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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2014.01.10]

人気の『じゃじゃ馬ならし』とドイツ発のコンテンポラリー、シュツットガルト・バレエ

Stuttgart Ballet シュツットガルト・バレエ団
" Made in Germany" by Cranko, Goecke, Clug, Volpi, Spuck, Bigonzetti, Neumeier, Lee, Galili
" The Taming of the Shrew" by John Cranko
「メイド・イン・ジャーマニー」クランコ、ゲッケ、クルッグ、ヴォルピ、シュプック、ビゴンゼッティ、ノイマイヤー、リー、ガリリ:振付
『じゃじゃ馬馴らし』ジョン・クランコ:振付

11月18日〜23日までドイツの名門シュツットガルト・バレエ団が5年ぶりのロンドン公演を行った。
18、19日は本拠地シュツットガルト州立劇場で世界初演されたばかりの現代作品の小品に、クランコとノイマイヤーによる作品を加えた「メイド・イン・ジャーマニー」を上演、ベテランから若手までのバレエ団のスター・ダンサーを紹介。その後、バレエ団の元芸術監督にして振付家ジョン・クランコの名作『じゃじゃ馬ならし』を2日3公演した。

london1401b1_04.jpg 「じゃじゃ馬ならし」photo/Angela Kase

場所はサドラーズ・ウェルズ劇場。同劇場はバーミンガム・ロイヤル・バレエの前身であるサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエの本拠地であり、80年代はリンゼイ・ケンプやパンク・バレエのマイケル・クラークが前衛的な作品を発表し、イギリスのダンス・ファンを熱狂させた劇場である。80年代後半から90年代前半は、若き日のマシュー・ボーンが振付を手掛けながら自らも仲間と踊っていた頃のアドヴェンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズ(AMP)が、この劇場の公演で人気を博し脚光を浴びている。近年では、バレエ・ボーイズことウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナンがシルヴィ・ギエムとラッセル・マリファント振付の『ブロークン・フォール』を踊りセンセーションを巻き起こし、クリストファー・ウィールドンも自らのカンパニー、モルフォーセスを率いて同劇場で公演。ギエムとアクラム・カーンの共演公演『聖なる怪物』もこの劇場で世界初演されるなど、同劇場のアソシエート・アーティストであるダンサー、そしてこの劇場で世界初演された作品が、世界のダンス・シーンを牽引している。サドラーズ・ウェルズ劇場といえば、ダンス・トレンドの発信地として世界的に有名なダンス・ハウスなのだ。
2004年以来この劇場の芸術監督をつとめているのはアリステア・スポールディング。シルヴィ・ギエム、マシュー・ボーン、ウェイン・マックレガーらを劇場のアソシエート・アーティストとし、この劇場から優れたダンス作品を世に送り出している立役者である。
現代ダンス作品の紹介に力を注ぐ彼は、シュツットガルト・バレエ団本拠地で世界初演されている小品をロンドンで紹介することに心を砕き、今回のロンドン公演では本拠地で初演された作品を時をおかずにロンドンで紹介。7つもの作品がイギリス初演される運びとなった。

london1401b2_01.jpg 「ル・グラン・パ・ド・ドゥ」photo/Angela Kase

11月18日に「メイド・イン・ジャーマニー」を観る。
13の小品を3部形式で紹介する趣向で、作品のほとんどが1〜2名のダンサーによって踊られることから、英国バレエ関係者やダンス・ファンに、バレエ団のスター・ダンサーとバレエ団ゆかりの振付家を紹介するにはうってつけのプログラムである。
第1部はクランコ振付『ボリショイに捧ぐ』、マルコ・ゲッケ振付『ファンシー・グッズ』、エドワード・クルッグ振付『Sssss...』、デミス・ヴォルピ振付『リトル・モンスターズ』、クリスチャン・シュプック振付『ル・グラン・パ・ド・ドゥ』の5作品。
『ボリショイに捧ぐ』を踊ったのは、今シーズンでバレエ団を離れるマリア・アイヒヴァルドとフィリップ・バランケヴィッチ。盤石なパートナーシップとダンス技術でロンドン公演初日の幕開け作品を踊った。ゲッケの『ファンシー・グッズ』は、途中でフューシャ・ピンクの羽を持った黒子が登場し羽を蠢かせるものの、基本的にはフリーデマン・フォーゲルをフューチャーしたソロ作品。ハリウッドの大女優さながらにピンクの羽と戯れるフォーゲルの若々しさ、本拠地シュツットガルトはもとより、サンクト・ペテルブルグ、ローザンヌ、東京など世界中でゲッケ作品を踊り続けるフォーゲルをやっとロンドンでも目にすることができた。続いてクルッグ振付のソロ『Sssss...』を踊ったのはパブロ・フォン・スターネンフェルス。第1部で『ファンシー・グッズ』と共に印象に残った作品がデミス・ヴォルピ作品の『リトル・モンスターズ』。若き男女エリサ・バデンズとダニエル・カマルゴの2人が戯れるように踊る作品は、ヴォルピの振付家としての確かな才能とフレッシュな魅力あふれる踊り手2人を観る者に大いに印象付けた。それもそのはず、この作品は2011年にバデンズとカマルゴが、プロのダンサーのためのコンクールであるエリック・ブルーン・コンペティションに出場する際に、ヴォルピが2人に振付けた作品で、ヴォルピは振付賞、ダンサー2人はオーディエンス賞を受賞している。シュプックの「ル・グラン・パ・ド・ドゥ」を踊って第1部を締めくくったのはアリシア・アマトリアンとジェイソン・レイリーの2人。日本でもお馴染みのコミカルな作品がサドラーズ・ウェルズ劇場の舞台ではじけた。

