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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.01.10]

佐久間/ツァオ、平田/モラーレス、若手ペアも競演したBRBの『白鳥の湖』

Birmingham Royal Ballet 英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
"Swan Lake" by Lev Ivanov, Marius Petipa & Peter Wright Production:Peter Wright & Galina Samsova
『白鳥の湖』プティパ、イワノフ:原振付、ピーター・ライト、ガリーナ・サムソヴァ:演出・振付

バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)は、9月19日イギリス北西の街マンチェスター近郊のサルフォード市にて2012・13バレエ・シーズンを開幕。演目は名作の誉れ高いピーター・ライト、ガリーナ・サムソヴァ版の『白鳥の湖』であった。
その後11月3日まで、サルフォード、バーミンガム、プリマス、サンダーランド、カーディフというイギリス国内5都市で同作品を上演。プリマスとロンドン、カーディフでは小品3つによるトリプル・ビルも披露しバレエ・ファンの目を楽しませた。
シーズン初日とバレエ団の本拠地バーミンガムでの初日を務めたのは、古典やビントレー作品を踊るペアとして、バレエ団が世界に誇る佐久間奈緒とツァオ・チー(曹馳)。今回のリバイバルでは他にイアン・マッケイとジェンナ・ロバーツ、ジェイミー・ボンドとナターシャ・オートレッド、エリーシャ・ウィリスとジョセフ・ケイリーらが主演した他、平田桃子によるイギリスでの『白鳥の湖』全幕主演デビュー、2007年ローザンヌ賞受賞者デリア・マシューズのオデット・オディール・デビューがあり、またイギリスのバレエ団としては初めての試みである、セリーヌ・ギッテンズとタイロン・ディングルトンという黒人系ペアによるこの作品の全幕主演デビュー、2010年のユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)のグランプリ受賞者、ウィリアム・ブレイスウェルによる王子の友だちベンノ・デビューなど期待の新人や中堅ダンサーによるデビューが目白押しであったことから、バーミンガム在のバレエ関係者のみならず、ロンドンからも舞台批評家や熱心なバレエ・ファンの多くが公演会場に駆けつけた。
10月2日バーミンガム初日の佐久間・ツァオ組、3日【昼】のマシューズ・ローレンス組、4日の平田・モラーレス組、6日【昼】のIマッケイ、Jロバーツ組、11月2日カーディフでのギッテンズ・シングルトン組、3日のオートレッド、ボンド組による6組の公演を鑑賞した。

london1301b_01.jpg photo/ Bill Cooper

10月2日のヒポドローム劇場は平日にもかかわらず満席。久しぶりにライト・サムソヴァ版の『白鳥の湖』を観たい、佐久間・ツァオ・チー(曹馳)組を観たいというファンの熱気が劇場に渦巻いていた。ここ数年、日本でも熱い注目を浴びる2人のパートナーシップは、それぞれが同級生として学んでいたロイヤル・バレエ・スクール(RBS)留学中に培われ、その後ビントレー芸術監督就任の年の95年に2人がBRBに同期入団して花開いている。
佐久間・ツァオのパートナーシップについては2人が20代初めの頃から関係者の注目の的であったが、ここ5年程はツァオが08年に映画『小さな村の小さなダンサー』主演のため、バレエ団を長期間離れていたこと、バレエ団に戻った後も映画のプロモーションのために世界各地を訪問したので、イギリス国内についていうと2人が共に踊る機会がたいへん少なくなっていた。それが今年はロンドン公演の『コッペリア』全幕、秋のサルフォードとバーミンガムでの『白鳥の湖』全幕共演と、イギリスの関係者やファンが再び2人の「驚異のパートナーシップ」を観ることができた記念すべき年となった。
本拠地バーミンガムでの初日だけに、この日は準主役や脇役も豪華キャスト。ジークフリートの母をマリオン・テイト、王子の友たちベンノをマティアス・ディングマン、1幕で王子とパ・ド・トロワを踊る高級娼婦2人にはアンジェラ・ポールとレティシア・ロッサルドという美人バレリーナ2人、3幕の花嫁候補のハンガリー、ポーランド、イタリアの姫たち3人はJロバーツ、ギッテンズ、平田が扮した。

