ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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唐津 絵理 text by Eri Karatsu 
[2006.06.10]
From Nagoya -名古屋-

第49回現代舞踊公演

 現代舞踊協会中部支部主催による恒例の公演を観た。いつからかタイトルも「Contemporary Dance Today」となり、作品の内容は、かなりバラエティ豊かな13の小品が並んでいた。

 榊原菜生未振付による『World・・・もう期待できない!』は、ダンスの合間にストーリーテーラーが現れ、コメントを挟んで進行していく作品。シーンごとに衣装も変え、めまぐるしく舞台が変わっていく中で、現代への不安や絶望を表現した。
 秀和代振付の『舞蝶』は、5人のダンサーを使って、存分にダンスを見せた。降りてくるバトンに、くもの巣をはった舞台美術は大変効果的な演出。特に後半の動きに身体表現への工夫とこだわりが随所に見られた。

 杉江良子の『蒼い余白』もまた、よく動けるダンサーたちを使って、動きの面白さを見せた。とりわけ、光と衣装の関係が美しく、全体を通して、杉江自身の演じる女性の喪失感に共感できた。
 永井恵美振付の『Parasite』は、3人の女性による作品。モンゴルのホーミーといった民族音楽を効果的に使っていたのが印象的。
 服部由香里振付『インプレッション』では、群舞を中心に、10数名のダンサーが無邪気に踊りまわる。「・・・童心に戻ろう」という副題どおりに、懐中電灯をもって、走り回り、灯りと戯れながら様々に遊ぶ。確かに、テーマどおりなのであるが、そこからもう一歩、テーマを突き詰めて欲しいようにも感じる。

『蒼い余白』

 関山三喜夫による自作自演『鳩の死』で、関山は、大きな卵をもって現れる。そして卵は落下、砕け散ったカラの周りを、惜しむようにゆっくりと動く。時を刻むようにリズムの音が、作品を象徴的なものにしていた。
 神原ゆかり振付による『今ドキのコドモ!!?』では、3名の女性ダンサーが、まるでコドモがじゃれ合っているように、動きまわる。個性の対決を描いた『パ・ド・カトル』の曲を使い、いかにもやる気のない脱力系の動きを組み合わせているところがユニークだ。

 野々村明子振付の『ユメ見るオモイ』は、野々村のソロを中心に、8名の群舞が、様々な造形を描く。野々村の白いチュチュ姿はそれだけで、哀愁を誘い強烈だが、壊れた人形を想像させる関節を意識した動きは、秀逸で、彼女のソロダンサーとしての力をあらためて感じさせた。
 水野幸代振付による『おだやかな時間』は、同名の音楽を使用したまさしく穏やかな空気を感じさせるさわやかな作品。
 ユリア振付による『破壊と再生~よみがえり~』は、白いワンピースとパンツルックの2人の女性によるデュオ。テーマが壮大で、数分の作品では描くのは難しいだろうと思う。もっと身近なところから、テーマを探してみるのもよいかもしれない。

『ユメ見るオモイ』

 志和明美振付による『出口なし』では、5名の女性による激しい群舞が展開される。赤のワンピースを着て、ピアノの現代曲で踊るさまは、タイトルどおり、出口のない穴の中で踊り続けている女性たちさながら。
 玉田弘子振付による『何も見えない、でも・・・』は、踊りの力強さを感じさせる爽やかかつちょっぴり切ない作品。音楽や小道具としての傘の扱いが上手く、舞台上に独特の空気感を生み出していた。

 最後の作品は、島田一也振付の『Sketch~5月』。新緑をイメージさせる黄緑のドレスを着た女性たちが、様々なフォーメーションを使って踊り、文字通り、爽やかさを描き続けた。
 全体としては、作品のテーマやタイトルの設定について、疑問を感じることが多い公演だった。小品で扱うには、テーマが大きすぎて、扱いきれていない場合もあれば、あるいは、タイトルをそのまま説明している、など、その方向性は異なるが、いずれの場合も身体表現のもつ優位性を十分に活かしきれていないような印象をもつ。大仰に構えて「テーマ」を考えるのではなく、もう少し私たちの身近なところで、ひそやかに探してみるものよいかもしれない。
(5月14日 名古屋市芸術創造センター)

『Sketch~5月』