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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2014.12.10]

ロイヤル・バレエ『マノン』でムンタギロフがデュ・グリュー役デビューを見事に踊った

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
"Manon" by Knneth MacMillan 『マノン』ケネス・マクミラン:振付

ロイヤル・バレエは2014・15のバレエ・シーズン幕開けを、マクミランとアシュトンというバレエ団ゆかりの巨匠振付家2人の作品で飾った。
開幕作品はケネス・マクミラン振付の『マノン』で、9月26日〜10月16日まで9配役18回公演。その後にフレデリック・アシュトン振付小品4作品による「アシュトン小品集」を10月18日〜11月12日まで7公演行った。

london1412a_02.jpg photo/Angela Kase(すべて)

9月26日のシーズン初日と10月16日の映画館ライブ当日を踊ったのは、マリアネラ・ヌニェズとフェデリコ・ボネッリ。他ラウラ・モレーラとネマイア・キッシュ、ロベルタ・マルケスとスティーヴン・マックレー、ナターリヤ・オーシポワとカルロス・アコスタ、フランチェスカ・ヘイワードとエドワード・ワトソン、サラ・ラムとワディム・ムンタギロフ、メリッサ・ハミルトンとマシュー・ゴールディング、ゼナイダ・ヤノウスキーとロベルト・ボッレという魅力的な配役が並んだ。
英バレエ・ファンの間では入団4年目の新人ヘイワード、美貌のファースト・ソリストであるハミルトン、昨シーズンに移籍してきたゴールディングとムンタギロフのデビューと夏のバレエ団モスクワ公演でマノンを踊ったオーシポワのイギリスでのタイトル・ロール・デビュー、久しぶりにロイヤル・バレエに客演するロベルト・ボッレのデ・グリュー主演が話題であった。
10月5日のムンタギロフ、13日のハミルトンとゴールディングのデビュー公演を観る。
ムンタギロフの相手役はサラ・ラム。当初はイギリス人プリンシパルのローレン・カスバートソンと共演予定で夏からリハーサルを重ねていたのだが、カスバートソンが再び足の怪我に倒れたため、シーズン開幕直前になって相手役が変更になるというハプニングがあった。全幕主演デビューを控えるダンサーにとって直前の相手役変更は、それまでの準備がほとんどすべて白紙に戻ることを意味する。特に男性ダンサーにとってはパートナーリング面を一からやり直さねばならない。移籍以来『眠れる森の美女』『冬物語』などの全幕作品に自らの美質を発揮し、英バレエ関係者やファンから高く評価されてきたムンタギロフの新シーズン初の全幕デビューは、そういった不安要素の多い中で行われた。
1幕、舞台に登場したムンタギロフは手に持った本に没頭し、心ここにあらずといった神学生の風情で、他の様々な登場人物とは一線を画して見えた。その後、マノンと出会い、美しい彼女に心奪われ、自らの想いを告白する第1ソロを踊る。デ・グリュー役を世界初演したアントニー・ダウエルの魅力を観客に知らしめるべく振付られたロマンティックで静謐な魅力に満ちたこのソロは、ダンス技術を盛込んだ煌びやかなソロの対極に位置し、ラインの美しさとバランスといった身体のコントロールや品性で見せる物。地味でありながら踊り手が真のダンスール・ノーブルであるかどうか、英国ロイヤル・バレエのスタイルを体現できるダンサーなのか否かが、関係者やバレエ・ファンの目に明らかになる見どころの1つである。

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デビュー当日のムンタギロフは、ソロ冒頭にやや緊張が見られたものの、持ち前のラインの美しさと品性の良さをにじませ、椅子に座るマノンの面前でピルエットをするソロ最後の旋回では、途中から軸足の膝を折るなどして自分らしさをもアピール。微笑めば10代後半の純朴な神学生そのものの雰囲気を持つムンタギロフのデ・グリューには、清らかさと儚さを備え持ち、その美しさ故に悲しい運命を辿るラムのマノンが良く似合い、出会いの場面の2人は観客に初恋の甘やかさや切なさを思い起こさせた。
2幕、高級娼婦の館での風景に続いて今ではムッシューGMの若き愛人となったマノンが、毛皮やドレス、宝飾品を身にまといGMに手を引かれて現れる。レスコーと共に娼館を訪れたデ・グリューは、通常この幕の前半では遠くからマノンを見つめ1人苦悶するのみだが、ムンタギロフ扮するデ・グリューは、自分の物であったマノンを金の力で手籠めにしたGMに、激しい嫉妬の眼差しを送るといった彼独自の役の解釈と表現を見せ、この作品のデビューにあたり時間をかけて熟考し準備したことをうかがわせた。
この日のムンタギロフは幕を追うごとに演舞に冴えわたっていった。3幕冒頭で髪を切られ衰弱し、見る影もなくなったマノンを守り抜こうとする優しさ、看守に連れ去られた彼女を1人追う場面の身体のラインの美しさ、凌辱されるマノンを救いたいばかりに衝動的に看守を殺めた後の慄き、足の弱ったマノンとともに沼地を彷徨い、彼女の死に激しい慟哭を見せる作品のクライマックスまで、演技、ダンス技術と持ち前のパートナーリングの巧みさも相まって、当日の舞台を観ていた関係者の多くがデビューでありながら完璧とも思える舞台に心を奪われたのであった。
当日はムッシューGMをギャリー・エイヴィス、高級娼婦館のマダムをジェネシア・ロサート、牢獄の看守はトマス・ホワイトヘッドとベテラン勢が脇を固め、日本出身のダンサーはレスコーの愛人を崔由姫、1幕の泥棒の首領をアクリ瑠嘉が踊った。
愛欲、金、出世といった己の欲に目がくらんだ多数の登場人物の中にあって、ムンタギロフとラムの2人は悲しい程に純粋で、純粋であるがゆえに堕ちてゆく様子は殊更哀れであった。

