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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.08.10]

セミオノワやロホをゲストにミハイロフスキーのメッセル版『白鳥の湖』

Mikhailovsky Ballet ミハイロフスキー・バレエ団ロンドン公演
Mikhail Messerer Version Swan Lake ミハイロフスキー・バレエ団『白鳥の湖』
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この夏ロンドンはロシアの2つのバレエ団の来英に沸いた。
日本ではレニングラード国立バレエ団としてバレエ・ファンにお馴染みのミハイロフスキー・バレエ団とボリショイ・バレエ団が、それぞれの代名詞ともいうべき古典の全幕と改定版新作を持ってロンドンに戻ってきたのである。

ミハイロフスキー・バレエ団は『白鳥の湖』『ジゼル』子供向けバレエの『チッポリーノ』、復刻版『ローレンシア』『バレエ小品集』の5演目を持ってコロシアム劇場で2週間にわたる公演を行った。
第2週がロイヤル・オペラ・ハウスでのボリショイ・バレエ団の公演と重なることもを危惧してか、『白鳥の湖』『ジゼル』『バレエ小品集』『ローレンシア』の4演目に5人のゲスト・アーティストを招聘した。
7月17日(土)にはベルリン国立バレエ団からポーリーナ・セミオノワを、18日(日)にはマリア・コチェトワを、『ジゼル』の初日の15日と20日新『ローレンシア』の初日にはデニス・マトヴィエンコを、ボリショイ・バレエ団の新『コッペリア』の初日と重なった22日の『白鳥の湖』には、英国ロイヤル・バレエ団のタマラ・ロホ、24日はポーリーナ・セミオノワの兄でベルリン国立バレエ団のプリンシパルであるドミトリ・セミオノフを招きプリンシパルと共演させた。
イリーナ・ペレンとデニス・マトヴィエンコ共演の『ジゼル』については、2年前の同バレエ団ロンドン・デビュー公演時に、レポートとたくさんのオリジナル写真をお届けしていることから、今回はミハイル・メッセレルによる改定版『白鳥の湖』と、M・メッセレル復刻版『ローレンシア』をご紹介する。

7月13日に2年ぶりのロンドン公演の初日を飾ったのはエカテリーナ・ボルチェンコとマラト・シュミウノフの長身ペアであった。
ボルチェンコは登場の場面で、一瞬マリィンスキー・バレエ団のウリアナ・ロパートキナが出てきたのだろうか? と錯覚するほどの美しさとやわららかな腕の運びや叙情性があった。
マイムで語る哀しい身の上は観客の心をつかむ求心力に富み、王子とのアダージオは詩情あふれ、湖畔のアダージオの最後のポーズは、そり返る背中のライン、長い手脚と綺麗なアーチを描く足の甲、哀しい横顔が美しく、観客が皆うっとり見とれてしまい、会場が静まり返った。シュミウノフとは身体的なバランスがぴったりで絵になるペアである。
主役以外では、道化のデニス・トルマチェフがピルエット、フェッテ、跳躍の数々に美技を奮い、パ・ド・トロワではアントン・プルームが跳躍の数々や相手役へのサポートに踊り手としての充実を見せた他、新人のボンダレワがアラセゴンドのバランスやピケ・ターンやピルエットなど旋回技の強さを印象付けた。
2幕の4羽の白鳥の一糸乱れぬパフォーマンスは、やはりロシアのバレエ団ならではのものである。
3幕の民族舞踊ではスペインの踊りのデニス・モロゾフがシャープな舞踊と男らしさ、粋なポーズを見せ舞台を盛り上げた。

