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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.12.10]

『テーマとヴァリエーション』初演を踊った名花、アロンソを迎えて

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
La Valse by Sir Frederick Ashton, Invitus Invitam by Kim Brandstrup, Winter Dreams by Kenneth MacMillan, Theme & Variations by George Balanchine
ロイヤル・バレエ小品集 フレデリック・アシュトン振付『ラ・ヴァルス』、キム・ブランドストラップ振付『インヴィタス・インヴィタム』(世界初演)、ケネス・マクミラン振付『ウィンター・ドリームス』、ジョージ・バランシン振付『テーマとヴァリエーション』

ロイヤル・バレエ団は10月15日〜30日まで、アシュトン、マクミラン、バランシンによる珠玉の名作バレエと、キム・ブランドストラップ振付世界初演作品による「バレエ小品集」を上演した。
初日5日前の10月10日、ロイヤル・バレエ団広報が突如「15日の初日はキューバから往年のプリマ、アリシア・アロンソを招く」というアナウンスをしたため、ニュースに驚いた(初日のチケットを持っていない)ファンや関係者はチケット入手に奔走しなければならなかった。
「なぜこの演目にアロンソを招くのか?」
若いバレエ・ファンや関係者は知る由もなかったが、バランシンの『テーマとバリエーションズ』は、元はといえば1947年当時ニュー・ヨーク・シティ・バレエで活躍していたアリシア・アロンソのために振付けられたバレエ。
今年はアロンソ生誕90年にもあたるため、芸術監督モニカ・メイソンは、この偉大なバレリーナをコベント・ガーデンに招くことを思いついたという。

ファースト・キャストによる初日10月15日とセカンド・キャストによる10月28日の2公演を観る。
15日、初日のロイヤル・オペラ・ハウス(以下ROHと略)の公演プログラム売り場には、若き日の美しいアロンソが『テーマとバリエーションズ』の衣装を着ている白黒写真が印刷された特別公演を祝すプリントが置かれ、配役表を求めるファンやプログラムを購入する観客に配られた。
公演開始直前、舞台上手2階のロイヤル・ボックスがスポットライトで明るく照らし出されたかと思うと、アロンソが登場。ROHの全観客から大きな拍手が贈られた。

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幕開け作品はアシュトン58年作品の『ラ・ヴァルス』。
舞台は古きよき時代のヨーロッパ。舞踏会で軽やかに踊る若き貴婦人と貴公子たちの様子が描かれた小品で、英国ロイヤル・バレエ団らしい品格と香気あふれるバレエである。
群舞からソリストまで、たくさんのダンサーが一糸乱れぬワルツを踊る中、男女3組のカップルが登場する。
当初、ローレン・カスバートソンとルーパート・ペネファーザー、小林ひかるとギャリー・エイヴィス、ヘレン・クローフォードと平野亮一の3組がキャストされていたが、小林が脚の肉離れのため降板。
サマンサ・レインが小林の、今シーズン、デンマーク王立バレエ団よりプリンシパルとして移籍してきたアメリカ人ダンサー、ネヘミア・キッシュがペネファーザーの代役を務めた。

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この作品の主要カップルに求められるのは、美にこだわったアシュトン作品の主演者らしく美しい容姿の持ち主であること、そして英国ロイヤル・バレエ団のすべてともいえる「控え目」でいながらたくさんの踊り手の中にあって「気高さと優美さで際立った存在感を醸し、他より抜きん出ること」。
今回この課題をただ一人クリアしていたのがローレン・カスバートソンであった。
数少ないイギリス人プリンシパルのカスバートソンは、付属校時代から学んだ英国バレエ・スタイルの最も優れた体現者として、アシュトン作品のエレガンスをアリシア・アロンソに、そして当日ROHに集まった満場の観客に印象付けたのである。
カスバートソンは来年2月末に世界初演予定のクリストファー・ウィールドン振付『不思議の国のアリス』全幕の主演が予定されており、現在最も好調の波に乗り、輝いているバレエ団の女性プリンシパルである。

