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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2015.03.13]

オーシポワ、ゴールディング、ムンタギロフがデビューしたロイヤル・バレエ『オネーギン』

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
"Onegin" Choreographed by John Cranko 『オネーギン』ジョン・クランコ:振付

英国ロイヤル・バレエは、1月24日〜2月27日までジョン・クランコ振付『オネーギン』を5配役により16公演を行った。
今回の再演はバレエ団の5人のプリンシパルが主役・準主役デビューを飾ることから、英国バレエ関係者やファンの間で早くから話題となっていた。
ロシア人プリンシパルのナターリヤ・オーシポワとバレエ団唯一のイギリス人女性プリンシパルであるローレン・カスバートソンがタチアナ役を、カナダ人のマシュー・ゴールディングとアメリカ人のネマイア・キッシュの男性プリンシパル2名がタイトル・ロールのオネーギンを、ロシア人男性プリンシパルのワディム・ムンタギロフがレンスキー役でデビューするということになった。
特にロシア人であるオーシポワとムンタギロフが、どのようなタチアナとレンスキー像を作り上げるのか? それに対してイギリス人であるカスバートソンのタチアナは? と、英国バレエ・ファンの間で話題はつきず、熱心なファンは早くから複数の配役のチケットを購入していた。バレエ団内では主役・準主役級ダンサーに怪我人が続出していたにもかかわらず、最終的にはカスバートソン以外、皆無事デビューを遂げることが出来、ファンを喜ばせた。

london1503a_04.jpg ヌニェズ、平野亮一
photo/Angela Kase(すべて)

再演初日1月24日夜の部のムンタギロフのレンスキー役デビューと30日のオーシポワとゴールディング組デビュー、入団3年目の新人ドナルド・ソムが2度目のレンスキーを踊った2月18日の公演を観る。
1月24日夜にオネーギンとタチアナを踊ったのはティアゴ・ソアーレスとマリアネラ・ヌニェズ、オリガをファースト・ソリストの高田茜、レンスキー役をムンタギロフが踊った。
物語バレエの傑作『オネーギン』の主役・準主役を踊るのは世界のトップ・ダンサーの夢である。だがオネーギンとタチアナについては難役としても知られ、踊り手には完成されたバレエの基本と芸術性・音楽性・演技力、そして何よりもカリスマ性が必要である。また1・2幕と3幕での役の演じ分けや男性ダンサーにとっては難解なリフトやパートナーリングをこともなげに披露する技術も必要とされる。
ソアーレスとヌニェズは夫婦でこの作品の主役デビューを遂げて以来、オネーギンとタチアナ役で好評を博し、2人にとって全幕作品の代表作となっている。
大人びた容姿と健康的で闊達な雰囲気を持つヌニェズが、この作品デビュー当日に小説の世界に没入した夢見がちな少女として舞台に現れた時は、バレエ関係者やファンを大いに驚かせた。今回は再演では妹オリガとの姉妹愛が以前にも増して豊かに表現されていたし、決闘直後にレンスキーを殺めた罪悪感におののくオネーギンに向ける視線にも深い憐憫の情が見られるなど、作品をより味わい深い物にしていた。
作品最大の見どころである1幕の夢の中でオネーギンとタチアナが踊るパ・ド・ドゥや、3幕の再会と別れのパ・ド・ドゥなどに夫婦ペアならではの強みが発揮され、難解なリフトやパートナーリングが盛り込まれたこれらのデュエットには一切破綻がなく、ドラマ満載のこの作品を良く御して演じ踊った。

london1503a_02.jpg 高田茜、ムンタギロフ london1503a_03.jpg 高田茜、ムンタギロフ
london1503a_05.jpg ムンタギロフ

高田がオリガ役でデビューした時の相手役(レンスキー)はスティーブン・マックレーであった。今回ムンタギロフと組む高田を観ることで、改めてこの2人が似合いのペアであることが明らかになった。2人それぞれが持つおおらかな芸風や作品の準主役を演じながらも常に節度がある姿は、英国バレエの総本山コヴェントガーデンでは大いに敬われる資質である。幸せな恋人同士として舞台に登場するオリガとレンスキー役は2人に良く似合う上に、演舞の端々に2人の人柄の良さがうかがえる好感度の高いペアである。
高田のオリガは1幕の女性群舞を従えてのソロに華があり、品性やしっとりとした女性らしさがあふれ魅力的である。ムンタギロフと踊るデユエットでは2人の空間使いの大きさや優れた音楽性が発揮され見ごたえがあった。
ムンタギロフは、決闘前のソロで見せたエレガントな腕使いや爪先立ってのアラベスクのラインの美しさや身体のコントロールの巧みさ、オリガ役の高田へのパートナー技術の充実、そのどれもがデビュー公演とは思えないレベルにあり、バレエ関係者やファンの期待を大いに上回る舞台を披露した。

