ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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唐津 絵理 text by Eri Karatsu 
[2007.07.10]
From Nagoya -名古屋-

現代舞踊協会中部支部による「第50回現代舞踊公演」

毎年恒例になっている現代舞踊協会中部支部主催の合同公演が今年も開催された。今回は50回目の記念公演ということで、3つのプログラムにわけて、また会場も、静岡を皮切りに、名古屋、岐阜と、現代舞踊の盛んな土地を中心に巡回して、合計33作品が、160余名の舞踊家により上演された。
現代舞踊の公演といっても、最近は色々なジャンルのダンスが見られる。モダンダンスにジャズやタップダンス、スペイン舞踊など、その技術は異なっても、現代的な作品を創作する、というただ一点で共通していればよいということなのだろう。 3プログラムの中で、私が見ることが出来たのが、ちょうど2プログラム目に開催された名古屋公演。この日は、最多の14作品が並んだ。上演順に、杉江良子のソロ『緑の傾斜』、山田鈴子の『奏でるー閉ざされた心の扉・今・・・』、伊藤歌奈子の『龍』、秀和代の『Feeling』、玉田弘子の『六月の空』、石原弘恵の『逃走の線』、島田一也の『ホ・タ・ル』、関山三喜夫の『花・愛』、榊原菜生未の『LIFE』、こかチちかこの『私という鳥カゴ、私という鳥』、水野幸代の『時空をこえて』、神原ゆかりのソロ『時の扉の向こう側』、小崎かおりの『ハコ』、倉知可英の『TIME ZONE』の14作品だ。すべてを取り上げることは困難なので、いくつか印象に残った作品について、コメントしたい。

 

秀和代『Feeling』

まずは、テナーサックスの演奏家・早川彰久と共演した秀和代の 『Feeling』。上手から楽器をもったひとりの男性が現れる、最初は躊躇していた男性も、次第に中央に固まる10名の女性の間に割り込み、最後はその中心へと取って代わる。白いパンツスタイルの女性たちによる群舞は、男性の心のひだを象徴するかのように、音に反応して何度も集散を繰り返す。最初は、ダンサーのリードではじまった舞台が、ふと気がつくと、音楽家自身の物語のようにみえているから不思議だ。最後は、男性のリードのもと、ダンサーたちも観客席を通って、扉の向こう側へと消えていった。

 

玉田弘子『六月の空』

玉田弘子の『六月の空』は、ダンスの置かれる「空間」そのものを強く意識させてくれる作品だった。六月の「梅雨」から連想される雨や雷の音、かえるや鳥の鳴き声が、スピーカーから時おり聞えるなか、玉田は様々なしぐさで六月の情景を語っていく。一見パントマイム風でもあるが、決して、物まね的なしぐさではない。身体が何かを語り、表現するというよりも、身体から生まれるちょっとした身振り的な動きが、舞台空間を揺り動かし、ダンスの置かれた風景が、自然と目の前に開けてくるのだ。身体から空間の広がりへの飛躍が、見事なソロダンスであった。

石原弘恵の『逃走の線』では、石原のダンスの上手さがひときわ際立っていた。テクノ系の音楽とロマンティックな旋律の音楽が交互に繰り返されるそのタイミングに呼応するように、3名の女性ダンサーが、激しく強い動きを強調する。彼女たちに導かれるようにさらに激しく踊るのは、振付の石原だ。柔らかさと強靭さを兼ね備えたダンサーとして、今後の活躍を期待したい。

小道具を上手く使った作品を創ったのが小崎かおりだ。『ハコ』というタイトルどおり、久石譲のアップテンポの音楽にのって、箱をめぐる沢山の動きが登場する。コミカルな動きやさりげなくシンプルな身体動作も、箱という「モノ」との関係を通じて、ユニークな表情をみせた。

倉知可英の『TIME ZONE』はラストの作品。時間の谷間に入り込んだ女性・倉知と、彼女とは決して交わることのできない人々の深く暗い闇を描いているのだろうか。電子音とサティのピアノ曲が響きあうなか、倉知のソロと6名の群舞が強いコントラストを見せる。特に後半、ゆっくりとした動きから、一転、激しいダンスを見せる倉知のエネルギーは、観客席まで強いエネルギーを放っていた。

 

石原弘恵『逃走の線』小崎かおり『ハコ』倉知可英『TIME ZONE』


実は、現代舞踊に限らず、合同公演では、お目当ての作品が登場したら、すぐに席を立つ観客が多く、後半になるにつれ、観客数が減ってしまい、ラストの作品を見ている人が最も少ない、という悲しい結果に遭遇することが多い。観客のマナーの問題はさておき、初めてのダンス鑑賞者にも、「面白かった」と言わせ、最後まで見せてしまう勢いのある作品を合同公演でも期待したい。

他会場では、「振付者の挑戦!」と題して、3名の異なる振付家が、同一の題名、同じ音楽を使用して作品を創作するという、意欲的なプログラムがあるようだ。ダンス関係者が一体となって様々な工夫を行うことにより、舞踊家だけでなく、観客の育成にも力を入れていくことが必要なときなのかもしれない。
(2007年6月15日、名古屋市芸術創造センター)