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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2014.07.15]

コジョカル/フォーゲル組の英国デビュー、そしてクリメントヴァ引退公演に5000人が感極まった

English National Ballet イングリッシュ・ナショナル・バレエ
"Romeo & Juliet" by Derek Dean 『ロミオとジュリエット』デレク・ディーン:振付

イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)は6月11日〜22日までデレク・ディーン版の『ロミオとジュリエット』を14公演行った。場所は(ハイド・パークに隣接する)ケンジントン・ガーデンズを望むロイヤル・アルバート・ホール(RAH)である。
バレエ団の芸術監督タマラ・ロホはかつてスコテイッシュ・バレエ、ENB、ロイヤル・バレエとイギリス国内の3つのバレエ団で踊った後、古巣のENBにダンシング・ディレクターとして戻った。彼女がスコティッシュ・バレエからENBに移籍した直後に踊って、ロンドンのバレエ関係者やファンにその名を知られるようになったのが、このRAHでのディーン版「『ロミオとジュリエット』。相手役はロベルト・ボッレであった。

london1407b01.jpg ロイヤル・アルバート・ホール
photo/Angela Kase

RAHは6000人を収容可能だが、今回は最上階(立ち見エリア)を閉め、5000人収容として使用した。場所はバレエ団本拠地にも、また長らく同バレエ団のパトロネスをつとめられた故ダイアナ妃がお住まいだった、ケンジントン宮殿からも至近距離である。
今回は初日をタマラ・ロホとカルロス・アコスタが飾った他、12日と14日(夜)をアリーナ・コジョカルとフリーデマン・フォーゲル、14日(昼)、19日と最終日をダリア・クリメントヴァとワディム・ムンタギロフが、21日(昼)を高橋絵里奈とアリオネル・ヴァルガスが踊るなど、全7配役。
6月12日のコジョカル/フォーゲル組のイギリス ペア・デビューと、22日のダリア・クリメントヴァの引退公演を観た。
昨年ミラノ・スカラ座バレエの日本公演でマクミラン版『ロミオとジュリエット』を踊り、初共演したアリーナ・コジョカルとフリーデマン・フォーゲル。ジュリエットといえばコジョカルの、そしてロメオといえばフォーゲルの当たり役である。日本で2人の共演を観てますます2人を好きになったバレエ・ファンも多かったと聞く。コジョカルとフォーゲル本人にとってもこの作品での共演は、互いのキャリアの中で特別な出来事であり、その後、再び『ロミオとジュリエット』を共に踊ることを熱望していた。

フォーゲルは過去にシュツットガルト・バレエのロンドン公演初日にクランコ版『ロミオとジュリエット』全幕を主演し、またENB前芸術監督ウェイン・イーグリング時代に何度もENBに客演しており、ロンドンのバレエ・ファンの間にその名を知られている。ENBデビューは、今回久しぶりに踊るディーン版『ロミオとジュリエット』で、場所はやはりRAHであった。この時はシュツットガルト・バレエのアリシア・アマトリアンとの客演。その後バレエ団がマクミランの『マノン』を上演した際に、当時デ・グリューを踊ることを熱望していたフォーゲルが1人で客演に訪れ、クリメントヴァや高橋絵里奈を相手役に全幕主演している。
今シーズンENBに電撃移籍したコジョカルにとってディーン版を踊るのはこれが初めて。イギリスのバレエ・ファンがコジョカルをRAHで観るのも初めてなら、フォーゲルとの共演を観るのもこれが初めてであった。
当日の配役はジュリエットをコジョカル、ロミオをフォーゲル、マキューシォをフェルナンド・ブッファラ、ベンヴォーリオをジェイムス・フォーバット、ティボルトをマックス・ウェストウェル、ロザラインをベゴニア・カオ、ヴェローナ王をマイケル・コールマン、キャピュレット夫人をジェイン・ヘイワース、ローレンス神父をルーク・ヘイドンがつとめた。
巨大なアルバート・ホールの円形舞台に佇むコジョカルはたいへん小さく、そしてより一層儚く見えた。ロイヤル・バレエのマクミラン版とは異なる赤、白、黒の衣装をまとう姿は新鮮で、少年の面影を残しながらも情熱的なフォーゲルのロミオに触発され、激しい恋に落ちてからは、ジュリエットとしての短い命の炎を燃やし尽くした。その姿はコヴェントガーデンの舞台で可憐な少女としてのジュリエットを踊っていた時とは異なり、彼女の両の目の中にフォーゲル演じるロミオへの激しい恋情の炎を見たように思えた。
同じプロコフィエフのスコアで同じ物語を踊りながら、相手役が異なることでこんなにも異なるジュリエットを観ることが出来るとは思わなかった。ハンブルグ・バレエへの客演や全幕新作の世界初演を経て、近年ますます踊る女優としての個性を深めるコジョカルの「真実の姿」は衝撃的ですらあった。
ENBはRAHでの公演に際しては大幅に人員を増員。今回も総勢120人が舞台に立ったのだが、コジョカルとフォーゲルの姿は、際立って見えた。
当日アルバート・ホールに集った5000人の観客の多くが、作品の終盤でローレンス神父からもらった薬を口にして仮死状態となったコジョカルの姿に涙し、届かなかった手紙のために若き命を散らすフォーゲルに、そしてロミオの死を知り短刀を自らの胸に刺すコジョカルのジュリエットに再び涙した。
現在世界で最もこの作品と役柄が似合いのコジョカルとフォーゲルによるイギリス初共演は、英バレエ関係者とファンを大いに魅了。カーテンコールでは感動したファンが口々にブラボーを叫び、たいへんな盛り上がりよう。終演後自らの感動をツィートするファンも多かった。

