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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2016.04.18]

平野亮一のアルブレヒト、高田茜のジゼルがコヴェント・ガーデンの舞台を飾った

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
Giselle Choreography Marius Petipa after Jean Coralli and Jules Perrot , Production, Additional choreography Sir Peter Wright
『ジゼル』ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー:原振付、マリウス・プティパ:振付、サー・ピーター・ライト:追加振付、演出

英国ロイヤル・バレエは、2月26日〜4月15日まで、ピーター・ライト版の『ジゼル』を16公演を行った。
本拠地ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の初日には、ナターリア・オーシポワとマシュー・ゴールディングが予定されており、ゴールディングはアルブレヒト役のデビューだったが、ドレス・リハーサル(非公開)で、オーシポワが足の怪我に倒れ、初日を降板した。
サラ・ラムが代役に入り、ゴールディングの相手役を務めた。27日はスティーヴン・マックレーとヤーナ・サレンコが主演。バレエ団はその翌日2月28日からシーズン半ばの休暇に突入。幸いにもオーシポワの怪我は軽傷だったようで、その後の公演日には舞台を務め、早くからオーシポワのジゼルを観ようとチケットを購入していたファンを安堵させた。

london1604a_06.jpg オーシポワ
photo/Angela Kase

欧米は春に土日を挟んで4日間の連休がある。イエス・キリストが死後復活したことを祝う復活祭=イースターである。この4連休は移動祝祭日のため、その年によって時期がまちまちで、今年は3月25日〜28日の4日間が連休となった。敬虔なクリスチャンの家庭では、この時期イエスと彼の復活に想いを馳せ、バチカンのローマ教皇のイースターのメッセージに耳を傾け、家族で食事をしたり、イースターのイベントを楽しむなどして過ごすのが習わし。ただイギリスの場合は中世の国王ヘンリー8世が何度もの結婚を希望した関係で、国教をカソリックからイギリス国教会に変更。そのためヨーロッパでも大陸諸国のようなカソリック人口を持たない。またロンドン他の国内の大中都市は、人種のるつぼでキリスト教信者の白人以外の人種も多いため、この時期の宗教色は大陸諸国よりかなり薄く、単なる大型連休として国内外を旅行したり、家でのんびりする人々が多い。ROHも25日のグッド・フライデーと日曜日のイースター・サンデー以外は公演を行っていた。
イースターの連休最終日の3月28日(月)イースターマンデーには、昼夜2公演が予定されており、2時からは高田茜とティアゴ・ソアーレス組で、高田のジゼル・デビュー公演、夜7時からは、当初サラ・ラムとルーパート・ペネファーザーが予定されていたが、シーズン開幕直前にペネファーザーが突如退団したため、平野亮一がアルブレヒトでラムと共演することになっていた。
『ジゼル』の公演チケットはどの公演も早くから完売。28日に高田と平野主演の2公演を観ようと、朝10時からROHチケット売り場で売りに出される当日券(各公演44枚)の1枚を購入すべく奔走したが、同じ思いのロンドン在のバレエ・ファンや「ロンドン滞在中にロイヤル・バレエの公演を観たい」という観光客多数に阻まれ、夜の公演チケットしか手に入らなかった。

london1604a_04.jpg ナタリア・オーシポワ、マシュー・ゴールディング
photo/Angela Kase
london1604a_05.jpg ナタリア・オーシポワ、マシュー・ゴールディング
photo/Angela Kase

7時からサラ・ラム、平野亮一主演公演を観る。
ロイヤル・バレエの男性ダンサーの中でも最も背の高いグループに属する平野は、プロポーションの良さと確かなサポートを評価され、マクミラン版『パゴタの王子』のタイトル・ロールや『くるみ割り人形』の王子役を踊っている。
平野のアルブレヒトは、1幕の登場場面より体の美しいラインが印象的で、かつ貴公子らしい品性にあふれ、ジゼルに対してはたいへん優しくロマンチックな恋人であった。その一方、冒頭で従者ウィルフレッドに「立ち去れ」と命じるマイムの場面では腕を一振りするだけで気高い身分を印象付ける毅然さがあった。1幕の最後のジゼルの死にあたっては、驚き、嘆きながらも、その演技にはロイヤル・バレエの王子役ダンサーらしい節度あるものであった。
サラ・ラムのジゼルは、たくさんの村娘が佇む舞台にあって、ひときわ美しく恥じらう姿も初々しい10代の娘そのもの。長身の平野との並びも良く2人して物語の世界を良く体現した。