london1503a_01.jpg ムンタギロフ、ソアーレス、ヌニェズ、高田
london1503a_06.jpg オーシポワ

1月30日のオーシポワとゴールディングのデビューもまた素晴らしかった。
今シーズンのオーシポワは、アシュトン振付『田園の出来事』を主演したあたりから演技に大変な成長がうかがわれたため、タチアナ役を踊る準備は出来ているだろうと思われた。ただ幼く見える容姿の持ち主だけに、3幕の成長し貴婦人となったタチアナのろうたけた雰囲気が出せるのかどうか? またゴールディングについて言えば野性的な持ち味のダンサーだけに、オネーギンの都会的な洗練や優美さを醸し出せるのか? という思いがあった。
1幕、オーシポワ扮するタチアナは本の世界に没頭し、オリガや母がパーティの話題で盛り上がっているのに気付いていない。大人の雰囲気を漂わせるオネーギンに一目で魅了されるが、初めて知る恋とオネーギンへの強い思慕はタチアナをがんじがらめに支配し、彼の前では思いのままに振る舞ったり言葉で上手に自分を表現することが出来ない内気な少女だ。

london1503a_07.jpg オーシポワ、ゴールディング

ゴールディングのオネーギンは登場から男らしい存在感にあふれ、1幕では長い手足が優美なソロを紡ぎ、関係者や観客に自らの持つ芸術性の高さと踊り手としての充実を大いに印象付けた。
オーシポワはボリショイ時代の技術編重のバレリーナであったことを、観客に片鱗も感じさせない演技中心の役作りを見せたが、夢の中で鏡から抜け出したオネーギンと踊るパ・ド・ドゥや、2幕でカードの独り遊びをするオネーギンの関心を引こうと踊るソロには、このバレリーナの持つ身体能力の高さもまた大いにうかがえた。3幕グレミン公爵の妻としてペテルブルグに暮らす成長したタチアナを踊るにあたっては舞台メイクにも工夫を凝らし、1・2幕との役の演じ分けについて大いに考えて臨んだ後がうかがえ、女らしさと落着きを表現した。
ゴールディングのオネーギンにはペーソスがあふれ、決闘でレンスキーを殺めた後の苦悶や、3幕でタチアナと再会した後、彼女に愛を乞う姿には、女性なら誰もが手を差し伸べたくなる魅力があり、観客の心を掴んで離さなかった。

london1503a_11.jpg ポール、ナグティ、オーシポワ

オーシポワ、ゴールディングと共にオリガとレンスキーを踊ったのは、ソリストのヤスミン・ナグディと群舞のマシュー・ボールであった。2人ともロイヤル・バレエ・スクール(RBS)の初・高等科で学びバレエ団に入団した生粋の英国ロイヤル・スタイルの申し子たちである。
2010年入団のナグディは前回の『オネーギン』再演の際にオリガ役でデビューしている。入団2年目のボールにとってはこの日が全幕物の準主役デビューで、それもレンスキーという難役でのお目見えであることから、古くはバレエ学校の初等科時代に『くるみ割り人形』フリッツを披露してより、彼の成長を見守り続けたイギリスのバレエ・ファンや関係者の期待が寄せられていた。
ボールは容姿に優れノーブルなレンスキー役が良く似合う。踊り手としても新人ながらにソロ、パ・ド・ドゥと破綻無く、何よりも感情表現が細やかで、決闘の前の若き詩人の心の葛藤や苦悶を描いて見事で、今後の活躍が期待される。
ナグディは前回のデビュー以上に闊達なオリガを演じ、オーシポワと姉妹と言う設定も自然で、この配役の魅力を高めた。
ゴールディング、オーシポワ組の『オネーギン』は、主役2人の技量、演舞のレベルのさで圧倒的な舞台となり、当日ロイヤル・オペラ・ハウスに集まったファンに絶賛された。特にオーシポワの変貌には。このバレリーナが英国ロイヤル移籍後、どれだけバレエ団の主要演目を踊るにあたって女優バレリーナたろうとしたか、その努力と研鑽の後がうかがえた。また準主役を生粋のロイヤルっ子であるナグディとボールが踊り好演したのもバレエ学校とバレエ団の明るい未来を予感させ、実力のある若手を積極的に起用し成長を促そうという現芸術監督ケヴィン・オヘアの手腕に感心した。

london1503a_08.jpg オーシポワ london1503a_10.jpg オーシポワ
london1503a_13.jpg ゴールディング london1503a_15.jpg オーシポワ、ゴールディング