観客にドラマを伝えながらも、主役の男女から群舞までを存分に踊らせることで知られるピーター・ライトによる優れた全幕作品の中でも『白鳥の湖』は、王子ジークフリートを中心に王妃と親友のベンノ、オデットとオディールとの関係が細かに描かれている。
ツァオ・チー(曹馳)は父王の葬列から始まるプロローグでの登場からジークフリートという役を存分に生き、踊った。マリオン・テイトの王妃は1幕、王の死の直後に友だちと戯れている王子をたしなめながらも、元気のないジークフリートの額に軽く手の甲をあて「病気でも?」、と心配する優美なマイム一つをとっても若手には真似のできない存在感を持っている。
1幕で舞台下手に置かれた椅子に腰かけ若者たちの踊りを眺める王子(ツァオ・チー曹馳)の背後には、常に親友のベンノ(マティアス・ディングマン)の姿があり、意気消沈したジークフリートを慰めようと心を砕いている。ライト・サムソヴァ版のベンノは全幕を通じて演舞に活躍する準主役という位置づけで、通常はバレエ団の次代のダンスール・ノーブルや演舞に長けた中堅ダンサーが配役される。06年ヴァルナ・コンクール金賞受賞のディングマンは、ここ数シーズン演技面での成長著しく、今回のリバイバルではツァオとボンドのジークフリートと共に、物語を生き、作品を豊かな物にしてみせた。
佐久間は登場からスターのオーラを放ち、オデット、オディールの踊り分けも巧みで、女優バレリーナらしい充実を見せた。3幕ブラック・スワンのパ・ド・ドゥでは佐久間はフェッテにダブルを織り込み、ツァオはツゥール・ザン・レールのダブルを2回、その後ザン・レールとピルエットの繰返しで観客を沸かせた。
佐久間とツァオの『白鳥の湖』での共演は過去に何度も観ている佐久間とツァオの「白鳥の湖」は過去に何度も観ている。だが今年は映画主演以来、演技にますます磨きがかかったツァオと、若い頃から踊る女優として知られた佐久間の踊り手としての充実が最も顕著にうかがえ、2人が紡ぐ愛と悲劇に大いに心揺さぶられる結果となった。2人によるパートナーシップは2012年にその魅力の頂点を迎えたようだ。

10月3日(昼)はデリア・マシューズのオデット、オディール・デビューを観た。王子はベテランのマシュー・ローレンス、王妃はマール、ロットバルトをオロヴィヤニコフ、ベンノをジェイムス・バートンが踊った。デビュー2日前のリハーサルの出来がBRB関係者の期待を大いに上回る出来栄えで、ビントレー芸術監督も驚いたというマシューズのオデット、オディールは、登場よりスター性も充分。オデットには華やかでありながら男性の庇護欲をそそる魅力があり、オディールには上品でありながら、男性を陥落させる魔があった。長身のバレリーナゆえ、古典全幕のデビューともなれば、相手役のサポート技術が成功の鍵となるが、ベテランのローレンスに助けられ素晴らしいデビューを遂げた。

london1301b_02.jpg photo/Angela Kase

平田桃子はスペインのコレーラ・バレエ団時代に何度も『白鳥の湖』全幕を踊ったが、イギリスでのオデット・オディール・デビューは10月4日。相手役は今年初めに怪我をして以来療養とリハビリに励んでいたセザール・モラーレスが務めた。この日は平田のBRB復帰後初の全幕公演、イギリス『白鳥』全幕デビューとモラーレスの舞台復帰という関係者やファン期待の公演であった。ベンノはツ・チャオ・チョウ(周子超)王妃とロットバルトは3日に続いてマールとオロヴィヤニコフが踊った。
平田はスペインでの主演経験があるだけに、登場から終演までたいへん落ち着いており、オデットでは悲しみを巧みに表現、オディールでは得意の旋回技にはじけ、グラン・フェッテ・アントールナンでは3回転を織込んでヒポドローム劇場に集まった関係者やファンに強い印象を残した。
驚いたのはモラーレスである。イングリッシュ・ナショナル・バレエからBRBに移籍した08年から数年間は、物語バレエを踊っても表情の変化が乏しく観客の心を掴むまでには及ばなかったが、移籍後の病気や今回の怪我の克服などがダンサーとしての成長に影響したのか、当日は「憂愁の王子ジークフリート」の陰影を見事なまでに表現、持ち前のエレガンスや体のラインの美しさと相まって関係者や観客の心を鷲掴みにした。平田とモラーレスは共に落着いた雰囲気を持つ事から、パートナーとしても似合いで、今後様々な作品での共演が期待される。またこの日はベンノ役のチョウ(周子超)も演技にダンスに充実し、パフォーマンスをより感動深い物にしていた。

