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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.01.11]

総合芸術として優れたコラボレーションをみせたビントレー版『シンデレラ』

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
Cinderella by David Bintley
ビントレー振付、新『シンデレラ』(世界初演)
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イギリス2010・11年バレエ・シーズン最大の話題は、英国ロイヤル・バレエ団とバーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)の2大バレエ団それぞれが、話題の振付家による全幕新作世界初演を予定していたこと。
英国ロイヤル・バレエ団は2月28日に予定されているガラ公演でクリストファー・ウィールドン振付の新『不思議の国のアリス』を上演すべく準備を進めている。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)団は、本拠地ヒポドローム劇場クリスマス・シーズンに、芸術監督にして振付家、デイヴィッド・ビントレー振付の新『シンデレラ』全幕を発表した。

BRBによる新『シンデレラ』が世界初演されたのは11月24日。前日23日にファースト・キャストとセカンド・キャストによるゲネプロが行われた。夜のファースト・キャストのゲネプロは、バレエ団をサポートする有志に公開された他、BBCのテレビ・カメラにも入った。
 
イギリスで『シンデレラ』といえば、アシュトン卿がマーゴ・フォンティーンに振付けたロイヤル・バレエ版が有名であり、現在もクリスマス時期に頻繁に上演されている。
 
『アーサー王パート1、パート2』『エドワード2世』『遥か狂乱の群れを離れて』『シラノ』『美女と野獣』など数多くの全幕作品を発表し、今では数少ない物語バレエの振付家として世界的に評価の高いビントレーだが、 これまで全幕作品創作にあたっては、イギリスの史実や名作文学を題材を求め、オリジナル作品を作ってきたため、自国出身の偉大な振付家であるアシュトンやマクミランと細かく比較評価されることは無かった。
だが今回初めてアシュトン卿の名作と同じ題材に自身による新バージョンを振付け、コベント・ガーデンでロイヤル・バレエ団がアシュトン版を上演するのとほぼ同時期に発表することから、英国のバレエ関係者は「新『シンデレラ』で振付家ビントレーの評価が決定的なものになる」と早くから注目していた。

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地元バーミンガムとその近郊、英国中部のバレエ・ファンは、ビントレーが老若男女を魅了する全幕作品を作る振付家であることは百も承知だ。また演舞に優れ個性豊かなプリンシパルとソリスト揃いのBRBのこと、「どのキャストであろうと、観に行けば感動間違いなし」と、観客がまだ観ぬ作品に寄せる期待と関心は高く、チケットの売れ行きも活発で、公演直前にはペア席のチケット入手が至難となっていた。
ファースト・キャストはシンデレラにエリーシャ・ウィリス、王子にイアン・マッケイ、継母にはマリオン・テイト、意地悪なお姉さんをゲイリーン・カマフィールドとキャロル・アン・ミラー、魔法使いをビクトリア・マールが踊った。
セカンド・キャストは当初、佐久間奈緒とジェイミー・ボンドが予定されていたが、新シーズン開幕直後にボンドが怪我の再発で休養を余儀なくされたことから、佐久間はベテランのマシュー・ローレンスと踊ることになった。
平田桃子はアレクサンダー・キャンベルを相手役に12月1日の昼の部にタイトル・ロール・デビューし、計3公演に主演した。
 
テレビ放映されたファースト・キャストによる公演、セカンド・キャストの佐久間・ローレンス組、12月12日のヒポドローム劇場千秋楽に踊ったナターシャ・オートレッドとジェイミー・ボンド組を観た。
 
バレエの原作はもちろん御伽噺の『シンデレラ』、音楽もプロコフィエフのスコアが使われている。だがビントレー版にはアシュトン版とは異なる登場人物の個性や物語設定があり、より観客の心に強く訴える作品になっていた。

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幕が上がるとまずプロローグ。
シンデレラの母の葬儀の場面から始まる。
7、8歳のシンデレラと父が喪服を着て墓地に佇んでいる。シンデレラは父に抱きしめられながらも母を失った悲しみに涙し、母亡き将来を憂う。
その後、父は2人の少女を連れた女性と再婚した後亡くなり、シンデレラは継母と意地悪なお姉さんたちに虐げられるようになる。
女性3人の炊事・洗濯と、お手伝いさんのように使われるシンデレラは、冬だというのに着古したドレスに裸足だ。継母や姉の虐めに耐えられなくなると、母の形見の品2つを取り出して自分を慰める。
その形見の品とは母の小さな絵姿と赤いビロードの箱に入ったガラスの靴。台所の食器棚の下に隠している箱の中の靴は、今は亡き実母が若かりし日に舞踏会ではいて踊ったダンス・シューズだ。
台所でたった一人母の形見の靴をはき、ほうきをダンス・パートナーに見立ててワルツを踊るシンデレラ。
ビントレー版のシンデレラは、暖炉から黒い墨のかけらをひろい、その墨でほうきに人間の顔を描く姿が愛らしい。
 
