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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2018.05.10]

来日公演を行う英国バーミンガム・ロイヤル・バレエの今シーズン開幕からの歩み

ダンス・キューブ読者の皆さんがこの記事を目にする頃には、バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)が、3年ぶりの日本公演のために日本に滞在中だ。芸術監督で振付家のデイヴィッド・ビントレーは秋からの新シーズンの終わりにバレエ団を離れるため、今回がビントレー時代最後の日本公演となる。

london1805a01.jpg 『妖精の接吻』水谷、ディングマン
Photo:Angela Kase(すべて)

BRBは昨年9月に今シーズンをビントレー振付『アラジン』全幕で開幕。その後10月に下旬にイギリスの5大バレエ団(英国ロイヤル・バレエ、BRB、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、ノーザン・バレエ、スコティッシュ・バレエ)が、ロイヤル・オペラ・ハウスで合同でマクミランを讃える特別公演「ケネス・マクミラン、ナショナル・セレブレーションズ」を行った。この公演では、平田桃子、周子超(ツ・チャオ・チョウ)、ジェナ・ロバーツ、タイロン・シングルトン、デリア・マシューズらをフューチャーし、バレエ団としてはマクミランの『コンチェルト』を披露。5大バレエ団のスターダンサーや精鋭が踊ったオールスター・キャストの『エリート・シンコペーションズ』にはマティアス・ディングマンとファースト・アーティストのカーラ・ドーバーのペアが加わって「ザ・ゴールデン・アワーズ」を踊った。
11月には『アラジン』全幕とビントレーの『スティル・ライフ・アット・ザ・ペンギン・カフェ』、バレエ団のダンサーでもあるルース・ブリル振付『アルカディア』、マイケル・コーダー版『妖精の接吻』を持ってロンドン公演を行った。クリスマス・シーズンはピーター・ライトがBRBに振付けた『くるみ割り人形』を本拠地のバーミンガム・ヒポドローム、その後ロンドンに移動して最大集客数6000人のロイヤル・アルバート・ホールで公演。『アラジン』と「小品集」によるロンドン公演は集客が今一つであったが、ロイヤル・アルバート・ホールでの『くるみ割り人形』はチケット・セールスも良く大変な盛況であった。
今年1月21、22日にはバレエ団のオーケストラ、ロイヤル・バレエ・シンフォニアと合同で毎年行うガラ「音楽とバレエの夕べ」を2都市で開催。2月〜3月下旬まで本拠地とイギリス各地で『眠れる森の美女』全幕、4月初めにサンダーランドで『コッペリア』全幕を上演した後、アメリカのヴァージニア州に飛んで『ロミオとジュリエット』全幕を公演した。

london1805a02.jpg 『妖精の接吻』ギテンズ、ディングマン london1805a03.jpg 『くるみ割り人形』水谷、ディングマン

BRBはシーズン開幕より若手と中堅プリンシパル中心のラインナップを組み、『アラジン』の初日は平田桃子とマティアス・ディングマン、ランプの精ジーンは周子超(ツ・チャオ・チョウ)であった。バレエ団は昔から男性ダンサーの充実で知られており、先シーズン末にプリンシパルのジェイー・ボンド、ジョセフ・ケイリー、精鋭ウィリアム・ブレイスウェルやルイス・ターナーらが退団したにもかかわらず、多数の男性ソリストを必要とする『アラジン』を上演しても、ディングマン、シングルトンらプリンシパル、ファースト・ソリストの厚地康雄、ソリストのブランドン・ローレンス、ラクラム・モナハンやマックス・マスレンらファースト・アーティスト、入団2年目の大型新人エイトー・ガレンデらが活躍。夏に多数の男性ダンサーを失ったとはつゆほども感じさせない充実した布陣で、改めてBRBの男性ダンサーの層の厚さを印象付けた。
女性ではソリストの水谷実喜がマックス・マスレンと『アラジン』のプリンセス役でデビュー。すでにビントレーの『シルヴィア』『くるみ割り人形』のクララと金平糖の精など全幕物語バレエの主役を数多く踊っている水谷だが、『アラジン』のプリンセス役は殊の外よく似合い、マスレンとの並びもフレッシュで、これに大きな跳躍や旋回技といったダンス技術に優れ、表現力にも富んだエイトー・ガレンデのランプの精ジーンが加わり、3人が忘れがたいパフォーマンスを披露。ロンドン公演では、中堅や若手ダンサーを見守るように、イアン・マッケイや佐久間奈緒、曹馳(ツァオ・チー)、ジェナ・ロバーツらプリンシパルが、ルビーやエメラルド、サファイアなど宝石の踊りで充実のパフォーマンスを見せ、作品の完成度を高めた。バレエ小品集のコーダー版『妖精の接吻』で、結婚式当日に妖精の魔の手に婚約者を奪われるブライド役を踊ったのは平田桃子と水谷実喜であった。

