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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.03.11]

アシュトン没後25周年記念公演、ロホ、ポルーニンが『マルグリットとアルマン』客演

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
Ashton Mix Programme " La Valse" " Meditation from Thais", "Voices of Spring" "Monotones 1 and 2," "Margurite and Armand"
バレエ アシュトン小品集『ラ・ヴァルス』『タイスの瞑想曲』『春の声』『モノトーンズ1・2』『マルグリットとアルマン』

ロイヤル・バレエは、2月12日〜23日まで、フレデリック・アシュトンの小品5つによる「アシュトン小品集」を2配役5公演した。これは振付家の没後25周年を記念したもの。『マルグリットとアルマン』を中心に一夜で魅力的な小品の数々とたくさんのプリンシパルを観られること、12,15,21日の3公演にはタマラ・ロホとセルゲイ・ポルーニンが客演することから、チケットは早くから完売。ロホ、ポルーニン客演の3公演、特にロホとロイヤル・バレエのさよなら公演となった21日は、多くのバレエ・ファンが当日券やリターンチケット入手に奔走した。イギリス在住のファンのみならず、ヨーロッパや遠く日本からもこの公演を一目見ようとファンが遠征して来た様子は、数年前の吉田都のロイヤル・バレエとのさよなら公演を思い出させた。

12日と13日の公演を観る。 
アシュトンの1958年作品『ラ・ヴァルス』は古き佳き時代のウィーンの舞踏会場でワルツを踊る男女の姿を描いた作品。中心になる3組のペアと共に多くの団員そして付属校であるロイヤル・バレエ・スクール(RBS)の男子が出演した。初日に中心となる3組のカップルを踊ったのは、小林ひかると平野亮一、サマンサ・レインとベネット・ガートサイド、ヘレン・クローフォードとブライアン・マロニー、2日目がタラ・ブリジット・ブハヴナニとヴァレリー・フリストフ、クリステン・マックナリーと蔵健太、ローラ・マクロッホとトマス・ホワイトヘッド。
初日の舞台では小林ひかるが、そのスター性と優美で多くのダンサーを背景に抜きん出て見え、2日目のセカンド・キャストではフリストフと蔵の品格と紳士性、マクロッホのエレガンスと存在感が際立った。
この作品は昨年10月のエリザベス女王ご観覧のガラ公演でも披露され、付属校RBSから最上級生の男子生徒が複数出演。今回もポルトガル人マルセリーノ・サンベ、日伊ハーフのアクリ瑠嘉らが出演し作品に華を添えた。ここ数年はバレエ学校生徒の青田刈りが進んでおり、優秀な生徒は卒業を待たずに入団することが多い。09年のユース・アメリカ・グランプリ、ジュニアの部金賞、翌10年のローザンヌ・コンクール決勝選出者のサンベは、昨年12月に入団しバレエ団と活動を共にしている。同じく10年のローザンヌ・コンクール決勝選出者のアクリ瑠嘉も、2月にロイヤル・バレエ入団が決まった。

『タイスの瞑想曲』はアシュトンが、ロイヤル・バレエのゴールデン・カップルであるアントワネット・シブレーとアントニー・ダウエルのために1971年に振付けたもの。ガラ公演で取り上げられることの多い小品だが、今回の上演は久しぶりであった。
初日はリアン・ベンジャミンとヴァレリー・フリストフ、2日目はサラ・ラムとルーパート・ペネファーザーが踊った。初日の公演では途中でベンジャミンが手に持っていたヴェールが頭飾りに絡んだ後、彼女をリフトしていたフリストフの目を覆ってしまうというハプニングがあったが、ベテランのベンジャミンが落ち着いてこれに対処しことなきを得た。ロマンティックな小品を踊りながら、愛を感じさせなかったベンジャミンとフリストフに対して、2日目のラムとペネファーザーは現在ロイヤル・バレエでロマンティック・バレエを踊って最も観客を酔わせるペアらしい充実があり、観客を大いに嘆息させた。『マノン』での共演以来、素晴らしいパートナーシップを紡ぐラムとペネファーザー。今後更なる共演が待たれる。
今回のリバイバル上演で残念だったのが舞台照明である。『タイスの瞑想曲』は今回照明が暗くなった。特に私が見た2月12日、13日はテレビ・カメラも入らないため、ライトアップされることもなく上演され、以前の上演を覚えている私の目には作品の持つロマンティシズムや衣装の美しさが充分生かされいないように思えた。