アシュトン版との相違は、アシュトン版には継母が登場せず、シンデレラの父が登場するが、ビントレー版では、シンデレラの母に続いて父も早く亡くなっているという設定のため、父は登場せず、継母と意地悪なお姉さん2人が登場。
アシュトン版で男性が踊る姉役は、ビントレー版では若い女性によって踊られ、一人はやせっぽち、一人は食いしん坊なおデブという設定。おデブの姉は、とても自然に見える肉襦袢を着て登場するので、はじめ観客はバレエ団のバレリーナが踊っているとは気がつかないほど。
 
魔法使いは貧しい老女に身を変え、シンデレラの家に現れる。
裸足の貧しい老女を哀れに思ったシンデレラは、大切にしていた母の形見の靴を老女に恵むことを決意し、履かせる。
ビントレー版では、魔法使いはシンデレラの母の霊という設定。虐げられながらも優しい女性に成長したシンデレラに、魔法使いは「かならず幸せになれる」と語り、かぼちゃを美しい馬車に変え、シンデレラに美しいドレスやティアラを与え、舞踏会へと送り出す。

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バレエは音楽、振付、衣裳や装置による総合芸術。BRBが全幕作品を作る場合、優れたデザイナーや作曲家、演奏家とビントレーのコラボレーションが絶妙で、素晴らしい作品が出来上がる。
今回もジョン・マクファーレンによる衣裳やセットがたいへん美しく、観客を夢の世界に誘った。衣裳や鬘はロココのスタイルを基調にしながら、どこかゴシック風で遊び心に富んでおりたいへん興味深い。
バレリーナが身につけるチュチュの縫製には、長らくロイヤル・バレエの衣裳部で活躍し、現在はフリーランスとして世界の著名バレエ団の衣裳や有名バレリーナ、男性ダンサーの衣裳を作る日本人男性も携わった。

振付はシンデレラが1幕、3幕と裸足で登場することから、主役女性がトウ・シューズを履いて踊る部分は2幕の舞踏会のシーンと3幕(数分)のみ。
王子とシンデレラのパ・ド・ドゥには難解なパートナーリングが多く用いられている。
王子の登場シーンのソロの最後は、手のポジションを入れ替えながらの華やかな旋回技で締めくくられているため、技量に優れたスター・ダンサーが登場すれば、登場シーンからきらびやかなテクニックを披露して観客の心を鷲づかみにできるが、精神的にナーバスになるタイプや技が伴わない若手が踊れば、関係者や玄人ファンに初めのソロで実力を見破られてしまう怖さがある。

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振付家として音楽に対して鋭い感性を持つビントレー作品の中には、踊り手が手を叩いたり、足を踏み鳴らすなどして、音楽にそれ以上のインパクトを与えることが多く見られる。
新『シンデレラ』では1幕で登場するダンス教師が杖を持って現れ、意地悪なお姉さん2人にダンスを教える場面で、杖で何度も床を打って、音楽にさらなるアクセントを添えた。
 
アシュトン版に見られる四季の精はビントレー版にも登場。舞台背景として星空が使われるのもアシュトン版を彷彿とさせる。これはアシュトンとその作品に大いなる敬意を示すビントレーから、偉大なる師に贈るオマージュなのかもしれない。
 
ウィリスとマッケイによるファ−スト・キャストは、貧しいが善良な女性シンデレラと、ハンサムな王子という設定がよく似合った。
継母のマリオン・テイト、意地悪なお姉さんを踊ったゲイリーン・カマフィールドとキャロル・アン・ミラーの2人の女性プリンシパルも適役を好演。魔法使い(シンデレラの母の霊)はヴィクトリア・マールで、長らく逢わなかった娘シンデレラに寄せる愛の深さが印象に残る。
 
四季の精は、春を平田桃子、夏をレイ・ザオ、秋をアンジェラ・ポール、冬を07年のローザンヌ賞受賞者で入団3年目のデリア・マシューズが踊った。
王子の友人にはジェイミー・ボンド、アレクサンダー・キャンベル、ジョゼフ・ケイリー、マティアス・ディングマン。ディングマン以外は王子役に抜擢されている実力派若手である。
 
セカンド・キャストの佐久間奈緒は1幕でお姉さんたちから激しい虐めを受けた後や、3幕の舞踏会の後、暗い台所の床で眠りから目覚めた後の演技が白眉。また1幕で姉2人に個人レッスンを施すため現れたダンス教師に自らの踊りを披露する場面では、シンデレラが「ダンスが好き、かつ上手な娘」であることを観客に強くアピール。変身後、舞踏会に向かう場面での輝きやスター・オーラにも相変わらず目を見張るものがあった。
 
