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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2018.04.10]

高田茜がベンジャミン・エラと『ジゼル』を踊って純粋で繊細な美しさを見せ、盛大な拍手を贈られた

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
“Gisele” Choreographed by Petipa After Coralli & Perrot, Additional Choreography by Sir Peter Wright
『ジゼル』プティパ、ペロー:振付 ピーター・ライト:改訂振付

英国ロイヤル・バレエは1月19日〜3月9日まで、ピーター・ライト版『ジゼル』を14公演行った。
当初ヌニェズとムンタギロフ、ラムと平野亮一、高田茜とマックレー、カスバートソンとボネッリ、ヘイワードとサンベ、ナグディとボール、モレーラとキッシュ、オシポワとデイヴィッド・ホールバーグによる8配役が予定されていたが、シーズンも後半に突入し、ダンサーの故障や病気が重なったため、初日を含めてかなりの配役変更となり、配役発表当時には思いもよらなかった新星のデビューやパートナーシップ誕生劇があいついだ。

1804london04.jpg フランチェスカ・ヘイワード、アレクサンダー・キャンベル (C) Angela Kase
1804london01.jpg フランチェスカ・ヘイワード
Photo:Angela Kase(すべて)

2月5日の高田茜とベンジャミン・エラ組と2月9日のフランチェスカ・ヘイワードとアレクサンダー・キャンベル組の公演を観た。
吉田都以来の英国ロイヤル・バレエの日本人女性プリンシパルとして、恵まれた容姿と確かな技術で様々な役を踊っている高田茜だが、ロイヤル・バレエ入団のきっかけになったローザンヌ国際バレエコンクールでも踊った『ジゼル』は、昔も今も彼女のシグニチャー・ロール(十八番)である。今回はスティーヴン・マックレーとの共演が予定されていたのだが、マックレーの降板によりソリストのベンジャミン・エラと主演することになった。
エラはオーストラリアのメルボルン生まれ。母は世界的な人気を博したオーストラリア・バレエの元プリンシパル、クリスティン・ウォルシュ。11歳から両親のバレエ学校で研鑽を積み、奨学金を得て2006年にロイヤル・バレエ・スクール(以下RBSと略)に留学した。当時のRBSといえばセルゲイ・ポルーニンやヴァディム・ムンタギロフもヌレエフ・ファウンデーションやローザンヌ国際バレエコンクールの奨学金で留学しており、男子留学生に逸材揃いの時代だった。その後2008年のユース・アメリカ・グラン・プリで銀賞を受賞(金賞はムンタギロフ)、翌09年にバレエ団に入団している。入団後は故障が相次ぎ、頭角を現すのに時間かった。今シーズンは『アンタッチャブル』、『くるみ割り人形』のハンス・ペーターと何を踊っても素晴らしく、ブレイクしている。マックレーの代役としてアルブレヒト役でデビュー、というのにはいささか驚いたが、今シーズンのエラなら素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるだろうと思った。スリムな肢体と美しい脚、少年のような若々しい容姿の持ち主で、『くるみ割り人形』では、クララ役のイザベラ・ガスパルディーニと、少年と少女らしい瑞々しさにあふれ、観客の心を打つ演技と、美しいライン、軽やかな跳躍、確かなパートナー技術で忘れがたい印象を残した。
2月5日の『ジゼル』でも、登場から恋に胸を焦がす若者らしい性急さの中にも貴族らしい威厳と品性の良さを併せ持つアルブレヒトを演じた。鄙びた農村にあってその美しさと純粋さ、繊細さで、登場するとそこにだけ柔らかな日差しが注いでいるよう浮かび上がって見える高田のジゼルと共に踊って、フレッシュな魅力で観衆を魅了した。
2幕では精霊となったジゼルとのパ・ド・ドゥやデュエットの場面で、高田ジゼルを夜の闇に浮かび上がらせ、幽玄の美しさを見せるように巧みなパートナーリングを披した。精霊となってもなおアルブレヒトを救おうと無償の愛を見せる一途な高田ジゼルを、陰で支える素晴らしいパフォーマンスを見せた。
当初、高田とエラの共演はプリンシパルとソリストという階級差があることや、マックレーを観ようと期待していたファンが降板を知り公演チケットを劇場に戻したりもしていたが、エラの素晴らしさを知る一部のバレエ・ファンの間では高い期待が寄せられていた。また1月20日に高田・エラ組公演の初回を観たファンがたいへん感動し、もう一度見たいと公演の前週の金曜日に売り出されるチケットを買い求め、劇場に再度足を運ぶケースも見受けられた。
2人の全幕共演2度目の当夜は、終演後は感動した満場の観客から盛んなブラボーの声が寄せられ、若々しい2人の好演と優れたパートナーシップに暖かい拍手が贈られた。この日はオーストラリアからエラの両親も駆けつけ見守っていたという。