『春の声』は、当初アリーナ・コジョカルとスティーブン・マックレーが踊る予定だったが、両名の降板により12日、13日共に、崔由姫とアレクサンダー・キャンベルが登場した。シュトラウスの軽快な音楽をスコアに踊られる小品で、キャンベルにリフトされて微笑みながら登場した崔が握っていた両手を開くとピンクの花びらが舞台上の空間を舞う。5分足らずの作品ではあるが、崔の愛らしさと音楽性、キャンベルの持つスター性と包容力に観客の多くが心躍らされ、カーテンコールはたいへんな盛り上がり。冒頭、中盤、フィナーレと男性ダンサーにとってたいへんなリフトやパートナーリングが多い作品だが、キャンベルは見事にこれに応え、崔の好演の立役者となった。初日のカーテンコールでは、崔がファンから贈られた花束から一輪の薔薇をキャンベルに捧げ彼の労をねぎらうと、キャンベルがそれをうやうやしく受取る様子も見られた。

『モノトーンズ1』と『モノトーンズ2』がコベント・ガーデンで同時上演されるのも久しぶりである。ダーシー・バッセルが20代の頃、彼女を中心のバレリーナとして『2』のみ上演されたことがあった、双方上演されたことはなかった。
初日は『1』をエマ・マグワイアー、高田茜、ダヴィッド・トルーゼンヒミエッヒが、『2』をマリアネラ・ヌニェズ、フェデリコ・ボネッリ、エドワード・ワトソン、2日目は『1』をヤスミン・ナグディ、ロマニー・パジャック、トリスタン・ダイアーが、『2』をクリスティーナ・アレスティス、平野亮一、ネマイア・キッシュが踊った。初日は『1』に期待の新人、『2』にラインの美しいプリンシパルをフィーチャーしながら、なぜか盛り上がりに欠けた一方で、2日目はパジャックとダイアーがサティーの音楽を体現する感受性を見せ、またアレスティス、平野、キッシュの並びが美しく目に新鮮に映り、セカンド・キャストの方が作品の魅力と音楽をより良く伝えていた。

london1303b01.jpg Photo/Angela Kase

2月11日朝、積もった雪をかきわけて、この作品の公開ドレスリハーサルに参加し、タマラ・ロホとセルゲイ・ポルーニンの『マルグリットとアルマン』と向き合った時、過去1年のうちにバレエ団が失った物の大きさを知り愕然としたものである。
1年前の突然の退団前、数ヶ月のポルーニン主演公演のクオリティと退団直後の本人の言動には、バレエ芸術や相手役のバレリーナに対する尊敬が感じられず、彼の才能と将来性を愛で期待していた関係者やファンほど並ならぬ失望を感じ、新聞やTVの関連報道に目を覆い、耳を塞ぎたくなった。ポルーニン自身はその後フリーランスを経て、今ではモスクワ音楽劇場のダンサーとして活躍している。1年前ロイヤル・バレエのプリンシパルの地位を捨てた彼は、そのニュースにより世界的な知名度を得、クリスチャン・ディオールの映像のモデルや映画監督ガス・ヴァン・サントのスティル写真のモデルになるなど、バレエ以外にも活動の幅を広げている。
ロンドンやイギリス在住のポルーニン・ファンは、イヴァン・プトロフと仲間たち公演で小品を踊る彼を観た後は、Youtubeで動画を観たり、ポルーニン本人のFacebookを通じて画像を見るなどして、彼の近況をフォローしていた。
ロホについてはENBの芸術監督になったものの現役を引退したわけではない。ダンシング・ディレクターとして踊りながらバレエ団を牽引しているので、クリスマスとお正月、春と夏のロンドン公演や地方公演で彼女の舞台に触れるチャンスがある。ただファンにしてみれば、これもまた突然に、ロイヤル・バレエの演目をロイヤルの男性ダンサーと踊るロホを観ることができなくなってしまったのだ。
ロホとポルーニンはそれぞれロイヤルを離れる前に何度か共演、『マルグリットとアルマン』での顔合わせは2011年以来である。
ご存知のように、この作品は1963年にアシュトンがマーゴ・フォンティーンとルドルフ・ヌレエフのために振付、その後長い間、両人以外のダンサーには踊らせず封印していたのを、シルヴィ・ギエムのためにその封印を解いたという曰くのある作品。それぞれこの作品で再び共演し、コベント・ガーデンの舞台に立つことに対して万感の想いがあったのであろう。11日の公開ドレスリハーサルから2人の魅力と技量が拮抗、炸裂し、ゲネプロというより本舞台としか思えない内容となった。雪のため、友の会会員が通常の半分も集まらず、寒々としたROHではあったが、リハーサル終了後は感動した会員たちのブラボーの声がこだまし、たいへんな盛り上がりであった。