マシュー・ローレンスは登場のソロにテクニックを奮って観客の心をつかんだ他、3幕で「舞踏会で出逢った憧れのプリンセス(=シンデレラ)」が、実は貧しい女性であることを知った後に見せる包容力も頼もしかった。
ローレンスは『シンデレラ』開幕直前に祖国ニュージーランドで不幸があり、一時帰国を余儀なくされ、相手役の佐久間とはリハーサル期間も僅かであった。だがパートナー技術に優れた彼と経験豊かな佐久間は、観客にそんなことを微塵も感じさせぬ好演で観客を沸かせた。
 
初日に魔法使いを踊ったヴィクトリア・マールが、意地悪なお姉さんの一人を踊り、豊かな表現力で強い印象を残した。
魔法使い(シンデレラの母の霊)は中国人バレリーナのレイ・ザオ。視覚的に佐久間=シンデレラの母という設定がしっくりくる上、優雅にして上品だ。在りし日には、シンデレラの形見となっているガラスの靴を履いて舞踏会の花だったのでは? と思わせる品性の良さがあった。
四季の精の夏をセリーヌ・ギテンズが、冬を新人のイベット・ナイトが踊った。
ギテンズはギエムやセミオノワを髣髴とさせる身体能力の高さで、ナイトはロイヤル・バレエ・スクール出身のイギリス人バレリーナらしい節度と品格の高さで好感が持てた。
王子の友人は厚地康雄、スティーブン・モンティス、クリストファー・ロジャーズ・ウィルソン、タイロン・シングルトンという容姿とプロポーションに優れた男性4人がつとめた。先シーズンから抜擢の続いた厚地には大きな成長の跡がうかがわれた。音楽性に優れ、優美で芸術性の高いダンスール・ノーブルになるであろう将来性を持つ厚地は、ビントレーに請われて2月に日本の新国立劇場バレエに移籍するという。

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私が見た3キャストの中では、スター競演の佐久間・ローレンス組と共に、ナターシャ・オートレッドとジェイミー・ボンド組が強い印象を残した。
オートレッド・ボンド組は「観客に与える物の多く持ったペア」である。
バレエは美しい容姿のバレリーナと男性舞踊手が、優美に綺麗に踊るだけでも踊り手に技術さえ伴っていれば目の保養になりえる芸術だ。だが私はこの二人のよるストーリー・バレエを観る度に「バレエとは綺麗で優美なだけの踊り手には与えきれない魅力をたくさん持っている」ことに気がつく。
大きな目を見開いて舞台を食い入るように見つめる子供たちに与える「優しさ」や「暖かさ」。人生に疲れた者たちに与える「癒し」、観客の心を揺さぶり涙させる「感動」。オートレッドとボンドが紡ぐ物語バレエは常にペーソスに満ち満ちている。
オートレッド=シンデレラは継母や姉達の虐めや自分の立場を受け入れながらも、だからこそ日々美しい夢を見ながら健気に生きている。
演技派ダンスール・ノーブルのボンドとオートレッドによる舞台は、2、3幕を通じて非常にロマンティックで、特に3幕の再会後の場面が愛にあふれ心に残った。
 
四季の精は春を平田、夏をギテンズ、秋を佐久間、冬をロッサルドが踊るという豪華キャスト。佐久間と平田がこのように準主役で1列に並ぶのを観るのは初めてであった。清楚にして正確なダンス・テクニックの持ち主平田、スター・オーラと存在感に優れる佐久間。対照的な個性の2人によるパフォーマンスを一度に観るのは非常に興味深い。
また当日はベテランのアンドレア・トレデニックが魔法使いを踊り、優美な姿を印象付けた。
個性豊かなプリンシパルやソリスト陣を擁するBRBでは、それぞれのダンサーが一つの作品で複数の役柄を演じ踊る。
各配役は、そのどれもがユニークで、ファンには見逃せない魅力を持つ。
 
曹馳(ツァオ・チ)とアンブラ・ヴァッロ組、平田桃子とA・キャンベル組なども素晴らしい舞台をくりひろげたことと想像する。また近い将来、読者の皆さんにご紹介できたらと思う。
 
今年5月に3年ぶりの日本公演を控えているバーミンガム・ロイヤル・バレエ。
吉田都の客演もあり、日本各地で素晴らしい舞台が観られることだろう。
 
昨年秋に豪アカデミー賞最優秀男優賞にノミネートされながら、惜しくも受賞を逃した曹馳(ツァオ・チ)は、新『シンデレラ』の本拠地シーズン主演後、オーストラリア・バレエ団の『くるみ割り人形』に客演。
2月には新しい映画のクランクインのため、中国に向かう。新作映画では準主役のロック・シンガーを演ずるという彼は、帰国後、日本公演に向けて調整に励む予定だ。
(11月24日のテレビ収録分、12月11日、12日バーミンガム・ヒポドロームでの公演。11月23日の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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撮影:Angela Kase
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