london1401b2_03.jpg 「ファンシー・グッズ」photo/Angela Kase

第2部はクランコ振付『イニシャルズR.B.M.E.』から第3ムーヴメント。マリア・アイヒヴァルドとエヴァン・マッキーが群舞を率いて中心となる男女を踊った。総タイツ姿の男女が踊るクランコのシンフォニック・バレエは、21世紀の今、観るとやや古めかしく見えるが、作品の世界初演当時は画期的な作品だったのではないか。後のグレン・テトリー作品にこの作品の大きな影響が見受けられる。日本でお馴染みのマウロ・ビゴンゼッティ振付『カジミールの色』を踊ったのはアナ・オサダチェンコとフリーデマン・フォーゲル。前日までベジャール・バレエと台湾で公演していたフォーゲルは今回「メイド・イン・ジャーマニー」に2度出演するためだけに来英。地球を半周する長距離の移動の疲れを微塵も感じさせず、第1部の『ファンシー・グッズ』とはまた違った個性を見せた。第2部の最後の2作品はバレエ団ゆかりのクランコとノイマイヤーの珠玉の作品からの抜粋で締めくくられた。クランコの『ロミオとジュリエット』とノイマイヤーの『椿姫』である。『ロミオとジュリエット』を踊ったのは韓国人バレリーナ、ヒョ・ジュン・カンとイギリス人のアレクサンダー・ジョーンズ。『椿姫』より黒のパ・ド・ドゥを踊ったのは、スー・ジン・カンとマライン・ラドメイカー。ジョーンズ、スー・ジン・カン、ラドメイカーは素晴らしかったが、21世紀の抽象作品中心の作品群の中で抜粋紹介された2つのパ・ド・ドゥは、今回のプログラムでは異色を放ってしまう結果となった。
5年ぶりのロンドン公演ということで、現代作品だけでなく、クランコやノイマイヤー作品をも含めてバレエ団とダンサーを評価してほしいというバレエ団側や招聘元の希望は分かるが、この2作品を様々なキャストで鑑賞し、振付と作品の素晴らしさを知る筆者には、英国バレエ関係者やファンに作品全編を観てもらうことの出来ないジレンマに苦しんだ。

london1401b2_04.jpg 「リトル・モンスターズ」photo/Angela Kase

第3部はロイヤル・バレエ・スクール卒業後、シュツットガルト・バレエに入団。ダンサーそして振付家として活躍するイギリス人ダグラス・リー振付『ファンファーレLX』で始まった。ちなみにバレエ団のロンドン公演のポスターになったのが、この作品を踊るオサダチェンコとマッキー。表現力に富む男女2人のデュエットが印象的であった。ゲッケ振付『エフィー』を踊ったのはラドメイカー。バレエ・ファンはともかく、英国バレエ批評家の多くはストーリー・バレエを愛する保守層がほとんどである。筆者の隣で観ていた30代とおぼしき批評家は、第1部でフォーゲルが踊った同振付家作品『ファンシー・グッズ』同様に、ラドメイカーが観客に背を向け、舞台を横に移動し始めた直後に「またか」とでも言いたげな様子で大きくため息をつき首をふりはじめた。若手の批評家ですらこれなのだから、英5大新聞に寄稿するより年齢層の高い著名批評家らは、ため息こそつかないものの、このプログラム上演中により大きな苦痛を感じていた様子。プログラムの終盤でアマトリアンとレイリーがイツィク・ガリリ振付『モノ・リサ』を踊って素晴らしいパフォーマンスを見せても、若手男女14人がシュプック振付『フィナーレ・フロム・ザ・セブンス・ブルー』を踊ってプログラムの最後を締めくくっても心中高揚することはなかったようだ。

london1401b2_02.jpg 「ル・グラン・パ・ド・ドゥ」
photo/Angela Kase
london1401b2_05.jpg 「リトル・モンスターズ」
photo/Angela Kase
london1401b2_06.jpg 「Sssss...」
photo/Angela Kase