フォーゲルにコジョカルのジュリエットについて尋ねると「ジュリエットそのものなんだ。アリーナのジュリエットを目にすると、ステップを全て忘れて物語を生きることができるんだよ。」と語る。近い将来また共演するチャンスがあるのか? という問いには、「来シーズンはそれぞれスケジュールが詰まっているため難しい」という。
この週はロイヤル・バレエがシーズン最後の本拠地公演を行っており、数日間ロンドンに滞在すればRAHでロホ、アコスタ、コジョカル、フォーゲル、クリメントヴァ、ムンタギロフの『ロミオとジュリエット』を、コベントガーデンではオーシポワやゴールディング、ラム、マックレーが観られるとあって、ヨーロッパ在住の熱心なバレエ・ファンの姿も終演後の楽屋口に多く見受けられた。またコジョカル/フォーゲルのこの作品での共演を再び瞼に焼き付けようという、日本のバレエ・ファンが遠征して来ている姿も目にした。今年のロンドンは現在のところ好天に恵まれ、6月中旬も良いお天気が続いたことから、各国から遠征してきたファンもバレエのみならずロンドンや近郊都市の観光も大いに満喫できた事だろう。

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これまで30年近くロンドンで様々なバレリーナの引退公演を観てきている筆者だが、6月22日のダリア・クリメントヴァのさよなら公演ほど感動的なパフォーマンスを未だかつて観たことはない。
祖国チェコを離れ、バレリーナとしてのキャリアのほとんどをイギリスのバレエ・ファンに捧げたクリメントヴァ。(スコティッシュ・バレエとイングリッシュ・ナショナル・バレエに在籍)その彼女がRAHの5000人の観客を前に、自分の最も好きな役であるジュリエットを最愛のダンス・パートナーであるワディム・ムンタギロフと踊って舞台に別れを告げるのである。英バレエ・ファンと関係者の多くが、早くからこの日はケンジントン・ゴア(RAHのある場所の地名)に行くことを決意していた。
クリメントヴァとムンタギロフは、まず6月10日午後にゲネプロを行い、ロンドンの舞台写真家の前にその姿を現した。舞踏会でムンタギロフ扮するロミオと出会い恋に落ちる場面のクリメントヴァが10代の少女に変貌する様は、マクミラン版の『ロミオとジュリエット』でヌレエフと共演したマーゴット・フォンティーンさながらである。舞踏会の場面でのクリメントヴァのジュリエットは、フォンティーンより一段と若々しく、好奇心に満ち、かつ可憐であった。22日の引退公演でも若々しく可憐で、高級感があり、ロミオとはしっとりと情感に満ちた愛のパ・ド・ドゥを踊って観る者の心を奪った。

