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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.10.10]

華やかで情熱的だったスミルノワとチュージンの『バヤデルカ』、ロンドンのボリショイ公演

Bolshoi Ballet ボリショイ・バレエ 「バヤデルカ」
"La Bayadere " choreography by Marius Petipa, Revived by Yuri Grigorovich

ボリショイ・バレエは8月2日〜3日まで『バヤデルカ』を3配役・3公演した。
初日の8月2日の配役は、ニキヤをスヴェトラーナ・ザハロワ、ソロルをウラディスラフ・ラントラートフ、ガムザッティをマリーヤ・アレクサンドロワ。

london1310a01.jpg スミルノワ、チュージン Photo/Angela Kase

今年1月に同じ3人が主演したボリショイ劇場公演ライブをロンドンの映画館で観た筆者は、この日の公演には足を運ばずを家にいたのだが、終演後にバレエ・ファンのサイトに「アレクサンドロワが公演中に怪我をした」という書き込みを発見したいへん心配したものである。
初日の公演を観ていたイギリス人の知人によると、婚約披露宴のグラン・パ・ド・ドゥでアレクサンドロワとラントラートフが舞台中央でグラン・ジュテで交差する場面で接触したため、アレクサンドロワがバランスを崩して着地、それが原因で怪我をしたのだという。(当日の公演を観ていた観客の多くが同じ証言をしており、また新聞記事にも同様の記述があったが、後日アレクサンドロワ本人は「接触はなかった」と語っているという。)アレクサンドロワが足を引きずりながら舞台袖に消えても幕は下りず、ガムザッティのソロなしで突如、第2幕のフィナーレとなり、イタリアン・フェッテの部分を群舞のバレリーナが踊った他、代役は立てなかったという。
海外公演中に主要ダンサーが怪我をしたケースとしては、2006年2月のベルギー・モネ王立劇場での『ジゼル』初日(ザハロワ、ウヴァーロフ、アレクサンドロワ)に、2幕の終盤でウヴァーロフがアルベルトの最後のソロを踊っている際くるぶしの靭帯を切り、降板したことがあった。筆者はこの時の公演を観ていたのだが、やはり幕は下りず、音楽が流れる中、ウヴァーロフなしで公演が行われたことを記憶している。
今回の『バヤデルカ』のアレクサンドロワ、06年ベルギー公演『ジゼル』のウヴァーロフともども、2人が登場部分の終盤で怪我をしたことから、幕も降ろさず、代役も立てずに公演を続けたのであろう。
ただ8月2日にコベントガーデンに集まった観客の多くはボリショイ・バレエらしからぬアクシデントと公演の顛末にたいへん立腹していた様子。ボリショイの公演チケットともなれば1、2階の中央席など高価である。不満を口に出さないイギリス人中心の観客構成でなければ一体どんな騒ぎになっていたことか。
アキレス腱を痛めたアレクサンドロワはその後モスクワで手術と入院を経て、今は舞台復帰のためのリハビリに励んでいるという。

london1310a02.jpg スミルノワ、チュージン Photo/Angela Kase

翌8月3日に昼夜2公演を観た。
昼の部はニキヤをエフゲーニャ・オブラスツォーワ、ソロルをアレクサンドル・ヴォルチコフ、ガムザッティをアンナ・チホミロワが踊った。
チホミロワは華やかでガムザッティ役がたいへん良く似合った。オブラスツォーワは巫女というには人間的すぎて、神に舞を捧げる巫女の神秘性が一切感じられず、影の王国のヴェールのパ・ド・ドゥも凡庸に終始した。
ソロル役のヴォルチコフは怪我を隠しながら前日午後のドレス・リハーサルでも1幕を踊り、その24時間後に全幕を主演、と肉体的にかなり無理があったらしい。顎鬚をたくわえた舞台メイクで舞台に登場したものの、全幕を通じて戦士らしい覇気や包容力を醸し出せずに終わった。
初日ほどの大きなアクシデントは無かったとはいえ、1幕の冒頭でマグダヴェヤを踊っていたアントン・サヴィチェフが大きく跳躍した際に、黒い鬘が取れて遠くに飛んでいくというハプニングがあり、初日に続きファンや関係者を大いに失望させる結果となった。
波乱に満ちた公演ではあったが、光を放ったダンサーもいた。
2幕のグラン・パでバレリーナとしての充実を見せたユリア・ルンキナ、清々しいゴールデン・アイドルを踊ったミハイル・コッチャン、ツボの踊りのアナスターシャ・スタシュケヴィッチ、影の王国の第1ソリストのマリア・ヴィノグラードワ、第2ソリストのダリア・コホーロワである。

