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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.06.11]

コジョカルの可憐なシルフ、そしてタマラ・ロホのロイヤル・バレエ最後のシルフ

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団 
Balo Della Regina by George Balanchine La Sylphide by August Bournonville , Additional Choreography, Production, Staging by Johan Kobborg
ジョージ・バランシン振付『王妃の舞踏会』 オーギュスト・ブルノンヴィル振付、ヨハン・コポー改訂振付・演出『ラ・シルフィード』

ロイヤル・バレエ団は5月21日から バランシン振付『王妃の舞踏会』と、ブルノンヴィルの原典版にバレエ団プリンシパルのヨハン・コボーが自らの振付を加えたコボー版『ラ・シルフィード』を上演した。
バレエ・シーズンも終盤にさしかかりダンサーたちが疲弊しているためか、主演が予定されていたプリンシパルのカスバートソンとペネファーザーが怪我で降板。上演直前にいくつかの配役変更があった。
シーズン半ばで突如退団したプリンシパルのセルゲイ・ポルーニンも2つの作品を主演する予定であったことを思い返せば、当初の配役に2度の大きな変更が加えられたことになる。
『王妃の舞踏会』は当初、ヌニェズとポルーニン、カスバートソンとボネッリ、『ラ・シルフィード』は初日をコジョカルとマックレー、2日目のロホとペネファーザーの他、マルケスとマックレー、ラムとポルーニン、コジョカルとコボーの5組が予定されていた。だがポルーニンの退団とカスバートソンとペネファーザーの降板により『王妃の舞踏会』はヌニェズとキッシュ、モレーラとボネッリの2組が、『ラ・シルフィード』の2日目はペネファーザーの代役としてファースト・アーティストのダーヴィッド・トルゼンシミエッヒがロホの相手役を務めることになり、当初この作品をポルーニンと踊るはずであったラムはトルゼンシミエッヒとコボーの2人と組むことになった。

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作品上演前にはタマラ・ロホが現シーズンでロイヤル・バレエを離れ、来シーズンからイングリッシュ・ナショナル・バレエ団(ENB)の芸術監督に就任し、ダンシング・ディレクターとして活動するとのニュースも飛び込み、イギリスのバレエ関係者とファンを驚かせた。
ロホがここ数年将来芸術監督として活躍するための準備を重ねていたことは、関係者やファンなら周知のこと。またロホにとってENBはロイヤル移籍前の古巣でもあった。だが元ロイヤル・バレエ団のプリンシパルで振付にも優れるウェイン・イーグリングがENBのディレクターになって以来、芸術性の高い作品を導入し、ムンタギロフをはじめとする若手に数多くのチャンスを与え、関係者から玄人ファンにまで評価の高かった。彼が突如バレエ団を追われ、ロホが芸術監督に就任するとは、誰も想像だにしていなかっただけに、不意を突かれた思いであった。
ENBは国内の中都市を中心に公演するツアー・カンパニーであるため、ロンドンでの公演はクリスマス〜お正月、春と夏の年3回。シーズンの上演作品数もロイヤル・バレエ団に比べるとぐっと少ない。
ロホ・ファンにとってロイヤル・オペラ・ハウスで彼女の舞台を観られるのは『ラ・シルフィード』『パゴタの王子』『誕生日の贈り物』の3作品。『パゴタの王子』は、主役のローズ姫ではなく悪役のエピーヌであることから、幕物の主役は『ラ・シルフィード』のみとなってしまった。
2度に渡る配役変更とロホの移籍劇により、ロホ・ファンと早くからチケットを購入していたいコベント・ガーデン友の会会員の多くが、突如チケットの放出や買い足しに奔走した。

