ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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ニューヨークは極寒で、氷点下なので、外出するたびに顔が凍りつきそうです。雪も積もりました。今は一年で最も寒い時期です。春が待ち遠しいものです。  さて、今月は、アメリカでプロの現役ダンサーとして活躍中の、福田純一さんのインタビューをしました。2年前くらいからずっと気になる存在でした。 私はもともと幼少時から長年バレエをやっていたので、ちょっとやそっとのダンサーと振付には驚かないのですが、彼の場合はとても将来有望だと感じました。 私にとってそう感じて認めることは、非常に珍しいのです。ですから、どこの媒体よりも早く、彼の特集をすることにいたしました。 オリエンタルの男性は他の人種に比べてどうしても貧弱に見えがちなのに、彼は舞台に立っても他の外国人ダンサーたちと体格で負けていないし、存在感と華もあります。 お会いしてみると、実物はさらに感じのいい好青年です。まだダンサーとしては若いので、これから成長して世界的に活躍していくことでしょう。期待しています。

●福田純一さん 特別インタビュー

プロフィール:1978年7月4日生まれ。身長178cm。
97年高校3年生の時にデトロイトのハイスクールに留学、ジャズとストリートダンスを学び、卒業後、ボストン・コンサバトリーのダンス科で全額奨学金を受けて学んだ。2002年に学士(BFA in Dance)を得る。
現在はブグリッジ・フォアマン・ダンス(カンパニー)とペリ・ダンス・アンサンブルに所属。2002年6月からバレエ・テックに在籍後、オークランド・バレエに在籍。 そして2003年9月から1年間、サンフランシスコのスミューイン・バレエに在籍。アメリカで著名な振付家たち、Jacqulyn Buglisi, Daniel Pelzing, Sean Curren, Eliot Feld, Murray Louis, Igal Perry, Michael Smuinと仕事を経験。
―――ダンスは何歳頃始めたのですか。

高校時代。ちょうど、ダンス甲子園が流行っていた頃だったので、ストリートダンスをやり始めました。 そして高校3年でデトロイト(クラブ音楽のハウス発祥の地)のハイスクール(学生の98%以上が黒人)に1年間交換留学で行ったので、その時に現地でヒップホップなどのストリートダンスをやりました。 その後、ピッツバーグの大学でダンスを専攻して、本格的にやり始めました。

―――プロのダンサーになる人たちの中では、やり始めたのが遅いですね。ハンディーは無かったですか。

ダンスをやり始めたのは遅かったけれど、もともと幼稚園から小学校4年くらいまでサッカーを、そのあと野球をやっていたので、身体は動かしていたし、踊るためのジャンプ力には自信がありました。 大学の時は、練習の量で補いました。人よりも余分にクラスを受けて、努力しました。18歳からダンスをやり始めたので、時間が他の人よりも少ないため、時間を無駄に出来ないというプレッシャーは常にありました。 ですから、身体の限界が来るまで練習をやりつづけました。ライバル意識もありました。負けず嫌いです。

―――どんなジャンルのダンスをやりましたか。

最初はヒップホップとかジャズ中心でしたが、大学でバレエが必須科目だったので、初めてバレエも学ぶようになりました。それで慌ててバレエシューズとタイツを買いに行きました。身体も固かったので、努力で柔らかくしました。

―――踊るモチベーションはどんなことですか。

好きだからです。むりやり自分を奮い立たせることはほとんど無いです。実は一昨年5月に左ひざを痛めて手術したので、本当は3ヶ月休まなければならなかったのですが、 2日後くらいにリハビリを始めて、2週間後くらいにクラスを取り始めました。カンパニーの練習(仕事)も7月から始めました。まだひざが腫れていたのでやめたくなったけれど、続けました。 思うように動けるようになったのは8ヵ月後くらいです。今は昔よりも調子がいいです。また、もしダンスだけで食べていけなかったら、辞めていたかもしれません。 大学卒業後すぐにバレエ・テックに入って食べていけたので、続けてきました。

―――難関のダンスカンパニーのオーディションに次々と合格なさいますね。

僕は緊張を逆に使って、自分の能力を最大限に出せるタイプです。やる時はやる!オーディション本番では、自分が間違っていても間違っていなくても、思った通りに自分を出します。 芸術家は自分との戦いです。自分以外のものになっては良くないです。もし自分以外の面が有名になっても、それは偽物です。 ですから僕は、気を張らずに精神を楽に構えています。踊りには精神状態が表れるのです。昔は、日本人と外国人と比べて、体格が違うのでダンサーとしてコンプレックスがありましたが、今はもう無いです。 外国人に無くて、自分にしか向いていない面もあるので、それを生かすようにしています。

―――ダンスで何を表現して、伝えたいのですか。

何かメッセージを表現したいです。洗練された自分のテクニックを使って。現役で長く踊りつづけたいですが、教えることや振付も楽しいです。 自分の可能性を狭めないようにしようと思っています。振付はコンテンポラリーが好きです。そのときの気分によってやりたいことと表現したいものを作ります。 型は決めていません。去年、ニューヨークの都市のありさまを解釈して振付をして、6分くらいの作品を作ってみました。2箇所の発表会に出して、 それを観たテキサスのカンパニーのディレクターが僕に興味を持ってくれて、今、話をしています。