ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2017.08.10]

J. ブグリジ、K. アミタージュ、E. モンテ他の振付家によるモダンダンス作品を上演

Armitage/Buglisi/Monte/Muller Live!, アミタージュ/ブグリジ/モンテ/マラー、ライヴ!
“Moss 1” by Jacqulyn Buglisi, “Walls” by Karole Armitage, “Day’s Residue” by Elisa Monte, “The Spotted Owl” by Jennifer Muller, “1:3:4:1” by Tiffany Rea-Fisher, “Ligeti Essays” by Karole Armitage
『モス 1』ジャクリーン・ブグリジ:振付、『壁』キャロル・アミタージュ:振付、『日の残りかす』エリサ・モンテ:振付、『ニシアメリカフクロウ』ジェニファー・マラー:振付、『1:3:4:1』ティファニー・レイ・フィッシャー:振付、『リゲティ―・エッセイ』キャロル・アミタージュ:振付

アミタージュ・ゴーン!ダンス(Armitage Gone! Dance)、ブグリジ・ダンス・シアター(Buglisi Dance Theatre)、エリサ・モンテ・ダンス(Elisa Monte Dance)、ジェニファー・マラー/ザ・ワークス(Jennifer Muller/The Works) という、アメリカでは実績を持つモダン・ダンス・カンパニー4つの共同公演が行われた。ベテランの振付家たちの作品をショーケースのような形で一晩に一気に見られるというのは稀な機会である。

この合同公演の幕開きは、ブグリジ・ダンス・シアター(Buglisi Dance Theatre)の『モス 1(Moss 1)』であった。このカンパニーの芸術監督であり振付家のジャクリーン・ブグリジ( Jaqulyn Buglisi)は、かつてマーサ・グラハム・ダンスカンパニーのプリンシパル・ダンサーであった。カンパニー創立時から、グラハム・カンパニーでの同僚で、当時全盛を極めていた二人のプリンシパル、テレース・カプシリとクリスティーン・ディキンも関わり、カンパニーの製作に強い影響を与えた。今も、グラハム作品の面影を強く残す、独特の洗練された美意識を持つ作風である。作品は打楽器とチェロと歌唱のライブ音楽で上演された。インドの民族衣装を想像させるドレスを着た女性たちが、時に打楽器のビートに合わせて心臓の鼓動の様に胸を小刻みに打ちながら踊り始める。8人の女性を使うが、フォーメーションがすっきりとして美しい。グラハム・テクニックとバレエを使い、時に強いターンが入ったり、足を高くエクステンドしたりする。神秘的なイメージの踊りで、剣など象徴的な小道具を持って踊る場面もある。インドのシバの神殿の巫女の踊りの様だ。水浴びを想像させる動きも含まれる。照明も神秘的で、儀式的で洗練された美しい場面が連続する。ダンサーはトレーニングが行き届き、容姿も美しい。最後はインド民謡のような音楽となり、祈りの祭典のイメージで終わった。