筆者自身は「シュツットガルトの奇跡」を起こした鬼才クランコ作品とバレエ団のスター・ダンサーの魅力や個性、バレエ団内にあふれるクリエイティビティ(創造性)の高さをうかがわせる「メイド・イン・ジャーマニー」は大いにアピールしたし、『ファンシー・グッズ』『リトル・モンスターズ』『ル・グラン・パ・ド・ドゥ』『カジミールの色』『ファンファーレLX』『フィナーレ・フロム・ザ・セブンス・ブルー』などの作品とバレエ団のダンサーたちによる熱演を大いに楽しむことができた。
だがヨーロッパでも前衛的なダンス作品の創作や発表が活発な大陸と違い、今だにストーリー作品、もしくは美意識の高い現代作品が好みの保守的なイギリスの批評家の間では、シュツットガルト・バレエの「メイド・イン・ジャーマニー」は不評で高い評価を得られずに終わり誠に残念であった。

london1401b1_03.jpg 「じゃじゃ馬ならし」photo/Angela Kase

週の後半『じゃじゃ馬ならし』は、クランコ振付の物語バレエ全幕を、演技や表現力に長けたバレエ団の新旧スター・ダンサーが演じ踊ったのだから、英国バレエ関係者と観客の心をつかまないはずがない。週の前半とは一転して公演はたいへんな人気と盛り上がりようを見せた。

11月22日(金)初日の主演者はマリア・アイヒヴァルドとフィリップ・バランケヴィッチ。バレエ団が英5大新聞とダンス誌の批評家達を招待したのは、翌23日(土)2時半からの公演で、ヒロインのキャタリーナをアリシア・アマトリアン、男性主人公ペトルッキオをアレクサンダー・ジョーンズ、キャタリーナの美貌の妹ビアンカをエリサ・バデンズ、ビアンカに求婚する3人組の1人グレミオをオズカン・アユィク、ルーセンシォをデイヴィッド・ムーア、ホーテンシォをローマン・ノヴィツキー、2人の娼婦をアンジェリーナ・ズカリーニとレイチェル・ブリアシが踊った。

london1401b1_01.jpg 「じゃじゃ馬ならし」photo/Angela Kase

アマトリアンは以前フリーデマン・フォーゲルと共に、イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)が6000人収容のロイヤル・アルバート・ホールで『ロミオとジュリエット』を上演した際に客演してジュリエットを踊っており、英国バレエ・ファンに名を知られた存在。ペトルッキオ役のジョーンズ、そしてルーセンシォを踊ったムーアは共にロイヤル・バレエ・スクール出身のイギリス人ダンサーである。
1幕のアマトリアンはENBに客演した際の繊細でロマンティックなジュリエットを踊ったバレリーナと同一人物とは思えないほど、じゃじゃ馬ぶりが板についていたし、ペトルッキオとの結婚以降、夫に諭され、教育されてレディになっていく過程ではアマトリアンならではの愛らしい魅力がこぼれた。
ジョーンズはバランケヴィッチのペトルッキオにみられる豪放磊落さやワイルドさはないが、酒が好きで酔いつぶれたために身ぐるみはがれて一文無しとなった世間知らずの坊ちゃんといった個性と風情で、登場直後から観客の心をつかんで離さなかった。ダンサーとしては、ピルエットやフェッテなどの旋回技が得意で、ソロを踊っても見ごたえ充分である。
ビアンカ役のバデンズは華やかな雰囲気を持つバレリーナ。彼女に思いを寄せる3人組はそれぞれ巧みな演技と舞踊技術で際立った人物造形を見せた。ビアンカと相思相愛になるルーセンシォ役のムーアは、ロイヤル・バレエ・スクール卒のイギリス人男性らしい節度あるダンス・スタイルで好感度が高かった。
イギリスの観客は鬼才クランコ振付の抱腹絶倒の全幕バレエに大いに笑い涙して、上演中もカーテンコールもたいへんな盛上がり様。クランコ振付『ロミオとジュリエット』を持って20数年ぶりのイギリス公演を行った2008年同様、かつてサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエに多数の作品を振付、イギリスの観客に愛されたジョン・クランコと彼の作品が、再評価されるきっかけとなった。

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london1401b1_10.jpg 「じゃじゃ馬ならし」(すべて)All photos / Angela Kase

また今回は週の前半に現代作品も多数紹介されたことで、クランコ作品の魅力ある役柄を演じ踊ったダンサーが、現代作品をも個性たっぷりに踊る姿も見られ、このバレエ団に属するダンサーの多面体の魅力や、バレエ団内にあふれるクリエイティヴィティの高さをうかがい知ることが出来、興味深かった。現代作品中心の野心的なプログラム「メイド・イン・ジャーマニー」のイギリス初演に心を砕いたサドラーズ・ウェルズ劇場芸術監督、アリステア・スポールディングに感謝の意を表したい。
(2013年11月18日、23日昼 11月18日と22日午前に行われた最終ドレス・リハーサルを撮影)