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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2014.10.10]

シーズン開幕を華やかに彩るダンスとアートのイベントにロイヤル・バレエが初参加

デロイト・イグナイト14「サンプリング・ザ・ミス」
DELOITTE IGNITE14 "Sampling the Myth"

英国ロイヤル・バレエとロイヤル・オペラの本拠地であるロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)では、ここ数年、シーズン開幕に先立って大手会計事務所のデロイト社がスポンサーをつとめるダンスとアートのイベント、「デロイト・イグナイト」が行われている。

london1410a06.jpg デロイト・イグナイトのポスター(C)ROH

昨年まではロイヤル・バレエの常任振付家のウェイン・マクレガーが中心となり、コンテンポラリー・ダンス(現代舞踊)中心のプログラムを組んでいたが、今年はロイヤル・バレエと国立美術館(ナショナル・ギャラリー)のミンナ・ムーア・エデがキュレーターをつとめ、ロンドンや近郊在住のダンス・ファンや一般市民が、バレエとコンテンポラリー・ダンスのパフォーマンス、ビジュアル・アートやダンス映像、有名ダンサーとのトークやディスカッション、振り移しの過程を披露するデモンストレーションが無料や廉価で楽しめるような内容になった。

今年のテーマは「神話(ミス)」で、9月5日〜28日までギリシャ神話の「プロメテウス」と「レダと白鳥」にちなんだバレエやコンテンポラリー・ダンス、映像や絵画が、ROHの中・小劇場、クラッシュ・ルームやポール・ハムリン・ホール、アンフィ・バーなどのフォワイエなどで紹介されたりフィーチャーされた他、様々なイベントが行われた。
ROHは正面玄関がボウ・ストリートに面し、チケット売り場側にあるもう一つの入り口が、かつての花市場・青果市場で現在は数多くのブランド・ショップやレストランやカフェが林立する広場コベントガーデン・ピアッツァに面している。
イベント開幕前日の4日から最終日の28日まで、市民や観光客であふれるピアッツァ側の入り口付近と、その周辺のショップのウィンドー内では、ルカ・シルヴェストオリーニ振付の「プロメテウス」にちなんだセリフ付のパフォーマンスが行われた。4日のフリー・パフォーマンスの様子は初日5日の朝刊紙面で紹介されたし、イベント初日の朝にはピアッツァ側の入り口上に神話を具現化したビジュアル・アートが現れるなどしたことから、通常ROHにバレエやオペラを観に来ることのない一般市民や観光客を大いに触発、彼らの多くを劇場に誘致。ダンスやアート・ファンから一般市民に開放されたROHは期間中たくさんの老若男女であふれ、大いに賑った。

今年はロイヤル・バレエがこのフェスティバルに初参加し、9月5〜7日の3日間、中劇場のリンバリー・スタジオ・シアターで行われた、神話にちなんだバレエやダンスの小品と映像が楽しめる公演「サンプリング・ザ・ミス」に、人気のプリンシパルやソリスト、期待の精鋭多数を2配役で出演させた。またこの期間中の昼下がりには、ポール・ハムリン・ホールでフリー・イベントのトーク「白鳥になるまで」が予定され、バレエ団現プリンシパルのマリアネラ・ヌニェズと旧プリンシパルでマシュー・ボーンの『白鳥の湖』のスワンとストレンジャーを世界初演したアダム・クーパーが招かれ、バレエ団芸術監督のケヴィン・オヘアと話す企画もあり、バレエ・ファンの間で話題になった。
「サンプリング・ザ・ミス」が行われた中劇場リンバリー・スタジオ・シアターは席数が400弱。この公演ではロイヤル・バレエのプリンシパル、エドワード・ワトソンが、イギリス国内で初めてマシュー・ボーン振付『白鳥の湖』のザ・スワンを踊ることから、公演の詳細発表直後にチケットが完売となりファンをあわてさせた。だが公演は初日と最終日にROH内のポール・ハムリン・ホールと屋外のコベントガーデン・ピアッツァのスクリーンでライブ中継され、ROH内外に集まった観客に無料で公開された。また中日6日の公演はライヴ・ストリーミングされて、イギリス国内の地方都市やヨーロッパ近隣諸国、それ以外の国でパソコンの前で息をひそめている多数のダンス・ファンの元に届けられることになった。