london1805a04.jpg 『スパルタクス』イアン・マッケイ

1月22日、プリンシパルのイアン・マッケイが「音楽とダンスの夕べ」で、ビントレー版『スパルタクス』のスパルタクスとフリーギアのアダージョを踊って現役を引退、バレエ団に別れを告げた。このガラ公演は音楽とバレエの小品が交互に紹介されるもので、今年の司会はデイヴィッド・ビントレー。マッケイはウィールドンの『アフター・レイン』と『スパルタクス』をプリンシパルのジェナ・ロバーツと踊って、その長いキャリアに終止符を打った。ビントレーはイアンがこのガラで引退すると決めた際に、長らく構想を練っていた『スパルタクス』のアダージョを振付けてプレゼントすることを決意したという。ボリショイ・バレエが上演するグレゴローヴィッチ版との違いは、フリーギアがスパルタクスの子を宿していることで、アダージョの最後に夫にそれを告げ、感極まったスパルタクスと抱擁して終わる。
イアンは当初日本公演で踊るプリンシパルの一人として発表されていたので、来日を楽しみにしていたファンも多かっただろう。1月21日のバーミンガム・シンフォニー・ホールでの「音楽とダンスの夕べ」には、引退を惜しむファンがロンドンやリバプール他、イギリス各地から集まり、カーテンコールではスタンディング・オべージョンとなった。
公演前にマッケイと話すと「最初に日本で踊ったのはバレエ学校の最終学年の時でした。ロイヤル・バレエの日本公演に学校生だった僕も参加したんです。僕にとって初の海外公演が日本でした。その後BRBと何度も訪れ、バレエという芸術を愛し、僕たちダンサーを心から応援してくださる日本のバレエ・ファンの皆さんを知り、いつも日本で踊ることを楽しみにしていました。優しく、礼儀正しい人々、美味しい日本料理やビール。今後ダンサーとして日本で踊れないのは本当に残念でなりません。」と語ってくれた。マッケイは毎年夏にイギリス北部のヨークシャーで行われるヨークシャー・ダンス・セミナーのディレクターに就任。今年の夏のセミナーの企画、実行に余念がない。

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london1805a07.jpg 『スパルタクス』
london1805a08.jpg 平田、ディングマン

日本公演の演目の一つ『眠れる森の美女』は、1月31日にイギリス南部の港町サウスハンプトンで初日を迎え、その後バーミンガムで2週間、北西部のソルフォード、ウェールズのカーディフ、南西部のプリマスと2か月公演。イギリスは今年1、2月大寒波に見舞われたため、一部大雪の中の移動となった。サウスハンプトンの初日は平田桃子とマティアス・ディングマンが主演、佐久間奈緒がカラボスを踊った。
バレエ団は相変わらず若手をフューチャーし、デリア・マシューズ、セリーヌ・ギッテンズらプリンシパル、ソリストの水谷実喜、ヤオシェン・シャン、イベット・ナイト、ファースト・アーティストのカーラ・ドーバーらがオーロラ姫役でデビュー。水谷のデビューは開幕2日目、2月1日のサウスハンプトンでの昼公演で、チケットはほぼソールドアウトであった。相手役は日本公演と同じ、セザール・モラーレス。水谷のオーロラ姫は初々しく品格高く、腕使い、ポアントワーク(足先の使い方)、エポールマンなど、古典バレエの教則本から抜け出したようで大変感心した。
終演後話を聞くと、バレエ団プリンシパルの佐久間奈緒の指導を受けたのだという。バレエ団は女性の指導者はマリオン・テイトのみ。今回はオーロラ役でデビューするダンサーが多かったこともあり、佐久間が水谷やカーラ・ドーバーの指導にあたった。佐久間はツアー先に愛娘のかれんちゃんを同行。自らのパフォーマンス、若手の指導、かれんちゃんのお世話と大忙しの毎日であった。
その佐久間は本拠地バーミンガム公演で、私生活のパートナーでもあるファースト・ソリストの厚地康雄と全幕共演。2度目の2月24日の土曜日は、マチネが佐久間と厚地、夜にヤオシェン・シャンと曹馳(ツァオ・チー)の公演が予定されていたから、イギリス各地から昼夜2公演観たいというファンが多数集まった。また当初、佐久間と厚地の共演は日本公演で予定されていなかったため、日本からバーミンガムに駆けつけ2人の舞台を楽しむ熱心な日本人ファンの姿も見られた。私は2月24日の公演を観たが、佐久間と厚地による『眠れる森の美女』全幕は、おとぎ話のお姫様と王子様そのもので、ひたすら美しく優雅。主演ダンサーと群舞、ソリスト、品格の高い衣装やセット、チャイコフスキーの音楽が織りなす、古典バレエという総合芸術に心から酔わされた3時間であった。

