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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2016.04.12]

ロパートキナの絶品『瀕死の白鳥』ほか、偉大なるバレリーナ、プリセツカヤ追悼公演

Mariinsky Ballet マリインスキー・バレエ
"Tribute to Maya Plisetskaya" performed by Mariinsky Theatre.
『マヤ・プリセツカヤ追悼公演』

昨年からロシアのマリインスキー・シアター(バレエ団及びオーケストラ)がニューヨークのBAM (Brooklyn Academy of Music)のレジデンス・カンパニーとして、毎年公演するようになり、2年目の今年は昨年5月に89歳で亡くなった世界的なバレリーナ、マヤ・プリセツカヤ(Maya Plisetskaya)を偲んで、バレエ団が追悼公演を行った。プリセツカヤが踊った数多くのレパートリーを、現マリインスキー・バレエのプリマ、ウリアーナ・ロパートキナ(Uliana Lopatkina)と、現在はアメリカン・バレエ・シアターでプリンシパルとして踊るディアナ・ヴィショニューワ(Diana Vishneva)が日を分けて踊った。今回はロパートキナが踊った最終日を見た。

幕が上がるとプリセツカヤの肖像が舞台のスクリーンいっぱいに投影され、大きな拍手が起こった。会場は日本人を含む世界から集まった観客で埋め尽くされており、プリセツカヤが如何に偉大だったかが伺われる。この日は、『カルメン』『バフチサライの泉』『メロディー』『ジゼル』『ロミオとジュリエット』等、プリセツカヤが踊ったレパートリー10曲が上演され、ロパートキナはそのうち7曲を踊った。その中から特に印象に残ったものを紹介する

ny1604a_01.jpg ウリアーナ・ロパートキナ、アンドレイ・エルマコフ『ショピニアーナ』(C) Stephanie Berger

『カルメン』で黒いミニドレスに赤い髪飾りを付けて現れたロパートキナを見て、まず気づくのが非常に滑らかなポアントの使い方。そして何とも言えない上品さと美しさ。力を入れない柔らかい身体の使い方は、ベテランの踊り独特のものだ。相手役のアンドレイ・エルマコフ(Andrey Ermakov)は長いラインで苦悩するような踊りを、明確な表現で踊る。デュエットになると、悩む男性に挑みかかるようなカルメンの踊りとなる。プリセツカヤはむしろ攻撃的な踊りをしたが、ロパートキナは長くしなやかな踊り方だ。ユニゾンの踊りになるとエルマコフは幸せそうな表情となり、最後に二人はセックスをするかのように終わった。ほんの数分の短い踊りの中にしっかりとドラマが入る表現力で、あらためてロシア・バレエの素晴らしさを感じた。

『ジゼル』の第二幕のパ・ド・ドゥの抜粋は、ロパートキナがこの舞台のために選んだという、マーリア・シリンキナ(Maria Shirinkina)とウラジーミル・シクリャーロフ(Vladimir Shklyarov)によって踊られた。アルブレヒトがジゼルの墓を訪れ、ウィリーに見つかり、朝まで踊らされる場面だ。シリンキナは頭上高くア・ラ・セコンドに上げた足を、そのまま高いアラベスクに持って行く驚異的なテクニックと、綿の様な柔らかく静かな踊り方が素晴らしかった。ポアントで連続してジャンプをしているにもかかわらず、音がほとんど聞こえない。また、相手役のシクリャーロフも素晴らしく長く高いジャンプを見せた。筋肉の強さを物語っているが、昔の男性ダンサーの様に筋肉は発達しておらず、細い長いラインをしている。

ny1604a_05.jpg 『ジゼル』マーリア・シリンキナ、ウラジーミル・シクリャーロフ(C) Stephanie Berger

この舞台で最も強い印象を残したのは、『愛の伝説』のパ・ド・ドゥのロパートキナの踊りだった。真っ赤な背景に黒のユニタードのロパートキナが、細く長い、美しいラインで踊るところから始まる。動きのすべてを検証して、観客にどう見えるか、じっくりと計算しているかのようにさえ見える。まさに、洗練とはこのこと。すべての瞬間が人間とは思えないほど美しい。テクニックの正確さと強さを強調し、あまりドラマを表現しない振付だが、目を惹きつけて放さない。申し訳ないが、プリセツカヤもこんなに美しかったのだろうか? と疑問を持ってしまうほどだ。相手役のエルマコフに信じられない軽さでリフトされたロパートキナの両足が空中で横真一文字になる時、観客の感動も頂点に達したようだ。真の音楽の視覚化というものは、こういうものだと思った。振付だけでなく、それを踊るダンサーにも非常に大きな責任がある。ロパートキナの演技は、もの凄い歓声で観客に受け入れられた。

この日はプリセツカヤ追悼の最終日でもあり、最後の演目が終わった時点で、一旦ロパートキナを除く出演者が全員カーテンコールに立って、観客に挨拶をした後、「お客様へのプレゼント」として、ロパートキナが『瀕死の白鳥』を踊った。プリセツカヤと言えば「瀕死」、「瀕死」と言えばプリセツカヤと言われるほど、プリセツカヤの『瀕死の白鳥』は有名だった。しかし、ロパートキナの「瀕死」を見た時、歴史は塗り替えられたと思ったのは私だけだろうか?
白いチュチュでロパートキナがシルエットで出てくると、それまで立ち上がって「ブラボー」を叫んでいた会場はシーンと静まり返り、観客たちは椅子に座りなおした。細い、美しい、美しいラインがポアントでステージの上で滑るように動く。弱った白鳥が旋回しながら、地に落ち、最後の羽ばたきを試みる。羽を後ろに上げ、長い首がわずかに前に垂れる。両羽を広げて大空に向かって別れを告げる。そして再び旋回するように降下し、地に伏し、遂に息絶える。素晴らしい音楽の解釈で、音楽のフレーズの一つ一つが、死に面した白鳥の心を語っていた。私はこのロパートキナの踊りを見て、初めて『瀕死の白鳥』のストーリーが見えたと思った。

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ウリアーナ・ロパートキナ『瀕死の白鳥』(C)Jack Vartoogian

約20年前にもなるだろうか、当時はまだキーロフ・バレエと名乗っていたマリインスキー・バレエの公演を、ニューヨークのメトロポリタン・オペラ・ハウスで見た時、私は初めて見る、まだ若きロパートキナの踊りに惹きつけられた。このレベルのカンパニーだから、テクニックや容姿が優れているのは当然だ。そんな才能の集団の中で、特に彼女が引き立ったのは、その表現力だった。それはいかに彼女自身が作品と音楽を研究し、自分のテクニックを尽くしてその作品に取り組んでいるか、という努力を見せるものだと思った。そして20年後、素晴らしいプリマが舞台の上に花開いていた。

プリセツカヤは多くの作品を、その素晴らしい演技で世に送り出したという意味で、大きな功績があったと言える。そして、その成果が若い世代にさらに磨かれて、次のレベルに昇華していくだろう、ということを約束したのが、今回のマリインスキー・バレエのプリセツカヤ追悼公演だったと言える。感謝。
(2016年2月28日夜 BAM Howard Gilman Opera House)

ny1604a_04.jpg ウリアーナ・ロパートキナ『瀕死の白鳥』(C)Jack Vartoogian