初日の5月21日と22日、26日の公演を観る。
初日に『王妃の舞踏会』を主演したのはマリエネラ・ヌニェズとネマイア・キッシュ。4人のソリストはベアトリス・スティックス=ブルネル、崔由姫、エマ・マグワイアー、サマンサ・レインが務めた。
ヌニェズとキッシュは、キッシュの優れたパートナーリング技術もあいまって、音楽性とダイナミックなダンス技術、パートナーリングの妙を見せるこの作品のペアとして大いに輝いた。また5月にブライアン・マロニーと『リーズの結婚』を2度主演した崔は、昨年の『王妃の舞踏会』ロンドン初演時と同じソリスト役を何とも優美に踊り、ファンと観客を魅了。群舞の金子扶生もエレガントな腕使いと音楽性、シャープなフットワークで、舞台のどこにいても大変目をひく存在である。

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コボー版『ラ・シルフィード』は2005年にコベント・ガーデンで世界初演され、今回は2007年以来5年ぶりの再演。
主演のアリーナ・コジョカルは、初日に先立つ2日前5月19日のゲネプロにもコベント・ガーデン友の会会員とバレエ団公認舞台写真家の前に姿を現し、相手役のスティーブン・マックレーとドレス・リハーサルを行った。

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コジョカルは5月17日にABTに客演し、メトロポリタン・オペラ・ハウスで『ジゼル』を主演。24日,28日は再度ABTに客演して『ラ・バヤデール』を踊るとあって、過密スケジュールの中、大西洋を往復しての2つのバレエ団とリハーサルや公演を続けた。だが疲れは微塵も感じさせず、コボー版ロンドン初演の昔と変わらぬ軽やかさや日本人好みの愛らしさを振る舞い、何とも可憐なシルフを演じ、踊ってみせた。
マックレーにとっては21日がジェイムス役デビュー。新人時代に『ナポリ』を踊り、大小の跳躍や足先を打ち合わせるブルノンヴィル・スタイルを見事に体現して大いに注目された過去を持つだけに、ロイヤル・バレエ団でブルノンヴィル・スタイルをお家芸にするプリンシパルのヨハン・コボーに続いて、素晴らしいジェイムスを踊るのではないか、と関係者やファンの注目が集まっていた。
マックレーというと最近は古典作品の主役デビュー当日に緊張からか100パーセントの力を出しきれないことが多かったが、今回は19日のゲネプロに続いて2日後にジェイムス役デビューであったせいか、リラックスして作品に臨むことが出来た様子。相手役のコジョカルとも充分な感情のやり取りがあり、1幕の2人のパートナーシップには化学作用が働いた。ただ関係者が期待したブルノンヴィル・スタイルの体現という意味では、目を見張るほどの驚きはなかった。

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婚約者エフィーを踊ったのは、ここ数年目覚しい活躍を続けているファースト・アーティストのエマ・マグワイアー。花嫁姿が良く似合うフレッシュな魅力でスコティッシュ・ダンスを踊り印象に残った。
初日に準主役ガーンを踊ったのはヴァレンティーノ・ズケッティ。スカラ座バレエ学校とロイヤル・バレエ・スクールで研鑽を積み、卒業後はチューリッヒ・バレエやノルウェー国立バレエで活躍。ロイヤル・バレエには2年前に入団のイタリア人ダンサーで、今年24才。ガーンは初役かと思いきや、チューリッヒ・バレエ時代にこの役を踊り既に注目を浴びていたという。音楽性に富み、ブルノンヴィル・スタイルの特徴である大小の跳躍とバットリー、それぞれの技に加味するアクセントのつけ方も巧みで、主役のマックレーを凌駕する魅力の持ち主だ。
魔法使いマッジは若手キャラクター・ダンサーで振付家でもあるクリステン・マックナリー。この役を演じるには大分若いのだが、1幕でガーンに酒を勧められ一気飲みした後に見せる酒好きな様子に芸達者ぶりがうかがわれ、魔法のスカーフを作る場面では若い踊り手ならではのダイナミズムがあふれた。

5月22日に『王妃の舞踏会』を主演したのはラウラ・モレーラとフェデリコ・ボネッリ。これまで『マノン』『オネーギンで共演したいへん素晴らしいパートナーシップをつむいだ2人の久々の共演である。同じ音楽性を有し、バランシン作品を得意とするダイナマイト・ペアだけに、冒頭シーンで舞台に登場した際、観る者に「手に汗握る素晴らしい共演になるに違いない」と確信させる気迫とオーラがあった。実際モレーラ、ボネッリそれぞれのソロ、デュエットに2人の技量が炸裂。火花散るスーパー・パフォーマンスとなった。

