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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2016.12.12]

グラハム・スクール出身、創作コンテストで優勝し、ダンスフェスティバルなどで活躍している櫻庭義人の振付作品

Abarukas アバルカス
“Bernadac” by Yoshito Sakuraba 『バーナダック』櫻庭義人:振付

ニューヨークで活動する日本人振付家の一人、櫻庭義人(Yoshito Sakuraba)が自作の発表をした。プレス・リリースには「櫻庭は主に人間の感情と経験に基づいた製作をするストーリー・テラーである」と紹介されていた。この舞台は、テーマ作品『バーナディック(Bernadic)』と櫻庭の二つのレパートリーを抱き合わせたものであった。

2014年製作の『マスター(The Master)』は、二人の人間の間の力関係が描かれていると思われた。作品の最初の方で、主人公の男性にもう一人の男性がいきなりキスをすることで、恐らくは一人の人間がある人物に強い刺激を受け、その人物に対して反発したり、影響されたりしながら、だんだんと傾倒していく様子を描いているようだ。最後にもう一度、同じ男性が主役にキスをして、周囲のダンサーたちが拍手をして終わる。

櫻庭の2015年の作品、『誰も一つの島ではない(No Man Is An Island)』(抜粋)は、一人が舞台に落ちるサスの中で強いビートの音楽に体を揺らせ、マイクを持って歌う様な動きをするところから始まる。ファンキーな動きをする女性の群舞や、床に座って両手の中指を立てて世間を小ばかにするような男、それをたしなめる人物、せかせかと動く人々、突然大声で叫ぶ者、倒れたものを立ち上がらせようとする者、他人を押さえつけて倒そうとする者など、いろいろな力関係が、複雑な動きの中で現れる。他人をサポートしたり、コントロールするような人間関係や、我関せずと自分のことだけに集中する者がいる中で、男女の美しいデュエットがあったり、数人のダンサーが動きのイメージを無静音で口ずさみながらユニゾンで踊ったりする。最後の方にキャラクターの一人が殺されるかのような、ドラマティックな場面があったが、ストーリーは見えなかった。

ny1612c_01.jpg (C) Chris Nicodemo

今回のテーマ作品『バーナダック(Bernadac)』は、一人の女性のfatality(死、不幸、宿命)への旅の繰り返しを描いたとされている。フェイタリティ(fatality)の解釈は観客の自由と考えていいだろう。主人公の女性が舞台の前方に座ってもがくような動きをしている。そして前に差し出した手を、向かい側から出てきた女性が抑えるようにして、作品は始まる。一群のダンサーたちと同時に、ロボットの様なキャラクターの人物が現れ、主人公がダンサーたちに抑え込まれると、素早くもう一人の女性が彼女をグループの中から引っ張り出して、彼女が居たところにそのロボットが同じ姿勢で横たわる。ロボットを含むグループが踊るその後ろで、主人公と彼女を引っ張り出した女性が踊る。この二人は同じように動くこともあれば、対立することもある。これは、ロボットが主人公の肉体で、主人公とこの女性はその魂の二面性か、あるいは近親者という関係だろうか? そうした動きの後で、主人公のソロがあり、彼女が倒れかかるのを、出てきた他のダンサーが助け上げる。しかし、また一群の人々と対峙して、彼女が倒れると、再度ロボットが現れ、先ほどと同じような展開となる。人々がロボットを立ち上がらせると、後ろでもう一人の女が主人公を同様に立ち上がらせる。この二人の女性と、ロボットのようなキャラクターの関係は最後まで不明で、ストーリーを構成する重要な存在と思われただけに残念だった。その後の踊りの中で、ロボットが苦悩する女性を救い上げたり、主人公がロボットを抱きしめたりする場面があるが、ついにストーリーの内容は伝わってこなかった。

櫻庭は19歳の時に日本からニューヨークに渡り、翌年ダンスを始めたという。マンハッタンヴィル大学のダンス部門を奨学生として卒業後、マーサ・グラハム・スクールでダンスのトレーニングを続け、2012年に卒業後自分のカンパニーAbarukasを設立した。2015年に創作コンクールのPretty Creative International Dance Competitionで優勝、ジェイコブス・ピロウ・ダンスフェスティバル、ジャズ・アット・リンカーンセンター、ラママ、Bric TVなどで作品を発表している。

櫻庭は非常に洗練された感性を持つ振付家で、独自の美学を持っている。イディオムに使う動きは抽象的なものだが、センターが強くなければこなせないものばかり。集まっているダンサーたちはパーソンズ・ダンスカンパニー(Parsons Dance Company)、ハバード・ストリート・ダンス(Hubbard Street Dance)、ガリム(Gallim)、ベジャール・バレエ・ローザンヌ(Bejart Ballet Lausanne)など、著名な舞踊団出身者を含んでおり、非常に力を持っていて何気ない所で強いテクニックを見せる。抽象的で複雑だが、不思議な美しさを持っている振付のイディオムを、みんなするすると踊る。しかし、今の時点では櫻庭もダンサーも、動きを創ったりこなすことの方にフォーカスが向いており、ストーリーのメッセージを観客に伝えることには、まだ意識が行き届いてないと感じた。特に「バーナディック」では、ダンサーたちの間に眼差しだけだが、確かな会話があるが、何が起こっているのかは全くと言っていいほど伝わってこなかった。

ny1612c_02.jpg (C) Chris Nicodemo

単なる音楽の視覚化ではなく、ストーリーを伝えるためには、観客にヒントを与えなくてはならない。ストーリーの筋を動きに転換することも必要なら、作品のタイトルやキャラクターに物語を示唆する要素を加える工夫も必要になる。音楽の視覚化は多くの振付家がやっており、ともすれば退屈な作品になりがちだが、ストーリー・ダンスは長い寿命を維持することができる。それは観客が自分の年齢とともに作品の解釈を変えたり、発展させたりすることが可能だからだ。そのためには、あまり具体的になりすぎるのではなく、ほどほどに抽象的な振付で観客に解釈の自由を与えることが良いのだが、抽象的すぎると今度は観客が混乱してしまうので、ヒントを与えることは非常に大事な要素となる。そうした点への配慮がもっと増えれば、櫻庭の作品は大きく発展するのではないかと思われた。
(2016年10月29日夜 GK Arts Center)