ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.09.10]
From Nagoya -名古屋-

H・アール・カオスによるダンスオペラ『神曲』

 愛知芸術文化センターは、非常に優れた複合施設を持つ愛知芸術劇場の舞台を活かしたダンスオペラのシリーズを製作してきた。今までにシェーンベルク『月に憑かれたピエロ』、ストラヴィンスキー『兵士の物語』、バルトーク『青ひげ公の城』、『古事記』の「天の岩戸」、シェイクスピア『ハムレット』などを解体し、ダンスオペラとして上演した。ギリシャ芸術の復興によったルネサンスの叡智に倣い、古典的な世界を大胆に読み直し、衰弱しているといわれる現代の「身体」を復権しようという意欲溢れる試みである。
 第5作目となる今回はダンテの『神曲』。13世紀のイタリアの詩人が描いた長編叙事詩で、西欧世界にキリスト教の世界観を構築し、普及した最大の古典とされている。詩人ダンテが、地獄、煉獄、天国を巡礼する魂の遍歴の物語であり、演出・振付の大島早紀子は、「天上と地上の愛の交流の歌」と捉えている。

 出演は、大島芸術の体現者、白河直子、鋭いエネルギーを持ち、最近いっそうスリムになった辻本知彦、今、ダンスが、最もキレているブレイクダンサーの群青、土方巽直系の舞踏家、和栗由紀夫、ウィーン国立歌劇場などで活躍するソプラノ、佐々木典子、名古屋少年少女合唱団、そしてH・アール・カオスの木戸紫乃、小林史佳、斉木香里、泉水利枝、池成愛。音楽はリストの「ダンテ交響曲」ほかで音楽監督は笠松泰洋。

 開幕劈頭は白河のソロ。舞台には、鉄骨を抽象的なオブジェのように組んだ巨大な四角い柱が13本屹立し、3つの冥界を連結している。舞台床からはサーチライトのような何条かの光が天空に放射され、地獄の天使とも思しきカオスのダンサーたちが宙吊りで舞う。とりわけ今回の舞台では、宙吊り史上初めての水平移動が巨大柱の間を縫って行われ、得も言われぬ効果を上げた。
 大島得意の舞台空間の3次元を余すところなく優れた表現へと転化する、天才的な劇空間構成で、『神曲』の構造を見事に舞台化している。
 辻本がダンテ、白河と佐々木がべアトリーチェ、群青がウェルギリウスなどを思わせるシーンもあるが、登場人物は特定されず様々な象徴的イメージが展開される。
 やはり、白河と辻本のデュオが圧巻。生と死をめぐる赤裸々な魂の姿が浮かび上がってくるような激しさと安らかな調和をもたらすダンス。群青の敏捷性が人智を超えた感覚を感じさせ、鋭角的な印象を残した。
 現実と仮想現実に苛まれた現代の身体は、三つの冥界の門をめぐって浄化され、新たな神殿に遭遇する。それは、私が観たコンテンポラリー・ダンスの中で、最も美しいラストシーンの中に蜃気楼のごとく浮かんでいた。
(2008年8月2日、愛知県芸術劇場 大ホール)