10月6日【昼】はI.マッケイとJ.ロバーツ主演、新星ウィリアム・ブレイスウェルが王子の友だちベンノを踊った。
今回バレエ団公認の4人の舞台写真家を集めて行われた『白鳥の湖』ゲネプロ撮影は、サルフォードにてリバイバル前日の9月18日に行われた。撮影キャストはオートレッドとボンド、ベンノはジョナサン・カグイオアであったのだが、カグイオアが登場直後に脚を痛め降板した事から、1幕は急遽ブレイスウェルが代役に入り、3幕はディングマンが登場した。1幕のパ・ド・トロワは王子とベンノの2人と高級娼婦役の2人が並んで踊る場面があるのだが、ブレイスウェルが登場すると主役男性がブレイスウェルのスター・オーラにかき消されて見えなくなってしまった。
10月6日のバーミンガムでの公演でも全く同じ現象が起こった。1幕のパ・ド・トロワで長身のマッケイとブレイスウェルが並び、ブレイスウェルが腕を一振りし、足をアラベスクの高さに上げると、彼にだけ一条のまばゆいスポットライトが当たったようにマッケイの存在が見えなくなってしまった。
ブレイスウェルの場合、超絶技巧を奮って観客の目を自らにひきつけるタイプの踊り手ではない。節度のある演舞とラインの美しさなど芸術性の高さで光を放つダンサーである。それなのに何故2度もこのようなことが起こるのか? 私自身ただ驚いて見守ることしかできなかった。
J.ロバーツはオデットでは清純な乙女のたおやかさを、オディールでは清潔な色気の中に時々小悪魔のような魅力を垣間見せ、技術的にも黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥでのグラン・フェッテの安定やアラベスクで見せる豊かなバランスに成長の跡がうかがえた。
悪魔ロットバルトはトム・ロジャース。舞台での存在感が増してI.マッケイ、J.ロバーツ、ブレイスウェルと長身のスター・ダンサーとスター候補生の共演にわく当日の公演を大いに引き締めてみせた。
バレエ団には今シーズン、アナニアシヴィリ率いるグルジア国立バレエからアナ・アルブタシヴィリが移籍、また09年のモスクワ国際コンクール、ジュニア部門銀賞、12年のヘルシンキ国際コンクール、ジュニア部門金賞のカナダ人バレリーナ、エリス・シー他ほか実力派バレリーナが複数入団。6日【昼】はアルブタシヴィリが3人の花嫁候補の内ポーランドの姫を踊り、グルジア人らしい黒髪に黒い目の美貌と素晴らしいプロポーションや踊り手としての実力を披露。大人の女の色香とグラン・セゴンドやアチチュードのポジションの美しさやポアントの強さが光り、劇場に集まった関係者や観客から盛んな喝采を浴びていた。
3幕の各国の踊りのうちスペインの踊りを踊ったジェイムス・バートンの音楽性あふれるダンス、明るくユニークな役作りもまた印象に残った。
ブレイスウェルは生粋のロイヤル・バレエ・スクール卒のダンサーだけに、節度ある演技と控え目なステージ・マナーを念頭において役作りをする。演技力に不足はないが、ライト・サムソヴァ版『白鳥の湖』の感動が、王子とオデット・オディール、ベンノ役の充実と、最後にジークフリートの溺死体を抱いて舞台前方に歩み出てくるベンノの演技にかかっていることを思えば、もう少し要所で演技に強弱のアクセントをつけてみるのも良かったかもしれない。