2幕のパ・ド・ドゥでは、平野の頼もしいサポートが精霊となったラム扮するジゼルを夜の闇に軽々と浮かび上がらせ、漂わせる浮遊感を可能にした。アルブレヒト役はこれまで平野がロイヤル・バレエと共に踊った王子役の中でも最もロマンティックな物語。この役を好演したことで平野は、バレエ団上層部や英バレエ関係者に自らの貴公子ダンサーとしての資質を存分にアピールしたといえよう。

london1604a_03.jpg ジゼル/高田茜
photo/Tristam Kenton

4月9日は前日に奇跡的にチケットが取れ、高田茜の3度目のジゼル主演公演を観ることが出来た。
高田は当初3月28日昼と4月9日の2公演を主演予定であったが、4月1日ジゼルを踊るはずであったラウラ・モレーラの代役として急遽ネマイア・キッシュと共演。私がこの舞台評を書いている時点で3度の主演を務め終えた。
1幕の高田のジゼルは瑞々しい若さと、しとやかな女らしさが印象的な繊細な美少女であった。花占いの結果を気に病む姿は薄幸そうで、踊っている途中に胸が苦しくなる様子は、観客にその命の炎が長くは続かないであろうことを予感させた。長い手足を存分に生かし、大小の跳躍の1つ1つに音楽が宿るようなパフォーマンスは、他の主演者の誰にも似ていない高田独自の個性でたいへん美しかった。狂乱の場面も哀れでいじらしく、信じていた恋人の裏切り、という事実を、その繊細な心は受け入れることが出来ず壊れてしまい、彼の剣を手に取り胸に突き立てて自らの命を絶ってしまった。

2幕では精霊ウィリとなった高田のジゼルは、超人的な浮遊感にあふれ、小林ひかる扮する厳格なウィリの女王ミルタからアルブレヒトをよく守った。これまでロイヤル・バレエと共に様々な作品の主役を踊ってきたが、ジゼルは最も似合いの役柄でファンや関係者に「もう一度この作品で彼女を観たい」と思わせる魅力がある。平野のアルブレヒト、高田のジゼル共に6月に予定されている日本公演では見ることが出来ないのが残念でならない。

london1604a_01.jpg ジゼル/高田茜 photo/Andrej Uspenski

日本公演の『ジゼル』初日は、マリアネラ・ヌニェズとワディム・ムンタギロフがつとめる。この2人の4月6日の公演の模様は一部の映画館でライブ上映され、チケット完売のため、生の舞台を見ることが出来ないバレエ・ファンやコベントガーデンに足を運ぶことのできない遠隔地在住の舞台ファンの目を楽しませた。
ヌニェズの健康的な個性は村娘らしく、艶やかな姿は貴族の若者に心を寄せられるというストーリーを体現している。ムンタギロフはイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)やロイヤル・バレエ、またABTや日本の新国立劇場バレエなどと共に、様々な作品の主役を踊っているが、当たり役は何といってもアルブレヒトである。
圧巻はミルタに命じられ命尽きるまで踊り続けなければならない2幕のソロの数々。アントルシャをはじめとする跳躍の数々は夜の闇の中に鋭く冴えわたり、観る者に踊り手としての技量の高さを強く印象付ける。その壮絶な踊りは物語に導かれてのことゆえあくまでも芸術的に始終するのである。技のみならず役の解釈や自然な演技と共に、ムンタギロフによる『ジゼル』のアルブレヒトは現在世界で並ぶもののない名演として、必見といえよう。

4月6日ヌニェズ、ムンタギロフ主演公演当日にヒラリオンを踊ったのはベネット・ガートサイド、1幕のペザント・パ・ド・ドゥを含むパ・ド・シスは崔 由姫、アレクサンダー・キャンベルを中心にフランチェスカ・ヘイワード、ヤスミン・ナグディ、アクリ瑠嘉、マルセリーノ・サンベらバレエ団の精鋭が務めた。ウィリの女王ミルタはイッツアー・メンジザバル、モンヤはオリヴィア・カウリー、ズルメはベアトリス・スティックス・ブルネルであった。

3月28日夜のラムと平野の主演日にミルタを踊ったのは小林ひかる、モンヤは金子扶生、ズルメはクレア・カルヴァートであった。

london1604a_02.jpg ジゼル/高田茜 photo/Tristam Kenton

4月9日、高田とソアーレス主演日は、アルブレヒトの従者ウルフレッドをエリコ・モンテス、ヒラリオンをトマス・モックら期待の新人がつとめた。またクールランド大公はトマス・ホワイトヘッドで、1幕で身分を偽りながらジゼルに近づいたソアーレス扮するアルブレヒトを嫌悪する彼独自の役の解釈で、作品に奥行きと充実を与えていた。この日のペザント・パ・ド・ドゥはをヤスミン・ナグディとマルセリーノ・サンベ。パ・ド・シスの男性の1人として2世ダンサーのテオ・デュブロイが出演。若者らしさと将来性を奮って観客の目を楽しませた。デュブロイの父は元サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ)のキャラクター・ダンサーでその後、同バレエ団の指導者として若かりし日のツァオ・チーを指導したアラン・デュブロイ、母は同バレエ団のプリンシパルとして『雪の女王』のタイトル・ロール他を踊って一世を風靡した美人バレリーナのサミア・サイディ(現イングリッシュ・ナショナル・バレエ・スクール指導者)である。母親似の日本人好みの美少年であるデュブロイは、日本公演でもパ・ド・シスなどに配役されれば、日本の女性ファンの間で人気を博するのではないだろうか。
(2016年3月28日(夜)、4月6日、9日 ロイヤル・オペラ・ハウス。オーシポワとゴールディング主演の舞台写真は2月末の非公開ドレス・リハーサル)