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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.02.10]

セルゲイ・ポルーニンが満を持してアルブレヒト・デビュー

Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
Giselle by Sir Peter Wright
ピーター・ライト振付『ジゼル』
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英国ロイヤル・バレエ団は1月11日~2月19日までピーター・ライト版『ジゼル』を公演。今回はタマラ・ロホとカルロス・アコスタを初日に、マルケスとポルーニン、ヌニェズとぺネファーザー、コジョカルとコボー、ガリアッツィとソアーレス、ベンジャミンとワトソンの6組による計12公演が行われた。
関係者とファンが早くから注目していたのが1月12日に予定されていたバレエ団最年少の男性プリンシパル、セルゲイ・ポルーニンのアルブレヒト・デビューであった。

ここ数年ロイヤル・バレエで次期スター候補といえば女性は崔由姫、メリッサ・ハミルトン、そして高田茜、男性はスティーブン・マックレーとセルゲイ・ポルーニンであった。
ハミルトンを除いた4人と私は、それぞれがローザンヌ・バレエ・コンクールに出場し、スカラシップを受賞した年にボーリュー劇場で出会い、それ以来成長の過程を写真に撮り、かつ見てきた。4人とも少年少女の頃からある者はスター性や芸術性に秀で、ある者は豊かな将来性を持っていた。
崔、高田、マックレーの3人が、ローザンヌ参加の10代の時点で、既に踊り手として今と同じぐらい老成していたのに対して、ポルーニンだけはこれまで長いこと未完の大器で、私にも多くのバレエ関係者にも、一体踊り手として彼がどこまで成長するのか見当すらつかなかった。その事実は、一種の末恐ろしくすらあった。

実際4人の中でもローザンヌ以来最も体が変化したのが、ポルーニンである。
コンクールで一位を受賞した時は、小柄で華奢な子供の体だったのが、ここ数年ぐんぐん背が伸び、今では190cm近くにもなった。体が成長し続けていたわけだから、踊り手としての成長もそれに比例し留まるところを知らなかった。
08年秋の『船旅への招待』で急にダンスール・ノーブルらしさが身について以来、昨年の『ラ・バヤデール』のソロル、『眠れる森の美女』のデジーレ、今シーズン初めの『オネーギン』のレンスキーと、ポルーニンは、古典の大作やドラマティック・バレエの主要な役でのデビューするたびに、急成長。
そして今シーズン初めにレンスキーを2度踊ったあたりで、やっと彼の持つ才能の大きさとその輪郭が、われわれ関係者の目に明らかになった。

通常、英5大新聞やダンス雑誌の批評家たちは各演目初日のプレスナイトに招待される。だが今回は2日目のポルーニンのデビューを観たいと、何人かの著名批評家が熱望した。私自身もポルーニンのデビュー公演を観るため、1月12日の夜、コベント・ガーデンに足を運んだのである。
通常は1階席で公演を鑑賞するのだが、この夜は3階席バルコニーの中央正面から観た。
まず、ポルーニンのデビュー云々ということを抜きにしても、バレエ団全体が一丸となってこの古典作品に取り組む姿勢に心を打たれた。 
1月中旬といえば、10月の新シーズン開幕からクリスマス・お正月の公演を終え、ロイヤル・バレエ団のダンサー各人が最も疲れている時期である。にもかかわらず群舞からソリスト、プリンシパルにいたるまでが渾身のパフォーマンスを見せて
くれたのである。
 

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当日は、ジゼルにロベルタ・マルケス、ヒラリオンにトマス・ホワイトヘッド、アルブレヒトのお付をヨハネス・ステパネク、母のベルタにはクリスティン・マックナリーが扮した。
ポルーニンは登場シーンで、愛しいジゼル逢いたさに舞台に走りこんでくるが、ジゼルの家のドアをノックする前に、逡巡があり自分が誰かに見られていないか、周囲をうかがう様子に、貴族である自分が本当にこの恋にのめりこんで良いのか、迷いがある。
ジゼルのことは愛しく思っているが、この恋にしばしうつつをぬかしても、近々バチルドと結婚しなければならない自らの定めについてよく理解しており、その現実に逆らう気持ちはないのである。