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10月13日、美貌のファースト・ソリスト、メリッサ・ハミルトンと先シーズン、オランダ国立バレエより移籍のマシュー・ゴールディングのデビュー公演の布陣は、レスコーをベネット・ガートサイド、レスコーの愛人を美人ソリストのクレア・カルヴァート、高級娼婦館のマダムをクリステン・マックナリー、GMと看守、泥棒の首領は5日と同じくエイヴィス、ホワイトヘッド、アクリがつとめた。
1幕の登場場面のハミルトンは無邪気な美少女。ゴールディングは本を持って登場するも神学生の雰囲気は希薄で、どちらかというと地方から花の都のパリに出てきたばかりの男といった風情。
ゴールディングは第1ソロのアラベスク他のポーズのバランスが決まらず、改めて登場直後のこのソロがいかにデ・グリュー役でデビューする男性ダンサーにとって難しいかを実感した。ただゴールディングも旋回技に優れることから最後のピルエットは闊達で、ムンタギロフ同様軸足を曲げてハミルトン=マノンの前に静かに片膝をついて頭を垂れ、自らの想いを告げた。
情熱的なゴールディングと美しいハミルトンの出会いのパ・ド・ドゥは大いに盛り上がって終わったが、ハミルトン扮するマノンはムッシューGMに毛皮や宝石を見せら、兄のレスコーに言いくるめられると、デ・グリューとの契ったこともまるで忘れてしまったかのように、あっさりとGMの愛人になることを承諾し、マノンを主演する多くのバレリーナがするようにベッドに頬をそえデ・グリューとの別れを惜しむこともなく舞台を後にした。1幕のハミルトン=マノンはGMとレスコーが共に現れるまで、自分が周囲の男たちを狂わせる魅力を持っていることに気づいておらず、たくさんの男たちから寄せられる関心を驚きながらも楽しんでいる様子であった。
この日レスコーを踊ったのはベネット・ガートサイド。最近では『冬物語』の主役(セカンドキャスト)で強い印象を残した95年入団のベテランである。だが長いキャリアを通じてレスコーのような色悪を踊ったことがほとんどなかっただけに、彼の名前を見た時は何かの間違いではないか? とさえ思ったものだ。実際幕開けから登場直後は静かな感じが勝り、全く悪い男には見えない。それが1幕の最後でデ・グリューの腕をねじあげ床に金貨をばら撒く場面にたいへんな凄味と存在感があり、実は今回配役されたダンサー中最も恐ろしいレスコー役者であることに気が付いた。体型的にもマノン役のハミルトンや長身のゴールディングと並びが良く、2幕でマノンに「デ・グリューとの愛に生きたい」と泣かれ、いかさまトランプのカードを渡す場面には妹想いの兄らしい包容力を滲ませ、魅力的であった。

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この配役で最も興味深かったのはマノン役のハミルトンとレスコーの愛人役のカルヴァートが、2幕でムッシューGMの寵愛を競って小競り合いを見せたことであった。1幕でレスコーの愛人はレスコーにそそのかされてGMを誘惑しようとするが、その後GMの関心がマノンに移ったことを嫉妬しているという設定。美しく着飾ったマノンとレスコーの愛人が嫉妬にかられてGMの寵愛を争う「マノン」というのは、長くロイヤル・バレエを見続ける私にとっても初めての体験で新鮮であったし、2幕の華やかな高級娼館の場面でメランコリックな美貌を持つハミルトンとカルヴァートが小競り合いをみせる姿は、この作品に良く似合いもした。
美貌のながら、どこか影のあるハミルトンは、『マイヤリング うたかたの恋』のマリー・ヴェッツラ、『オネーギン』のオリガやジュリエットといった薄幸のヒロインが良く似合う。運命に翻弄され、男たちの慰み者となって若い命を花と散らすマノンも彼女には良く似合い、特に3幕は涙を誘った。ハミルトンは2幕の最後レスコーが殺される場面では真実の涙を見せるなど、2・3幕は役に入り込んでいた様子で、カーテンコールで観客や関係者より大きな拍手を送られても、なかなか現実世界に戻ってこれずにいる様子であった。ゴールディングは大味ながら、パートナーリング技術でハミルトンを良く支えた。
ジュール・マスネのスコアのオーケストレーションと指揮はマーティン・イエイツ。10月5日、13日ともに第1幕のテンポがゆるく、観客の耳には美しく響くのだが一部のダンサーは踊るのに難儀した様子であった。
ケヴィン・オヘア芸術監督就任後のバレエ団は、過去2シーズン全幕作品のチケット入手が困難というたいへんな人気であった。だがなぜか新シーズン開幕作品『マノン』はオシポワとアコスタ主演日以外はどの日もチケットが売れず、多数の得チケが売り出された関係でロイヤル・オペラ・ハウスの1、2階の多くの席が「一見さん」で占められ、館内の雰囲気がいつもと違っていたのが常連ファンや関係者にとっては残念であった。
(2014年10月5日、13日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス)

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写真に登場する人々
マノン    :マリアネラ・ヌニェズ
デ・グリュー :フェデリコ・ボネッリ
レスコー   :リッカルド・セルヴェーラ
ムッシューGM:クリストファー・ソーンダース