品は『花筏』。下手前に静かに座る和服の女性(菊本千永)と白いスリップドレスの女性たち。なかで、まだあどけない少女(菊原麻衣花)の存在感が増して行く。最後には、群舞に抱え上げられ、下手奥に静かに連れ去られてしまうその少女。そのラストシーンにバランシンの『セレナーデ』を少し思い出した。着物姿の母とまだまだ死ぬには早すぎる少女の死、そのどうしようもない悲しさが洋舞には珍しい静けさで、私の心に伝わった。
人間にとって避けることのできない“死”、それにストレートに向き合って“生”を考える作品の数々であることを実感して劇場を後にした。
(2013年11月30日 神戸市立灘区民ホール)

osaka1401b_300423.jpg 『ガラスの器』 osaka1401b_310177.jpg 『しゃぼん玉はどこ?』
『CARAVAN』 osaka1401b_210187.jpg 『花筏』
osaka1401b_210208.jpg 『花筏』 osaka1401b_210500.jpg 『探す』1
osaka1401b_210760.jpg 『探す』3
(すべて)撮影:Yoshihiko NAKANO