キャプション

3公演中、最も充実していたのは3日(夜)のオルガ・スミルノワとセミョーン・チュージンによる公演であったであろう。2人共ボリショイ・バレエ・アカデミーからバレエ団に入団した生粋のボリショイ・スタイルを体現するダンサーではない。だがスター性と優美、技量など、この作品の主役を踊りきるすべての条件を備えていた。
スミルノワの優美でどこかミステリアスな個性は、神に踊りを捧げる巫女ニキヤにたいへんよくマッチし、サリーをまとった姿や額の赤い星などの衣装や飾りをつけるとインドの女性を髣髴とさせた。チュージンはグラン・ジュテでの登場から勢いがあり、舞台に若さの華やぎを撒き散らして情熱的な若き戦士を演じ踊って、ニキヤとの許されぬ恋に生きた。

london1310a03.jpg Photo/Angela Kase london1310a04.jpg Photo/Angela Kase london1310a05.jpg Photo/Angela Kase

長身で長い四肢を持つ2人は身体的にも似合いのペアである。ロンドン公演では『バヤデルカ』『眠れる森の美女』『白鳥の湖』で全幕を共演。『ジュエルズ』ではダイヤモンドを踊ったが、スミルノワにとってのロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)デビューで両名のROHペア・デビューでもあった8月3日の共演が最も白眉で印象に残っている。
当日はガムザッティをエカテリーナ・クリサノワ、ゴールデン・アイドルをイーゴリ・ツィヴィリコ、つぼの踊りをアンナ・レベッツカヤ、影の王国のソリストをスタシュケヴィッチ、コホーロワ、チナーラ・アリザデ、太鼓の踊りをデニス・メドヴェージェフ、ヴィターリ・ビクティミロフ、アンナ・アントロポワ、奴隷をデニス・ローチキンが踊り、それぞれ素晴らしかったが、中でも太鼓の踊りのメドヴェージェフ、ゴールデン・アイドルのツィヴィリコが技量と音楽性で作品を大いに引き締め、観客にロシアの全幕古典バレエを観る醍醐味を教えた。
英バレエ・ファンは、セルゲイ・フィーリン芸術監督率いる新制ボリショイ・バレエの若きスター・ペアのROHデビューと、ソリストたちの健闘に盛んなブラボーを贈り、当日のコベント・ガーデンはたいへんな盛り上がりを見せた。また一部の舞台批評家は初日のザハロワではなく、スミルノワのROHデビューを観に来ており、彼らもこの24歳の新人の持つスター性と将来性に大いに心打たれた様子。
波乱ぶくみのロンドン公演第1週は、若手スターとベテランの活躍により、無事その幕を降ろしたのであった。
(2013年8月3日昼・夜2公演を鑑賞 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス
舞台写真は8月2日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影)

london1310a06.jpg Photo/Angela Kase london1310a07.jpg Photo/Angela Kase
london1310a08.jpg 「眠れる森の美女」ザハロワ
photo/Angela Kase
london1310a09.jpg 「眠れる森の美女」ザハロワ
photo/Angela Kase
london1310a10.jpg 「眠れる森の美女」ザハロワ
photo/Angela Kase
london1310a11.jpg 「ジュエルズ」photo/Angela Kase london1310a12.jpg 「ジュエルズ」
photo/Angela Kase
london1310a13.jpg 「ジュエルズ」
photo/Angela Kase