london1805a09.jpg 『眠れる森の美女』カラボス/佐久間
london1805a10.jpg 『眠れる森の美女』オーロラ姫/平田、カラボス/佐久間
london1805a13.jpg 佐久間 奈緒 london1805a14.jpg オーロラ/佐久間
london1805a11.jpg 曹 馳

当日の夜、ヤオシェン・シャンと曹馳(ツァオ・チー)を観るべく集まった観客は、オーロラ姫の誕生日の場面で、セリーヌ・ギッテンズが現れた時、わが目を疑った。その後、舞台に登場した王子はタイロン・シングルトンであった。この2人による古典全幕共演は『白鳥の湖』も見ているが、ギッテンズの成長が著しく、誕生日のソロなど黒人系ダンサー特有の一種人間離れした身体能力や音楽性を見せ圧倒された。これと同じことは2月16日に観た、デリア・マシューズとブランドン・ローレンス主演公演でのローレンスのパフォーマンスでも感じたことだった。当日はシャンのオーロラ姫を観ようと、彼女のイギリスのファミリーともいえる人たちも集まっており、やはり急な配役変更に驚いていた。理由は王子を主演する予定だった曹馳(ツァオ・チー)が当日腰を痛め、相手役のシャンも降板したのだという。
結局、シャンと曹馳(ツァオ・チー)が2度目の全幕共演を果たしたのは、3月22日イギリス国内最終公演地プリマスだった。当日は曹馳(ツァオ・チー)の40歳の誕生日。技術に優れた男性のダンサーの場合30代も後半に入ると、技術の衰えは隠せなくなるのが普通だ。だが曹馳(ツァオ・チー)の場合、技術的な衰えが見えない。シャンとは年の差はあるものの中国出身で同じバレエ教育を受けており、背の高さなど、身体的にもたいへん並びが良い。そんな彼が今シーズン限りで現役を引退し、日本公演にも同行しないというのは残念でならない。曹馳は当日のプリマス、シアター・ロイヤルの満場の観客を楽しませた後、タクシーで一路鉄道駅に向かいバーミンガムに戻って、翌日北京を目指した。4月7日に北京で中国国立バレエの『ジゼル』に客演するためであった。客演後はイギリスに戻り、現在は引退後の準備に余念がない。引退公演は6月23日夜、バーミンガム・ヒポドロームでの『ロミオとジュリエット』である。

london1805a12.jpg 曹 馳

日本公演で注目すべきは、ゲストのアリーナ・コジョカルとディングマン、マティアス・エイマンと平田桃子の全幕共演という日本独自の配役による全幕と、地方公演での佐久間と厚地、水谷とモラーレスの全幕共演だろう。ダンサーとしては個性豊かなプリンシパルとファースト・ソリストの厚地、ソリストの水谷やブランドン・ローレンス、ファースト・アーティストの渕上礼奈、カーラ・ドーバー、ローラ・デイ、マックス・マスレン、ラクラム・モナハン、アリス・シー、コールドバレエのベアトリス・パルマ、エイトー・ガレンデらに目を奪われるに違いない。

london1805a15.jpg マティアス・ディングマン london1805a16.jpg 青い鳥/ラクラム・モナハン