london1410a01.jpg ロベルタ・マルケス「火の鳥」
Photo: Angela Kase by kind permission of ROH

「サンプリング・ザ・ミス」6日の公演を観る。
幕が上がってみるとダンス・パフォーマンスと映像が交互に紹介される内容で、フォーキン振付『火の鳥』の抜粋をロベルタ・マルケスとベネット・ガートサイドが踊った後、ロバート・ビネ振付、ディラン・テダルディ監督の映像『ホワイト・ラッシュ』が上演された。これにはカナダ国立バレエ団のダンサーたちが出演しており、ボリショイ・バレエから同バレエ団に移籍したスヴェトラーナ・ルンキナやジャック・バーティンショウ、エマ・ハウズ、フェリックス・パケが美しい映像と共に紹介された。続いてマシュー・ボーン振付『白鳥の湖』2幕より王子がスワンと出会う「湖畔の情景」が、エドワード・ワトソンとニュー・アドヴェンチャーズ期待の若手リアム・モウワーによって踊られた。その後ロイヤル・バレエの美貌のソリスト、クレア・カルヴァートと黒人ダンサー、エリック・アンダーウッドがかつては英ロイヤル・ファミリーが鹿狩りを楽しんだ広大なリッチモンド・パークの草むらで踊るダンス・フィルム、シャーロット・エドモンド振付『ザ・インディファレント・ビーク』の上演、ランベール・ダンス・カンパニーのダンサーで振付家のミゲル・アルタンガ振付の現代作品『ダーク・アイ』をアルタンガ本人とエス
テラ・メルロス、ハナ・ルードが踊るパフォーマンスが行われた。続いてアシュトン振付の『オンディーヌ』3幕より抜粋を崔由姫とヴァレリー・フリストフが踊り、その後、キム・ブランドストラップ振付、ゼナイダ・ヤノウスキーとトム・フランツェン主演のダンス・フィルム『レダと白鳥』が上映されるはずであった。だがリンバリー・スタジオ・シアター内のスクリーンは暗転してしまい、音声のみが空しく響くのみ。満場の観客と関係者は当初空しく暗闇の中で音声のみを耳に我慢していたが、途中で「技術的な問題により映像上映が出来ないため、上映を第2部の最後に延期する。」というアナウンスがあり、しばし幕間の休憩を楽しんだ。

london1410a02.jpg ルパート・ベネファザー「アポロ」
Photo: Angela Kase by kind permission of ROH

第2部はマリアネラ・ヌニェズの『瀕死の白鳥』にはじまり、サラ・ラムによるマクレガー振付『レイヴン・ガール』、フェデリコ・ボネッリのバランシン振付『アポロ』とロイヤル・バレエのプリンシパルによるソロが続いた後、アーカシュ・オデドラ振付、クリス・オフィーリがセット・デザインとダンサーへのボディ・ペインティングを担当した『アンアースト』が披露された。
この新作にはロイヤル・バレエの精鋭であるアクリ瑠嘉、アネット・ブーヴォリ、デイヴィッド・ドネリー、テオ・デュブロイ、イザベラ・ガスパルディーニ、マヤラ・マグリ、ハナ・グレネル、マルセリーノ・サンベの8人が参加。現代美術家オフィーリによるボディ・ペインティングのために、誰が誰なのかほとんど判別がつかなかったがフレッシュで若々しいパフォーマンスを披露し、当日リンバリーに集まったファンや関係者の目を楽しませた。当日はこの後バレエ団芸術監督のケヴィン・オヘアが舞台に登場し、満場の観客に「第1部で上映できなかったダンス・フィルム『レダと白鳥』をリンバリー内で上映するにはやはり問題があ
るため、10分後にポール・ハムリン・ホールのスクリーンを使って特別上映会を行うのでご足労願いたい。」と語りかけた。リンバリー・スタジオ・シアターはROH地下にあるため、観客は2階のポール・ハムリン・ホールまで階段を利用。スクリーンの前のフロアやソファに座り広々とした空間で上映された映像を楽しみ、帰路についた。
パフォーマンスでは崔由姫の『オンディーヌ』が可憐な妖精らしさと繊細な踊りで新鮮であったし、ヌニェズの『瀕死の白鳥』も格調が高く、この2人のバレリーナの成長と充実が大いにうかがえた。またクリス・オフィーリのボディ・ペインティングを施されたロイヤル・バレエの新鋭による『アンアースト』も総合芸術としてのバレエの魅力に満ちており興味深かった。映像ではカナダで活躍するスヴェトラーナ・ルンキナの美しい姿を見ることが出来た『ホワイト・ラッシュ』、10代の振付家シャーロット・エドモンドの作品をカルヴァートとアンダーウッドが踊った『ザ・インディファレント・ビーク』、ゼナイダ・ヤノースキーの大人びた魅力が光った『レダと白鳥』が美しく印象に残った。期待していたエドワード・ワトソンとリアム・モーアーのマシュー・ボーン版『白鳥の湖』の2幕からの抜粋は、ワトソン、モーアー共に好演したものの、作品の中でも地味な場面であることやリンバリー・スタジオ・シアターの照明がたいへん暗かったこともあって、やや不完全燃焼気味に終わったのが残念だった。家でライブ・ストリーミングを観ていたファンの多くも「照明が暗すぎて良く見えない作品があり残念だった。」とコメントして
いた。
「サンプリング・ザ・ミス」最終日7日は一部の作品がセカンド・キャストによって踊られた。『火の鳥』はヤスミン・ナグディとヴァレリー・フリストフ、『レイヴン・ガール』をメリッサ・ハミルトン、『オンディーヌ』をベアトリス・スティックス・ブルネルとニコル・エドモンド、『瀕死の白鳥』をメリッサ・ハミルトン、『アポロ』をルーパート・ペネファーザーであった。
ダンスとアート、文学(神話)について一般市民から愛好家までが無料や廉価で参加できる素晴らしいイベントが、約1か月近くもROHで行われたのは特筆に値する。筆者自身は忙しくフリー・トークやイベントのほとんどに参加できなかった。来年はデロイト・イグナイトの時期はスケジュールをあけておき、様々なイベントに参加して日本の読者の皆さんに発信できるよう頑張りたい。
(2014年9月6日 リンバリー・スタジオ・シアター。プロティンによるフリー・パフォーマンスは9月3日に撮影)

london1410a04.jpg ブロティン、屋外パフォーマンス
Photo: Angela Kase by kind permission of ROH
london1410a05.jpg ブロティン、屋外パフォーマンス
Photo: Angela Kase by kind permission of ROH