ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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暑中お見舞い申し上げます。ニューヨークはまだ夏らしくなく、夕方や夜は肌寒い日が続いています。6月、7月はABTのシーズンでしたので特集のレポートです。特に6月27日はニーナ・アナニアシヴィリの引退公演でした。

ABT ポール・テイラー『エアーズ』とブルノンヴィル『ラ・シルフィード』

American Ballet Theatre
Paul Talor “Airs”
August Bournonville “La Sylphide”
アメリカン・バレエ・シアター
ポール・テイラー『エアーズ』
オーギュスト・ブルノンヴィル『ラ・シルフィード』

6月16日に、メトロポリタン・オペラ・ハウスにてアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の二演目の公演がありました。
一つ目は、ポール・テイラーによる1978年の作品『エアーズ』です。7名のダンサーが踊りましたが、プリンシパルは一人も出演しませんでした。全員裸足で、男性ダンサーたちはタイツだけを身に着け、女性ダンサーたちはキャミソールのレオタードに短いシフォンのスカートという身軽な衣装でした。音楽はジョージ・フレデリック・ヘンデルです。

男女3名ずつの6名で、女性3名で、男性ソロ、デュオなど、次々に踊る形と振付が重なるように続いていきました。男性ソロは、回転し続けながら空中でジャンプして開脚したり、エシャッペを繰り返していました。デュオでは、男女互い違いに順番に、同じ振付を交互にしていました。リフトも多く、女性が男性の太ももの上に立ってバランスしたり、ジムナスティックものも多かったです。
モダンダンスですが、一流のバレエ・ダンサーたちが踊っているので、とても動きが軽やかでなめらかで美しかったです。
 

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次は、『ラ・シルフィード』。2幕からなるロマンティック・バレエの代表作です。音楽はヘルマン・フォン・ロヴェンショルド、振付はオーギュスト・ブルノンヴィルです。
シルフィードはニーナ・アナニアシヴィリ、ジェームズはマキシム・ベロセルコフスキーが踊りました。
スコットランドの農村でのお話で、第一幕の舞台セットはシャンデリアがある中世風の家の中。ジェームズが有名な絵にあるようにキルトスカートをはいていて、椅子で眠っていると、背中に小さな羽がついた白いロマンティックチュチュを着たシルフィードがでてきて、ジェームズの周りを軽やかに踊ります。
ニーナは可憐な妖精の演技がピッタリはまっていて、ポワントを駆使した軽やかな動きで踊り、明るく活発な雰囲気を表現していました。
ジェームズは目覚めシルフィードを追いかけますが、彼女は暖炉の中へ消えてしまいます。ABTの演出では、舞台装置が凝っていて、ニーナは舞台下手側にある暖炉の中に入っていき、スーッと上の煙突の方向へ空中を昇っていきました。

ジェームズと婚約者エフィの結婚式を控え、親戚や友人たちがお祝いにやって来て、女の子たち9人が踊りました。そこへ汚いボロボロの服を着た老婆マッジ(魔女)が現れて、人々の手相を読み、エフィの手相を見て「ジェームズではなくグエンと結婚する」と告げたので、ジェームズは怒ってマッジを追い出しました。
結婚式では村人たちが伝統的なスコティッシュ・ダンス踊って楽しんでいました。
するとまたシルフィードが現れて指輪を奪い、ジェームズはそれを追いかけて消えてしまいました。一人残されてしまったエフィは、花嫁の白いベールを舞台の床に捨てて泣き崩れました。

第二幕では魔女のマッジが大きな鍋で何かをぐつぐつ煮込んでいるシーンから始まります。
森には、シルフィード同様に背中に小さな羽根を付けた妖精たちが次々に登場します。ジェームズはシルフィードを追いかけ続けますが、なかなかつかまえられません。妖精たちは彼の周りを軽やかにポワントで踊り続けています。
触れようとするとするりとすり抜けてしまうシルフィードに、ジェームズの想いは募るばかり。すると魔女のマッジがジェームズにショールを渡し「これをシルフィードの肩にかけたら飛べなくなり、彼女を捕まえられる」と言います。
ジェームズがシルフィードにそのショールをかけると、彼女はもがいて苦しみ、背中の羽がひとつずつ落ちました。
シルフィードはヨロヨロと立ち上がり、ジェームズはその手をつかみますが、最後に心臓を手で押えて彼女の息は絶えました。
この時のニーナの演技力は抜群で、これまでの可憐で軽やかで活発な妖精の様子とは打って変わって、急に弱々しくなり、もがき苦しんで死に至る悲しみが実に見事に表現されていました。
悲しいストーリーでしたが、幻想的な妖精たちのロマンティックなシーンがたくさんあり、夢の様に美しい舞台でした。
(2009年6月16日夜 メトロポリタン・オペラ・ハウス)