2月18日の公演は、オネーギンにフェデリコ・ボネッリ、タチアナをラウラ・モレーラ、オリガを崔由姫、レンスキーにドナルド・ソムが予定されていたが、崔が怪我で降板したためヤスミン・ナグディが代役をつとめた。
モレーラ・ボネッリ組と言えばマクミランの『マノン』などで、観客を感動の渦に引きずりこむ素晴らしいパートナーシップで知られ、『オネーギン』もデビュー公演から、両名による役の優れた解釈と優れた感情表現や躍動感あふれるパ・ド・ドゥで知られている。
ロシアや東欧出身の原作に深い思い入れを持つ熟年バレエ・ファンの間では「ボネッリのオネーギンは役特有の冷たさが欠如しており良い人すぎる」とも言われてきた。
ボネッリのオネーギンは登場より品性よくエレガントで優し気であり、本を愛する夢見がちな少女が初恋に心を焦がす全ての魅力を備えた男性である。そのオネーギンが1幕で自分の腕をすり抜け、暗い目をして1人憂愁のソロを踊る場面で、少女はオネーギンの心に潜む闇を感じとり、自分の愛で彼を癒し幸せにしたいと願うのである。
優しく礼儀正しいボネッリのオネーギンには、タチアナも観客も「彼なら自分の気持ちを受け入れてくれるに違いない」と夢を描きがちで、よもや舞踏会の宵に自分が書いた恋文を破られ、幼い恋を諌められるとは思いもしない。女性にとって最も手が届きそうでいながら、最も手の届かない謎めいた男性なのである。
モレーラのタチアナは聡明で意志的。恋文を書く姿には知的があふれ、自分の想いの丈をどんな美文で表現したのか、思わず手紙に目を通してみたいと思わせる魅力がある。2幕で1人カード遊びをし、自分に目もくれないオネーギンの関心を惹きつけようと踊るソロは、表現力豊かで強弱のアクセントに少女の心のゆらめきやおののきを描いて見事だ。
今回レンスキー役に抜擢されたドナルド・ソムはカナダ出身。2008年のユースアメリカ・グランプリのファイナリストとして数々のスカラシップを貰う。その後ロイヤル・バレエ・スクール高等科のオーディションを受け合格後3年留学。2012年にロイヤル・バレエ団に入団している。中劇場リンバリー・スタジオ・シアターで上演された『ヘンゼルとグレーテル』のサンドマンを、スティーブン・マックレーと共に踊って注目を集め、昨年末は大劇場の『不思議の国のアリス』で帽子屋マッドハッターを踊っている。
ソムのレンスキーは登場より貴族的な雰囲気に満ちており、節度のある演舞で好感度が高い。踊り手としては基本がしっかりしており、身体のコントロールが巧みで、1・2幕のレンスキーのソロでは美しいラインと豊かな音楽性を披露していた。演技者としても激情迸らせるというよりは抑えた演技を見せながら観客に強い印象を残す、年齢に似合わぬ落ち着きがある。これまでサンドマンやマッドハッターなど、顔にマスクをつけたり派手なメイクを施した役を踊っていただけに、今回初めて彼の素顔を見たというファンや関係者も多かった。素顔は色白に柳眉、長身の若者である。
ボネッリのオネーギンと言えば2幕でオリガと踊るデュエットの音楽性やパートナーリングが見事で、大きな見どころとなっているが、代役としてオリガを踊ったナグディとは十分なリハーサル時間がとれなかったせいか、いつものような冴えが見られず、予定されていたボネッリと崔由姫であれば素晴らしい場面になったかと思うと残念でならなかった。
(2015年1月24日夜、30日、2月18日 ロイヤル・オペラ・ハウス)

london1503a_09.jpg オーシポワ london1503a_12.jpg ポール london1503a_14.jpg ガートサイド、オーシポワ
photo/Angela Kase(すべて)