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スペイン・アンダルシアの本場からやってきたフラメンコ・フェスティバル

Flamenco Festival 2012 フラメンコ・フェスティバル2012
MANUELA CARRASCO COMPANY “SUSPIRO FLAMENCO”
マヌエラ・カラスコ・カンパニー『ススピロ・フラメンコ』

フラメンコ・フェスティバル2012が、2月下旬から3月初めにかけてニューヨークで開催されました。そのメイン・イベントが、3月1日から4日まで、ニューヨーク・シティ・センターで上演されました。日によって出演するカンパニーが異なります。初日は大勢が出演するガラ。(これが通常、毎年恒例のフラメンコ・フェスティバル)
フラメンコの本場スペインのアンダルシアから直接やってくる、音楽と舞踊が一体となった生のフラメンコ公演です。スペイン政府とアンダルシア自治政府が主催していて、世界の主要都市を巡回します。「ニューヨークで最も重要なフェスティバルの一つである」と言われています。

ny1204b02.jpg Photo/Mario Alfaro

私は、3月2日のマヌエラ・カラスコ・カンパニーの公演を観ました。彼女はときどき来日公演をしたことがあります。1954年セビージャ生まれの、ベテランのバイラオーラです。フラメンコに囲まれた環境で育ち、独学でフラメンコを身につけ、プロとしてのデビューは早く、18歳ですでに「フラメンコの女王」という異名を取っていました。1974年にコルドバのスペイン・フラメンコ・コンクールで「パストーラ・インペリオ」(舞踏国家賞)、1975年にイタリアの サン・レモで「バイレ(舞踏)国際賞」を受賞しました。1995年に、カルロス・サウラ監督の映画『フラメンコ』に出演しています。2007年には、スペイン舞踊家・国家賞を受賞、2008年にはアンダルシアからメダルを授与されました。

マヌエラはとても大柄な女性で、貫禄があり、大迫力のバイレ。今回の出演は、バイラオーラはマヌエラ・カラスコ、バイラオールはラファエル・デ・カルメン、オスカル・デ・ロス・レィエス、チョロ、トケ(ギター)はご主人のホアキン・アマドール、フランシスコ・イグレシアス、カンタオーレス(歌)はエンリケ・エル・エストレメーニョ、エミリオ・カノ、ルビオ・デ・プルーナ、カホン(パーカッション)はホセ・カラスコです。
舞台の中央の後方に3段の階段があり、左右にミュージシャンたちがいて真ん中でダンサーが踊りました。

ny1204b01.jpg Photo/Mario Alfaro

マヌエラは現在58歳なので、一般的にはダンサーとしての全盛期は過ぎているため、どんなバイレをソロでするのか、想像して楽しみにしていました。誰でも年齢を重ね、体力が落ちてきた晩年は、バイレのスタイルを変えていくものだと思われます。特に、激しいサパテアードを舞台上で長く打ち続けるのは相当体力が必要でしょうから、ダンサーの年齢が若いほうが大きな音で激しく速い迫力がある踊りが可能だと思うのです。マヌエラのバイレについては、彼女が若い頃は本当にものすごい迫力の、バイラオール(男性)顔負けくらいのサパテアードだったと聞いたことがありました。
マヌエラは、ソロで踊るシーンが多かったですが、長い秒数を、顔をしかめて哀愁を表した表情で手を挙げたまま静止しているところを何度も入れて、「味」と「コク」で表現して乗り切っていました。ところどころ、激しいサパテアードを入れていました。女性のソロなのに音がとても大きかったです。そして足の動かし方が細かくて速いです。さすがに見事でした。
3人のバイラオールたちも登場し、やはりすごい迫力で強いサパテアードを打ち続けていました。
マヌエラ、バイラオール、演奏のみ、など交互に踊りや音楽を入れてヴァラエティのある舞台を作っていました。
カンタオールとマヌエラが向かい合って、歌と踊りのバトルをするところが最後の方にあり、とても盛り上がりました。後ろのイスに座っているバイラオールたちも足を踏み鳴らしながらパルマを打ち鳴らし続けて、ハレオを入れていました。マヌエラのバイレのクライマックスで終わり、興奮の余韻が会場に漂っていました。
カーテンコールは、真ん中でみんなで輪になって、ミュージシャンも立ち上がり、その輪の中に一人ずつダンサーが入って踊り、バトルをしました。4名のバイラオールとバイラオーラが一人ずつ輪の中で順番に踊り、マヌエラが最後に踊って、ポーズを決めて幕が閉じました。
(2012年3月2日 ニューヨーク・シティ・センター)