主要3組以外では若手男性群舞が活躍した他、蔵健太がエレガンスとダイナミズムの融合と持ち前のラインの美しさで、また高田茜が空間使いの大きさと優美さで印象に残った。

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キム・ブランドストラップの新作『インヴィタス・インヴィタム』は、フランスの劇作家ジャン・ラシーヌが17世紀に書いた戯曲『ベレニス』に触発された作品。
ローマ皇帝タイタスと相思相愛ながら、報われることのなかった二人の愛を描いた17分の小品である。
世界初演にはコジョカルとコボーが予定されていたが、体調維持のためコジョカルが作品から降板。
初演を含む全5回の公演をセカンド・キャストのリアン・ベンジャミンとエドワード・ワトソンが踊ることになった。ベンジャミン・ワトソンといえば、マクミラン作品からウィールドンの現代作品の優れた体現者として知られるだけに、古典戯曲の悲恋を底辺においたブランドストラップ小品の雰囲気と現代舞踊のボキャブラリーを観客に伝えるカリスマに富んでいる。

『ラ・ヴァルス』のカスバートソンもそうだが、ワトソンも英国ロイヤル・バレエ団の香気と優美を立ち姿だけで観客に伝える生粋のイギリス人プリンシパルだ。
スペイン、キューバ、イタリア、ルーマニア、スェーデン、オーストラリア、ウクライナ、アルゼンチン、ブラジル、グルジア、アメリカと、プリンシパルが多様化したロイヤル・バレエ団で、今もバレエ団独自のスタイルと持ち味を観客に伝える数少ない演者である。

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『ウィンター・ドリームス』はチェーホフの『3人姉妹』を原作にしたマクミラン晩年の味わい深い小品。世界初演キャストのバッセルとムハメドフ主演のスタジオ収録映像がDVDにもなっているので、ご存知の読者も多いことと思う。
作品のクライマックスである主人公マーシャとヴェルシーニンによる「別れのパ・ド・ドゥ」の世界初演は1990年8月、エリザベス女王の母君で、舞台芸術をこよなく愛したエリザベス皇太后の90歳の誕生日を記念するガラ公演で披露された。
小品としての世界初演は翌91年の2月。筆者は世界初演を観ているが、既に作品が世に出てから20年が過ぎたのかと思うと感慨深かった。

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今回シーズン幕開け作品『オネーギン』の後にこの作品を見て、いくつか発見があった。
『オネーギン』の3幕別れのパ・ド・ドゥと『ウィンター・ドリームス』の音楽が一部一致すること、また『オネーギン』の一幕、タチアナとオネーギンが館の外を散歩する場面で、男性主役がヒロインを高々とリフトする振付が『ウィンター・ドリームス』の主役であるヴェルシーニンとマーシャの間にも見られるという2つの一致。

92年『マイヤリング うたかたの恋』上演時に心臓発作を起こし、ROHの舞台下の奈落で没したマクミランは、『ウィンター・ドリームス』創作前から心臓を患っており「次に大きな発作が起これば助からない」と言われていた。
遺作になるかもしれなかったこの作品で、マクミランは親友であったクランコの天才と傑作に敬意を表し、それをいつの日か観客に知らせるべく、作品に刻んでおいたのであろう。
モニカ・メイソンは、今は亡き巨匠が作品に隠したタイム・カプセルの封印をとき、関係者と観客に不世出の天才振付家2人の友情の深さを教えてくれたのである。

この作品が初演された90年代初めからその後10年ほどは、バレエ団にマクミランが愛した演技派ダンサーが多く存在したため、世界初演とその後のリバイバル上演では、数多くの見ごたえのあるパフォーマンスが繰り広げられたものである。
初演ではバッセルが主役のマーシャを、デュランテが二人の男性に愛される末の妹イリーナを演じて魅力的であった。
96年にはデュランテがマーシャを演じ、バッセルとは違った個性で観客の心をつかんだ。

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この作品は、女性主役マーシャについては、バッセル・デュランテに迫るバレリーナが長いこと存在せず、また男性主役のヴェルシーニンについても初演のムハメドフ以外の踊り手が踊ると何故か作品がしまらなかった。
だがあれはいつのことだったか。シルヴィ・ギエムがニコラ・ル・リッシュを招いてこの作品を踊ったことがあった。この二人のよる『ウィンター・ドリームス』は、まるで一遍のフランス映画を見るようなロマンにあふれ、観客を大いに酔わせてくれた。

今回ファースト・キャストでマーシャを踊ったマリアネラ・ヌニェズは、女優バレリーナとして開眼したのか、ヴェルシーニンとの別れと、その後の場面で真実の涙をうかべる大熱演を見せた。
だが相手役アコスタに相応の演技力が伴わなかったことが災いし、ヌニェズの熱演が空回りしてしまった。