マルケスにとってジゼルとジュリエットは、コベントガーデン・デビュー以来の当たり役。幼く見える容姿、強靭なポアント・ワークとバランス技術は、1幕を踊るにはうってつけだ。
かつてはジゼルを踊るには健康的に見えすぎた感もあったが、今回は登場より快活な村娘を演じながらも、体の弱さも巧みに表現し、舞台の上には悲劇の予感が漂っていた。
また1幕の村娘としての場面では、肩や首の使い方や角度で、貴婦人の洗練された立ち振る舞いとは対極にある、洗練とは別の種類の村娘らしい愛らしさを表現しており、感心させられた。

ポルーニンは1幕のジゼルとのデュエットで、腕の運びや角度をマルケスと巧みにシンクロさせ、ソロではアントルシャの繰り返しの部分で音楽にアクセントを添えるように足を打ち鳴らすといった、ロシアのトップ・ダンサーが披露する美技を見せ、関係者を唸らせた。
群舞の村娘たちと列をなし、ジゼルが片方の端に、アルブレヒトがもう片方の端に並んで全員で舞台上に大きく弧を描く場面では、ポルーニン一人だけ、まるで宮廷舞踊を踊っているかのような優美さで、村の娘たちとは違ったオーラを見せており、観客には身分を隠している貴公子と村娘たちとの身分の違いがはっきり見えていた。

デビュー直後から近年までパートナーリングに大きな問題があったポルーニンだが、今回のアルブレヒト・デビューでは、1、2幕ともに破綻は一切なかった。充分練習して舞台に臨んだのであろう。2幕の精霊となったジゼルと踊る部分でも非常にこなれた印象で、小柄なマルケスを良くサポートしていた。
アルブレヒトのソロでは、2幕もラインが際立って美しくエレガントであったし、最後に倒れこむ場面は、あまりにも自然な演技であったため、バレエを良く知らない観客たちは、本当に彼が怪我をして倒れてしまったのではと心配し、どよめきがおきたほどであった。

終演後のコベント・ガーデンは、ポルーニンの成長と見事なアルブレヒト・デビューに熱狂したファンと関係者からのブラボーの嵐と、大きな拍手で大変な騒ぎとなった。

今回の『ジゼル』は、踊り手のみならず音楽がまた素晴らしかった。ポルーニン・デビュー公演を含む12公演中8回を、ドイツ人で現在バーミンガム・ロイヤル・バレエ団のミュージック・ディレクターをつとめるコーエン・カッセルが指揮。スコアの魅力を十二分に引き出すとともに、個々の踊り手に敬意を持った指揮をするカッセルは、現在バレエ音楽の指揮者として世界最高峰にあることを関係者と観客に強く印象付けた。

準主役ではジゼルの母ベルタを演じたクリスティン・マックナリーが、若いながらも巧みに老け役を演じ、ライト版特有の「森の精霊たち」について物語る語るマイムの部分に秀でていた。トマス・ホワイトヘッド扮するヒラリオンは、粗野な中に男の色気や包容力があり、たいへん魅力的であった。今シーズン『シルヴィア』で悪役オリオンを踊ったあたりから、元々彼が持つ男性的な個性に、名キャラクター・ダンサーとしてのオーラが加わり、何を演じ、踊っても観客を惹きつけずにはおかない魅力が備わっている。

日本出身のダンサーは1幕のパ・ド・シスに高田茜が、平野亮一が狩の一行のリーダーを、2幕のモンヤを崔由姫が踊った。
ちなみに初日1月11日のロホとアコスタ公演当日のパ・ド・シスは、中心となるペア(ペザント・パ・ド・ドゥ)を崔由姫とリッカルド・セルヴェーラが踊ったが、ロホ・アコスタ組2度目の公演の1月20日は、セルヴェーラの怪我により崔由姫と蔵健太がペザント・パ・ド・ドゥを踊り、充実したパフォーマンスを見せた。
(1月12日、20日 ロイヤル・オペラ・ハウス。11日の最終ドレス・リハーサルを撮影)
写真のキャストは
ジゼル/マリネラ・ヌニェズ、アルブレヒト/ルーパート・ベネファーザー、ミルタ/ヘレン・クロフォード

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撮影:Angela Kase
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