london1301b_03.jpg photo/Roy Smiljanic

11月2日【金】午後はウェールズのカーディフでセリーヌ・ギッテンズとタイロン・シングルトンの主演公演を観た。06年ローザンヌ・コンクールのファイナリストとしてコンテンポラリー・ヴァリエーションで圧倒的な強さと大人びた魅力を披露しながらも受賞を逃したギッテンズ、膝十字靭帯損傷の故障を克服し、ここ数年演舞の充実と存在感の大きさで成長著しいシングルトン。
10月5日【昼】に本拠地で行われた黒人系ダンサー2人による全幕主演デビューは、公演前から大きな話題を呼び、9月23日には英五大新聞の1つであるガーディアンにインタビューが、10月第1週にはテレビのニュースにも取上げられた他、10月14日には英五大新聞のオブザーバーに舞台評が掲載された。
今や白人のみならずかつての植民地からイギリスに移民し定住した黒人やインド・アジア系人種の多いイギリス。夏のロンドン・オリンピックでも陸上7種競技金メダルのジェシカ・エニスや男子体操で鞍馬銀メダルのルイス・スミスら黒人系アスリートによる大活躍を目にしたばかりのイギリスの子供や青少年たちは、「才能さえあれば肌の色は関係ない」というギッテンズとシングルトンの言葉とそれを裏付ける活躍にもまた大きな勇気を貰ったことであろう。
シングルトンは1幕の登場から王族の威厳とナイーブさをあわせ持った王子像を体現。オデット、オディール役のギッテンズと共に、要所で白人ダンサーにはない身体能力の高さを印象付けた。残念であったのは演技達者なシングルトンが相手役とロマンティックな愛の物語を紡ごうとしているにもかかわらず、ギッテンズが演技面でそれに応えられなかったこと。3幕の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥなどは2人の身体能力とダイナミズムで大いに盛り上がりを見せたものの、ドラマという点では観客を感動させる事ができなかった。
カーディフは「白鳥の湖」の最終ツアー地。ダンサーたちはシーズン初めから舞台に次ぐ舞台、ツアーに次ぐツアーに疲弊し、風邪をひくものや怪我人が続出。当初3人の花嫁候補の1人を今シーズン入団のエリス・シーが踊る予定であったが、足首の捻挫のためソロが踊れず、1,3幕の貴婦人の演ずるのみにとどまったのは残念であった。
バレエ団の元芸術監督にして古典作品の改訂者・振付家でもあるピーター・ライト卿は現在86歳。今でも自作が上演される際には事前にリハーサルに立会い、上演中は毎晩のように公演を観る。カーディフでもBRBの指導者たちと並んで熱心にギッテンズとシングルトンの舞台を鑑賞するライト卿の姿があった。
ライト卿といえばイギリス・バレエの伝統を21世紀に伝えようとする英バレエ界の重鎮の1人。ギッテンズは股関節が柔らかいため、グラン・セゴンドでもギエム並に足が上がるのだが、そのように身体能力の高さを意図的に見せつけるのは英国バレエのスタイルにそぐわないため、バレエ団の指導者と共に、あくまでも英国スタイルの規範の中で自らの個性を奮うよう指導に心を砕いたという。

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11月3日【昼】はオートレッド、ボンド主演公演を鑑賞した。王妃をマリオン・テイト、ロットバルトをタイロン・シングルトン、ベンノをマティアス・ディングマンが踊った。
このペアは前述した9月18日のゲネプロ撮影に登場、9月20日にサルフォードで公演し好評を博したものの、翌週ボンドの腰の問題が悪化したため、公演最終地のカーディフまで再び共演することが出来ずにいたのであった。
主要キャストはディングマンを除いて全てイギリス人。テイト、ボンド、オートレッドの3人は優美なマイムで心の襞を表現、節度ある舞踊スタイルと静謐な演技の中に愛とロマンを香らせ、ライト卿が目指し、好む生粋のロイヤル・バレエのスタイルを体現してみせた。
本家であるロイヤル・バレエのプリンシパルのほとんどが外国人になってしまった今日、コベントガーデンではほとんど観ることの叶わない究極の英国バレエによる『白鳥の湖』全幕を、カーディフで観ることができたのはなんという恩寵であろうか。3人の共演は、当日劇場に集まった観客の心を大きな感動で見たし、4幕では多くの観客がその頬を涙で濡らしていた。
多くの団員を必要とするこの作品では入団1年目の新人も活躍。日本人のダンサーは12年初めにRBSから入団の淵上礼奈と09年ローザンヌ賞受賞後イングリッシュ・ナショナル・バレエ・スクール留学を経て秋に入団した水谷実喜が、佐久間奈緒や平田桃子主演日に、3幕黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥで(王子がオディールに愛を誓う場面で登場する)オデットのダブルを踊ったほか、3幕の民族舞踊マズルカを踊る姿もみられた。
今回のリバイバルでは様々な配役を見比べることが出来た。佐久間とツァオというバレエ団きってのスターによる華やかにして感動的な『白鳥の湖』、悲劇が似合う平田、モラーレスの舞台、オートレッド、ボンド、テイトによる英国バレエの伝統を21世紀に伝えるパフォーマンスの3つは、今後も私の心の中で生涯忘れられること無く生き続けるであろう。マシューズやブレイスウェルら新人の今後の活躍もまた楽しみである。
(2012年10月2,3,4,6日 バーミンガム・ヒポドローム劇場 11月2日、3日カーディフ・ミレニアム・センター。オートレッド、ボンド主演の舞台は9月18日サルフォード市ローリー劇場にて撮影。平田桃子のイメージ写真は10月2日バーミンガム・ヒポドローム劇場で撮影)

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