1804london07.jpg フランチェスカ・ヘイワード、アレクサンダー・キャンベル
1804london02.jpg フランチェスカ・ヘイワード

2月9日には、高田茜、平野亮一と共に2016年にプリンシパル昇進した、フランチェスカ・ヘイワードのジゼル・デビューがあった。相手役は当初新星のマルセリーノ・サンベが予定されていたが、シーズン初め以来のサンベの怪我により、やはり16年にプリンシパルになったアレクサンダー・キャンベルが代役に立った。
当日が2人のオフィシャルなデビューだったが、このペアは1月19日にロイヤル・オペラとバレエのサポーターがチケットを購入して鑑賞する公開ドレス・リハーサルに登場。その際に素晴らしいリハーサルを見せており、その後一般には公開されない2月2日のスクール・パフォーマンスでも共演していた。
ココア色の肌をした美貌のヘイワードにジゼル役はたいへん良く似合い、跳躍、バランス、幽玄性においても、今シーズンがデビューとは思えない出来栄え。2幕の精霊になってからの跳躍には、オーシポワのジゼルの影響も垣間見られ、ダンス技術に優れたロシア人バレリーナがロイヤルに移籍して以来、バレエ団のダンサーたちに大きな影響を与えている様子がうかがえもした。
当日ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)に彼女のデビューを観に来た、ピーター・ライト卿はへーワードのデビュー公演にご満悦の様子で、幕間を通じて友人知人たちとROHのフォワイエで談笑されていたが、始終嬉し気な笑みがこぼれるのを抑えることが出来ないかのようだった。
ヘイワードの素晴らしいデビューの影の功労者はキャンベルである。2幕の難易度が高いパートナーリングにも優れるが、何といってもキャンベルの功績はそのスター性と演技力にある。身分の違いから結ばれることは無いと知りつつ村娘を愛し、彼女を死なせ、2幕でウィリーとなったジゼルに命を救われ改悛する。それを誰よりも巧みに演じ、観客を感動させたのである。
この日の公演では熱狂した観客のブラボーの声に鼓膜が破れるかと思うほどだった。当日はヘイワードのデビューを観に英国5大新聞の批評家の何人かもROHに招待されていた。

1804london03.jpg ヘイワード 1804london05.jpg ヘイワード、キャンベル 1804london06.jpg キャプション
1804london08.jpg フランチェスカ・ヘイワード、アレクサンダー・キャンベル

イギリスの舞台評論家やROHに各演目を全配役で観に来るような熱心なファンは、エラやヘイワード、ヤスミン・ナグディとマシュー・ボールといった若手ダンサーのデビューを大変楽しみにしていたわけだが、一般的に最も高い期待が寄せられていたのは、ナターリア・オーシポワとデイヴィッド・ホールバーグ共演の2公演(3月1日と9日)でろう。
このペアは当初2月19日に舞台写真家を招待しての公開ドレス・リハーサルにも登場する予定であったが、この時はオーシポワの体調が優れず両人ともに降板。当日朝10時を過ぎてからの配役変更に舞台写真家たちは失望の色を隠しきれなかった。イギリスを含むヨーロッパは2月末〜3月第1週にかけて大寒波に襲われ、特にオーシポワ・ホールバーグ組公演初日の3月1日は大雪のため、交通機関が混乱を極め自宅を離れることが出来ない人たちも多かった。そんな中、何としてもこの2人の共演を観ようとROHに集まった観客は、1幕は無事2大スターによる共演を観ることが出来た。だが2幕が始まる前に芸術監督のケヴィン・オヘアがカーテンを下ろした舞台上にマイクを手に現れ「1幕を公演中にホールバーグが故障し、2幕を踊ることが出来ない」と告げ「2幕はファースト・ソリストのマシュー・ボールが踊る」と発表。観客は急遽オーシポワとボール組で2幕を観ることになった。その後ホールバーグは帰国し、9日の公演もオーシポワとボール組で行われた。
オーシポワとホールバーグは4月5日と16日にもロイヤル・バレエの『マノン』で共演予定。ホールバーグは足を痛めた後、母国アメリカに帰国しているが、4月は無事デ・グリュー役を踊ってくれるのだろうか? 6月に予定されているロイヤル・バレエの新『白鳥の湖』全幕の配役が発表されたが、この演目でオーシポワの相手役を務めるのはマシュー・ボールである。
(2018年2月5日、9日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス)

1804london09.jpg マシュー・ボール 1804london10.jpg マシュー・ボール 1804london11.jpg クレア・カルバート(ミルタ)