平日であるにもかかわらず、10時発売の当日券があっという間に完売となった初日、12日の共演も感動的なものであった。世界的な女優バレリーナであるロホのマルグリットは、愛らしく男性を惑わせながらも、人生唯一つの真実の愛に身を捧げる健気さがあり、その一挙手一投足に目を奪われた。そして時折この作品は本当にフォンティーンのために創られたのであったか? といぶかった。それだけロホのマルグリットにはフォンティーンやギエムを忘れさせてしまう魅力があった。白、赤、黒のロング・ドレスという衣装もチュチュ以上にロホの美を引き立て、ドレスから見える足の甲の美しさにもまた目を奪われた。もしアシュトン卿がご存命で初日の舞台に足を運ばれていたなら、ロホのマルグリットに大いにご満悦されたことであろう。
ポルーニンのアルマンは情熱的で、その姿は彼自身でありながらもどこかヌレエフその人を思い出させた。役を演ずる上でロホと情熱の度合いが同じで、年齢こそ大きく違うが、スター性のサイズもまた同じ。魅力的なパートナーシップを紡いでみせた。12日はマルグリットの顔に札束を投げつける前に、衣装の胸から札束全部が舞台にこぼれてしまうというハプニングがあったがパフォーマンスの充実を思えば、取るに足らないミスであった。
13日はゼナイダ・ヤノースキーとフェデリコ・ボネッリの共演である。ヤノースキーのマルグリットは所作においてもまるで貴婦人のようで、高級娼婦には見えない。だが一見幸せそうに見えるが、胸を病んでおり死が透けて見える演技であった。ロホのマルグリットがアルマンを一目見た時から、彼の情熱を感じ受け止め、同じ情熱を持って意思的にアルマンに向かってゆくのに対して、ヤノースキーのマルグリットはアルマンとの出会いの場面で、彼の若さや健康・情熱に対する怯えを感じさせ、この愛に身を投じて良い物かどうか逡巡がある。ボネッリは経験豊かなダンサーだけに大柄なヤノースキーを相手にしてもパートナーリングが巧みで、ソロについても良くコントロールされており、演舞に破綻がなかった。
この名作をロホとポルーニン、ヤノースキーとボネッリという魅力的な2配役で見られるのもこれが最後である。世界を見回しても、ここ数年のうちにバレエ界のスーパースターの引退が相次ぎ、世代交代の進む中、次の世代を牽引するスターの不在が顕著である。ロイヤル・バレエについていうと自国出身のプリンシパルであるローレン・カスバートソンとルーパート・ペネファーザーの怪我による降板も多い。本人たちが希望したこととはいえ、ロホとポルーニンの離団はバレエ団にとって大きな損失であった。今回のロホとポルーニンの再共演を可能にしてくれた現芸術監督ケヴィン・オヘアの英断に感謝したい。
(2013年2月12日、13日 ロイヤル・オペラ・ハウス。2月11日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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Photo/Angela Kase(すべて)

●写真に登場するダンサー
『マルグリットとアルマン』タマラ・ロホ、セルゲイ・ポルーニン、クリストファー・ソーンダース他