ny1708d02.jpg Buglisi's Moss1 Photo (c) Paul B. Goode

アミタージュ・ゴーン!ダンス(Armitage Gone! Dance)の芸術監督兼振付家、キャロル・アミタージュ(Karole Armitage)はアメリカ人だが、長年ヨーロッパで活躍し、高く評価された振付家だ。ジョージ・バランシンのジュネーブ・グランド・シアター・カンパニーとマース・カニンガム・ダンスカンパニーで踊った後、ヨーロッパのバレエ団の芸術監督を務めたり、ボリショイ・バレエを始めとする大きなバレエ団やオペラ・カンパニーの振付、そして、ニューヨークではブロードウェイ製作振付、マドンナやマイケル・ジャクソンのビデオ製作、映画作品、シルク・ド・ソレイユなどの振付も手掛けた。アミタージュのスタイルを敢えてジャンルで表現すると、コンテンポラリー・バレエである。
今回発表した作品『壁(Walls)』は同名の新作の抜粋で、現在の政治状態を反映させたものと注釈が付け加えられてあった。
舞台は男女3人のダンサーによる踊りで始まる。瞬間的、瞬発的な動きを取り入れたバレエだ。このカンパニーの長年のメンバーの朶めぐみ(Megumi Eda)はソックスをはいて(恐らく本来は裸足)、もう一人のイザベラ・スジリンスカ(Izabela Szylinska)はポアントを履いて踊る。アーモード・カルヴァー(Ahmaud Culver)は、長い美しいラインを持った男性で、3人とも洗練された美しいダンサーたちだ。振付には舞踏の要素を取り入れたかの様な部分も伺われるが、きちんとしたバレエだ。布を頭から被った人物とクリスチャン・レイヴァード・コーニグ(Cristian Laverde-Koenig)が出てきて、コーニグとスジリンスカのデュエットとなる。踊りながら、朶とスジリンスカが時に大きく顔をしかめたりする。振付は抽象的で、常に独特の美感が存在する。布を被った男性(Yusaku Komori/小森勇作)が前にうずくまる様にして倒れ、激しい音がする。また立ち上がって、頭にすっぽりとフードを被る。このキャラクターは犠牲者のようなイメージだ。再び朶とカルヴァーのデュエットとなる。バシン、バシンとぶち当たるイメージが音楽と踊りの双方から伝わってくる。果たしてこれがアメリカの政治を示すものか、世界の政治を示すものかは、この抜粋部分のみでなく、作品全体を見る必要があるのだろう。いずれにせよ、非常に洗練された作品である。

ny1708d01.jpg Armitage Gone Dace, "Walls" Dancers: Ahmaud Culver (L), Megumi Eda (R)
Photo: Peter Speliopoulos

『一日の名残 (Day’s Residue)』の振付家エリサ・モンテ( Elisa Monte)も長年マーサ・グラハム・ダンスカンパニーでプリンシパルを務めたダンサーで、グラハム・カンパニーから独立して、独自の動きと表現を追求した作家である。この作品はタイトルとは裏腹に、むしろ音楽の視覚化を追求した作品と言える。 男女のダンサーが両脇から出てきて、中央で塊になる。そして両側に向かい合って別れ、挨拶をするようにして踊り始める。男女4組のモダンダンスで、カップルになってユニゾンで踊る場面が多いが、動きにグラハムの影響は全く見られないものの、ドラマティックな音楽はグラハム風だ。踊り乱れるダンサーたちのエネルギーが会場を満たした。

ny1708d03.jpg monte 2017 day's residue photo by darial sneed

ジェニファー・マラー(Jennifer Muller)は、ニューヨークではこの人ありと知られた振付家で、過去40年間世界中で作品を発表したり、ワークショップを行ったりしてきた。今回は1995年の作品『ニシアメリカフクロウ(The Spotted Owl)』を上演した。
ステージの床にほぼステージを覆うほどの大きな敷物が敷かれ、その上に木の葉に見せた布切れがまんべんなく散らされた。作品はその中央に座った橋本現(Gen Hashimoto)が上から落ちるサスの中で踊って始まる。サポーターのみの姿で、鳥の様に腕を広げて片足で立ったり円を描いて回るなど象徴的に動く。橋本の筋肉質の美しい体が印象的だ。
照明が変わり、人間の社会となる。一人の女性がバスケットから布切れを取り出し、前に並ぶ人々に金を払うように渡す。ダンサーたちは自分の順番を待ちながら観客に向かって台詞を喋る。その間、他のダンサーたちは踊る。すべての布を渡してしまうと、女性は熊手で床の上の布切れを集めてバスケットに入れる。そして、またダンサーたちへの「支払い」が始まり、バスケットが空になると、また熊手で床の上の「金」を集めるといった行動を繰り返す。列に立つダンサーたちはそれぞれが観客に訴えるように喋り、そして踊る。女性が男性に虐待され、それを別の女性が救済するように「金」を与えるが、最初の女性は苦しみ続ける様子が踊りで表現される。ある場面では、二組の男女がラブデュエットを踊る間、4人のダンサーが愛について語りながらジャズダンスを踊り、愛は大したことではないと言ったりする。ダンサーが口々に何かしゃべり、ある時点で全員が口を押える。すると一人の女性が「アメリカには言論の自由がある、アメリカン・ドリームを買ったの」と語る。だんだんと金中心の社会の在り方を批判するような内容となる。そして最後に一人のダンサーが、「私はアメリカン・アーティスト」と言って終わる。
タイトルの「ニシアメリカフクロウ」は絶滅危機種である。つまり、アメリカのアーティストは絶滅の危機にあるという、マラーの主張を作品にしたものと思われた。非常にメッセージ性の強い作品で重みも厚みもあるが、とても残念に思われたのは台詞と踊りが同じ強さの比率で並行すること。ダンサーがライブで喋るのに加え、音楽とともに録音されたダイアローグが流れて、日常英語には困らない私だが、踊りに集中するべきか、台詞に集中するべきかという戸惑いの中で作品を見なければならなかった。これが自国語であれば、もう少し楽だったかもしれないが、それはそれで本当にこれは踊りである必要があるのか、言語による表現が動きでの表現を上回ったのではないかという懸念が残る。私は過去にマラーの作品はたくさん見たが、全く台詞を使わず優れたメッセージを伝える作品をこの作家は多く作っている。またダンサーたちは全員良く動ける才能ばかりだ。それだけに、ダンス公演でありながら、踊りか台詞かと戸惑わなければならなかったのは、とても残念だった。尚、このカンパニーには、日本人ダンサーが採用されることが多く、今回も橋本の他に、藤田聖子(Seiko Fujita)、田中志保(Shiho Tanaka)が含まれていた。