london1407b11.jpg photo/Angela Kase

東欧出身のクリメントヴァとロシア出身のムンタギロフ。強い感受性と激しい感情を胸に秘めた2人だけに、登場からそれぞれ感情をほとばしらせる熱演になるかと思えば、そうではなかった。
激しい恋に身を焼き、準主役や群舞から2人抜きんでて見えたコジョカル、フォーゲルとは対照的に、長らくキャリアを共にしてきたENBのダンサーと共に作品を作り上げるチームワークの良さを見せ、また作品と役を生きながら、相手役との最後の共演の一瞬一瞬をいつくしみ、心に焼き付けようとでもいうような落着きがあり、パ・ド・ドゥは優しさとロマンティシズムに満ちていた。
巨大なアルバートホールの舞台を天駆ける男性主役にはスタミナと共に、大舞台にのまれないためのスター性や華やかなダンス技術が必要とされるが、入団直後からクリメントヴァに導かれ舞台人として成長し、今では世界的な活躍をするようになったムンタギロフは、アルバートホールの大舞台を制する全てを備えている。大きな跳躍の数々や得意とする旋回技と回った後につま先立ったままの軸足を伸ばしきってピタリと静止するバランス、どんな時でも相手役の女性を美しく見せようとする巧みなパートナーリングを披露。激情に流されない舞台での落着きや技術的な老成の度合いでバレエ関係者や玄人ファンを唸らせた。

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終演直後のアルバートホールの舞台では、2人で手を取って佇むクリメントヴァとムンタギロフに観客が総立ちで(スタンディング・オベーション)ブラボーを叫んだ。その後、当日の全ダンサーと団員が舞台後方に現れ、長らく一緒に活動したクリメントヴァとムンタギロフを涙で見送る中、舞台に降りる花道の1つから芸術監督のタマラ・ロホが現れクリメントヴァに花束を渡した。舞台後方の花道からは花でいっぱいの2つのバスケットが持ち込まれ、クリメントヴァの前に置かれた。最愛のパートナーであるムンタギロフと固い抱擁をかわしたクリメントヴァは、5000人の観客を前に人生の新たな第一歩を踏み出す事を誓うかのようにトウシューズをぬぎ、観客席に投げ入れ、観客に手を振りその長いキャリアに別れを告げた。
その後、観客の多くが2人の姿を観ようと楽屋口の前に集結。一部のファンや関係者は終演後にパーティーが行われるのを知っていたのだが、アルバートホール内ではなく、至近距離にあるバレエ団の本拠地、マルコヴァ・ハウスで行われるのではないか? と考えていた。そうであれば長いこと待たなくとも2人に逢える、と待ち続けたのだが30分待っても現れない。諦めたファンが帰路につき始めた頃、ドレスとスーツに身を包んだクリメントヴァとムンタギロフが楽屋口に現れ、2人を待っていたたくさんのファンの公演プログラムにサインしたり、一緒に写真を撮るなどした。
楽屋口はたいへんな混みようで2人が待っていた全てのファンと交流するには長い時間がかかった。1人のファンがムンタギロフに「泣いて、泣いて、泣き疲れちゃった」と言うと、ムンタギロフが「僕もだよ。」と答えていた。微笑みながらサインをしたり写真に納まるクリメントヴァとムンタギロフだが、良く見ればそれぞれ目が赤く楽屋で相当感極まっていた様子であった。
当日のRAHにはイギリス・バレエのファンも、ロシア・バレエやロシアのバレエ・ダンサーの舞台しか観ないファンも集まり、この優れたパートナーシップの終焉を見届け、2人をねぎらった。
翌日にRAHから持って帰ったたくさんの花に埋もれ43歳のバースデーを祝ったクリメントヴァは、翌週ロイヤル・バレエ・スクールで教鞭を取り、秋の新学期からも同学校で女子のクラスを受け持つ予定だという。
(2014年6月12日、22日 撮影は6月10日 ロイヤル・アルバート・ホール)

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クリメントヴァ引退公演、ムンタギロフと photo/Angela Kase(すべて)