『ラ・シルフィード』はタイトル・ロールをタマラ・ロホ、ジェイムスを入団4年目のダーヴィッド・トルゼンシミエッヒ、マッジをギャリー・エイヴィス、エフィーをロマニー・パジャック、ガーンをヨハネス・ステパネクが踊った。
トルゼンシミエッヒはポーランド出身。06年のローザンヌ・コンクールのファイナリストで、コンクールをきっかけにロイヤル・バレエ・スクールに2年留学。08年にバレエ団に入団している。20代初めながら品格高く、近年では数少ないダンスール・ノーブルである。今シーズン高田茜と『くるみ割り人形』を2度主演し、全幕主演デビューを果たしたことについては2月10日期更新号でお伝えした。『ラ・シルフィード』は過去にパ・ド・ドゥのみ踊ってはいるが、全幕を主演するのは今回が初めてであったという。
ロホはスコティッシュ・バレエ団、ENBを経てロイヤル・バレエ団に移籍している。『ラ・シルフィード』はスコティッシュ・バレエ時代より踊りこんでいる役である。
ロホは登場より香りたつような魅力とスター性で観客の目を一身に惹き付けた。タータンのスカーフを纏って微笑む様子や結婚指輪を奪ってジェイムスを森に誘う姿には、男性なら誰もが心奪われその呪縛から逃れることはできない。
トルゼンシミエッヒはキルトを着た立ち姿が優美で、品格高い所作もあいまってスコットランドの若者というよりも王族の風情。20代初めながら落ち着いた雰囲気とエレガンスの持ち主で、節度あるステージ・マナー、確かなフットワークと美しい足さばき、アントルシャからきれいな5番ポジションに着地する様子は、ブルノンヴィル・スタイルをお家芸とするデンマーク・ロイヤル・バレエ団の貴公子ダンサーとして一世を風靡したエリック・ブルーンを想い出させた。ロホとの全幕初共演は大成功で、たいへん格調の高い舞台を見せてくれた。バレエ団の次世代の貴公子ダンサーとして成長してゆくに違いない逸材である。
1幕で若者たちがそれぞれの家のタータンを纏って舞台に勢揃いし、スコティッシュ・ダンスを踊るこの作品では、バレエ団の新人や若手の活躍が目に付いた。
エフィーを踊ったロマニー・パジャックもジェイムスを想う一途な心と可憐さで印象に残ったし、初日にエフィーを踊ったマグワイアーがサビーナ・ウェストコム、エリザベス・ハロッドと踊ったエフィーの友人の踊りは初日以上の充実ぶりだった。
また初日にスコティッシュ・ダンスを踊った男性3人組のアレクサンダー・キャンベル、ジェイムス・ヘイ、ジェイムス・ウィルキーの3人も忘れがたい。
26日には2幕の第1シルフ役でメリッサ・ハミルトンが登場。軽やかな舞とタリオーニを思わせる腕使いで強い印象を残した。
(2012年5月21日、22日、26日、ロイヤル・オペラ・ハウスで。コジョカル、マックレー組の写真は5月19日最終ドレス・リハーサルを撮影。ロホの写真は2007年撮影)

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写真に登場するダンサー
『王妃の舞踏会』
マリアネラ・ヌニェズ、ネマイア・キッシュ、崔由姫、金子扶生 他
『ラ・シルフィード』
シルフ/タマラ・ロホ、アリーナ・コジョカル
ジェイムズ/スティーブン・マックレー
エフィー/エマ・マグワイアー
ガーン/ヴァレンティーノ・ズケッティー
マッジ/クリステン・マックナリー
ジェイムスの母/ウルスラ・ハゲリ
エフィーの友だち/リアナ・コープ、イオナ・ルーツ、レティシア・ストック、アレクサンダー・キャンベル、ジェイムス・ヘイ、ジェイムス・ウィルキー