ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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唐津 絵理 text by Eri Karatsu 
[2005.01.10]
From Nagoya -名古屋-

●猪崎弥生舞踊公演『明日の眼差し』


 名古屋を代表する現代舞踊団のひとつ、猪崎弥生モダンダンスグループが名古屋市民芸術祭2004の参加公演を行った。 猪崎弥生が中京女子大学の創作ダンス部を母体として、カンパニーを結成してから20年、猪崎の率いる創作ダンス部は、毎年学校ダンスコンクールで、優秀な成績をおさめ、彼女の指導力には全国的にも定評がある。 このダンス部のダンサーたちの、卒業後の活動の場として結成したこのカンパニーには、例えば2001年・2002年に、 秋田全国舞踊祭モダンダンスシニア部門で第2位を受賞した石川雅実をはじめとして優秀なダンサーたちが育っている。

 昨年までの猪崎の公演では、愛知芸術文化センターの小ホールを使用して、観客と舞台の距離が比較的近く、観客とダンサーが同じフロアーに存在するような一体感のある空間を作り出していた。 しかし今回はあえて、少し広い空間のプロセニアム劇場を選び、舞台美術とダンサーの身体、そして観客との距離感を大切に考えたという。 それはまさしくタイトルに表現されている、現在の私たちと未来の私たちの距離、<明日への眼差し>である。

 舞台上には、赤と青と、両面の色が異なる数枚のパネルが置かれているが、それらのパネルはシーンによって可動し、さまざまな空間・状況を作り出す。 場面は、「私という意味」「闇を抱えて」「崩壊と再生」「私の存在」「dynamic wave」「広がる時間」と6つのパートに分かれ、ソリスト石川雅実のソロと、その他のアンサンブルが交錯しながら進行していく。 アンサンブルのダンサーたちは、落合敏行のノイズ音の繰り返しに合わせて動きを重ね、また石川は、時には微妙に動きをずらしながら、いつまでも迷宮を彷徨い続けるように舞台に佇む。 学校ダンス出身のダンサーたちは、揃えることに主眼を置きがちなため、サバサバとした乾いた印象をもつことが多いが、石川からはアンサンブルダンサーたちとは対照的な、濡れた質感があって、とても個性的だ。 パネルにダンサーがぶら下がったり、またがったまま、移動させるなど、様々なパネルとの関係を試みており、演出的には面白ところも多かったが、 動きと連動した音楽の印象がやや強すぎて、振付をかき消してしまっているところがあるのが惜しまれた。

はりつめた空気と思いつめたダンサーの表情、そして最後まで重くのしかかるようなノイズ音が増長しあい、作品は終始重苦しく、そこには現在の作家の苦悩が感じられるかのようだ。 近代/現代舞踊は、確かに自分を見つけるところ、つまり自分探しからはじまったともいえる。しかし今日、自分の内面だけではなく、他者との関係にこそ、問題点は移ってきているのではなかろうか。 コンテンポラリーと呼ばれるようになったダンスも、他者との関係性を最重視している舞踊である。 現在、自然や他者との共生が叫ばれるのも、あまりに長い間自分だけを見続けてきた私たちへの自戒をこめてのことだろう。

東海地域において、これだけのダンサーを揃えて抜群のアンサンブルを見せ、石川のような優れたソリストのいる現代舞踊のカンパニーはほとんどない。 彼らが創り出す作品が多くの観客に共感をよぶかどうかは、他者の目をどこまで意識しているかにかかっている。その答えはまさしく今回の作品のテーマ、作家の<明日への眼差し>にあるような気がした。
(11月25日 名古屋市芸術創造センター所見)