ny1708d04.jpg Muller Gen Hashimoto photo dariel sneed

エリサ・モンテ・ダンスカンパニーの現芸術監督を務めるティファニー・リア・リッシャー(Tiffany Rea-Risher)も今回自作の『1:3:4:1』を発表した。何かをこするような音にリンや金属音が入る効果音を交える音楽に、カンパニーの男性4人が踊った。この作品ではダンサーたちが素晴らしいストレッチとテクニック見せ、前述のモンテの作品とは全く違う面を見せた。速いダイナミックな動きや、アクロバティックな動きもあれば、何かを訴える要素もある。良くリハーサルされており、ユニゾンで動く時は良く揃っていた。最後に一人の男性がサスの中でソロを踊り、ジャンプや回転などでハッとするテクニックを見せた。強いテクニックのダンサーたちにスリリングな動きの振付で、大歓声とスタンディングオベーションで迎えられた。

最後はアミタージュ・ゴーン!ダンスによる、『リゲティーのエッセイ(Ligeti Essays)』からの抜粋だった。キャロル・アミタージュ(Karole Armitage)の振付である。舞台に白いテープで作られた長方形の中で、ジョルジュ・リゲティー作曲の歌唱曲により踊られた。洗練されたダンサーたちに振付けられたコンテンポラリー・バレエで、直線的なイメージの強い作品だ。冒頭の場面で小森勇作(Yusaku Komori)の非常にシャープな動きが印象に残った。アーモード・カルヴァー(Ahmaud Culver)と朶めぐみ(Megumi Eda)の速い動きのパートナリングには、コンテンポラリーの振付にクラシックターンも入る。イザベラ・スジリンスカ(Izabela Szylinska) は情熱的な曲にうまく溶けて踊った。素晴らしい動きの捌きとラインを持つ美しいダンサーである。エミリー・ワーグナー(Emily Wagner)とクリスチャン・ラヴァード・コーニグ(Cristian Laverde-Koenig)のデュエットは、女性の身体を空中に投げるような大きなリフトや不思議な絡みの多い振付で、結局は物別れするように終わった。カルヴァーと朶のデュエットは親密でありながら距離を置いた関係を描いている様であった。この場では日本的な歌唱がイメージを作った。ダンサーたちがランプの様なプロップを持って踊る場面では、小森勇作が芯を取って踊ったが、良いダンサーである。小森とコーニングのデュエットでは、男性同士のリフトをふわりと良くコントロールして踊った。垢抜けした作品で、飽きが来ない作品である。
(2017年6月17日夜 New York Live Arts)