ボルチェンコは黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのグラン・フェッテは全てシングルながらも、強靭な軸足のため、舞台上の1点から微動だにしない。ただ技量的には不足はないが、全幕通しで観ると白鳥としての魅力が勝っており、3幕の黒鳥オディールにもう少し王子を魅了する妖艶さがあれば、と思った。
メッセレル版は1幕の宮廷の男性群舞、2幕・4幕の白鳥の群舞を非常にアクティブに動かしながらも、形象美にも優れ、主役と準主役を際立たせる優れた改作。王子とオデットの愛の力が悪魔の滅ぼし幕となる最後の群舞と主役2人を使った造形も見事で、観る者の目に非常に美しく映る作品である。
17日はポーリーナ・セミオノワがマラト・シュミウノフと共演。初日のボルチェンコがフェミニンで叙情に富むバレリーナであっただけに、その後に観たセミオノワは、スポーティーで中性的なオデット/オディールに映った。
哀しい白鳥姫オデットが印象的だったボルチェンコに対し、セミオノワは白鳥より黒鳥オディールに優れ、グラン・パ・ド・ドゥに持てる技巧のすべてを炸裂させた。当日のシュミウノフはセミオノワのダイナミックなパフォーマンスに相当触発された様子で、初日の控え目な王子とは大分違う印象を残した。
7月24日はイリーナ・ペレンとドミトリ・セミオノフが共演。私が観た『白鳥の湖』3公演の中では、最も印象に残るパフォーマンスとなった。
ドミトリとポーリーナのセミオノフ、セミオノワ兄妹は、それぞれ長身で恵まれたプロポーションの持ち主。筆者はかつてポーリーナがイングリッシュ・ナショナル・・バレエの『白鳥の湖』に客演しロンドン・デビューしたさい(相手役ロベルト・ボッレ)、偶然兄妹のご両親の隣の席で公演を観る幸運にあずかっている。ポーリーナは黒髪に黒い瞳が印象的なお母さんに良く似た面差し、ドミトリはお父さん似である。
兄妹とはいえ踊り手としてのスタイルは大きく異なっている。兄のドミトリはワガノワ舞踊アカデミー卒業後、マリインスキー・バレエ団に入団、妹のポーリーナはボリショイ舞踊アカデミーを卒業しているからだ。
 黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥで、グラン・フェッテ・アントールナンをほとんどダブルで回り、王子を魅了し支配しようと大きく腕を振り上げ、ポーズを取るボリショイ的な「けれん味」あふれる舞踊スタイルを持つ妹ポーリーナに対して、兄ドミトリはワガノワ舞踊アカデミー出身のダンスール・ノーブルらしく、感情表現や舞踊スタイル、相手役へのサポートにいたるまで何事にも控えめな貴公子である。
作品の冒頭で、ジークフリートは帽子と手袋を身につけて舞台に登場。母である王妃に次の舞踏会で結婚相手を選ぶよう示唆され、その後ひとり物思いに沈んだ様子で白い手袋をはずす。その姿が何とも高貴であった。

ぺレンはオデットとオディールの役の踊りわけも見事で、白鳥・黒鳥の両方にアーティストとしての円熟を見せた。セミオノフとは身体的なバランスも良く、それぞれが持つ品性の良さや好感度の高さも同じで非常に魅力的なペアである。正直この2人がロンドン公演の初日を飾るべきではなかったか? とも思った。
当日は長身のセミオノフ王子を囲む群舞もロンドン公演の第1週とは一部異なり、王子の友だちである貴公子の顔ぶれの中にアンドレイ・マスロボエフの姿もあったし、1幕のパ・ド・トロワの男性はアントン・プルームではなくアンドレイ・ヤフーニュクがつとめた。
セミオノフはソロで見せるバットリーも正確で、マナージュの跳躍も高く、ダンス技術も充分。4幕の悪魔ロットバルトとの戦いで、シュミウノフが悪魔の羽を奪い、激しい戦いを挑んだのに対して、セミオノフはぺレン扮するオデットを始終かばいながら、悪魔に対して腕をひとふり大きく振り上げる仕草に、愛する女性を悪の魔の手より何としても守りぬこうという強さと、愛の深さを表現。ぺレンと共に品格の高いメッセレル版プロダクションに良く似合った。
ロンドンでの主役デビューであったセミオノフは、カーテン・コールで満場の観客から暖かい拍手を送られ、目を潤ませ感無量の様子。
日本のバレエ・ファンに愛される要素を多く持つ踊り手であるだけに、来年のベルリン国立バレエ団日本公演に彼の名前がないのが残念だ。
(2010年7月13日、17日夜、24日 17日夜公演を撮影)

london1008a03.jpg マラト・シュミウノフ london1008a04.jpgオクサナ・ボンダレワ london1008a05.jpgアントン・プルーム

撮影:Angela Kase
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