アコスタはアリシア・アロンソが見守る中、マクミランの傑作を踊ることにプレッシャーを感じたのか? 古傷が痛んだのか? 初演でムハメドフが見せた大きな跳躍の連続も体の切れが今ひとつで、ヴェルシーニン(軍人)を演じても、優しさや優柔不断さといった軍人らしからぬ一面ばかりが目立ち、『ユダの木』に続いてムハメドフ初演のマクミラン作品主演に課題を残した。

一方セカンド・キャストのタマラ・ロホとネヘミア・キッシュは、それぞれが役に似合いで、ロマンあふれる好演を見せ作品の魅力もまた大いに生きたのである。

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今回のリバイバルで、その好演が際立ったのは、クリギン役のジョナサン・コープであった。コープといえばロイヤル・バレエ団の往年の男性プリンシパル。
英国バレエの母であるニネッタ・ド・ヴァロワ女史や、アシュトン卿、マクミラン存命の80年代に活躍を始め、20代始めには妻のマリア・アルメイダとのパートナーシップで、イギリスで非常な人気を博した。
たが美意識の高いアシュトンにその容姿を愛でられず、また夫婦共に繊細であったことから、プレッシャーの強い舞台活動に耐えられず、90年代にそれぞれ20代で舞台生活から退き、ポルトガルでホテル経営をして第2の人生を送ろうとした。
その後、相手役として彼を好んだシルヴィ・ギエムのたっての願いもあり、コープだけ現役に復帰。数年前まで踊り続け、今ではバレエ団で主として男性プリンシパルの指導にあたっている。

バレエ・スクール時代から同期のブルース・サンサムとは、性格も舞台人としての魅力も対照的で、古典からネオクラシック、現代作品まで何でも器用にこなすサンサムに比べ、コープはあくまでも英国ロイヤル・バレエ団の貴公子らしく「控えめ」で「優美」。決して演技に強い踊り手ではなかった。

主人公マーシャの夫で、退屈な田舎の学校教師クリギンは、アントニー・ダウエルが世界初演した役である。
今回コープのクリギン役の人物造詣と表現力には目覚しいものがあり、愛する妻を寝取られた男の苦しみや、愛されていないと知りながら、それでも妻を想うことをやめられない男の心のひだを巧みに演じ、見事というしかなかった。
演技だけではない、往時をしのぐ豊かな身体表現もあいまって、表現者としてのコープは実はこれからが旬なのだとすら思った。
現役復帰後もプレッシャーとの闘いや交通事故など多くの苦しみに見舞われ、自らの引退公演も踊ることなく松葉杖姿で観客に別れを告げたコープ。その彼が演技者・表現者として見事な円熟を見せ、ROHの舞台に返り咲き、観客席はブラボーの嵐となった。

コミカルな酔いどれのソロを踊ったクリストファー・ソーンダース、ロシアの民族舞踊を踊るジェネシア・ロサートなど、マクミラン時代をよく知るベテランの活躍、ロシアの民族楽器バラライカと弦楽隊による演奏も、ロシアの郷土色をアロンソや観客に豊かに伝えてみせた。

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アロンソが世界初演した『テーマとバリエーションズ』を主演したのはタマラ・ロホとセルゲイ・ポルーニン。
ポルーニンは前日14日の友の会への公開ゲネプロでは、サポートに少し危ういところがあったが、15日はソロにサポートに過不足なく安心して見ていられた。
ロホは自らの個性と持ち前のスター・オーラを存分にふりまき、短いながら豪華雰囲気に満ちたこのバレエに君臨した。

初日のカーテンコールではキューバ人ゲスト・プリンシパルのカルロス・アコスタが、キューバ・バレエの母、アリシア・アロンソの手をとり、モニカ・メイソンと左右からサポートする心温まる一場面もあった。

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セカンド・キャストは、アリーナ・コジョカルとスティーブン・マックレーが主演するはずであったが、コジョカルの怪我によりサラ・ラムが代役に立った。
男女主役の並びという意味では、ロホとポルーニンより、ラム・マックレー組のほうが容姿的にも、また踊り手としての個性や魅力といった観点からも似合いであった。

ラムは豊かな音楽性と繊細な腕使い、フェミニンな魅力とバランスの強さで、マックレーは5番ポジションの美しさとスター性、明るい魅力で際立っていた。
ポルーニンとマックレーは若手のホープとしてライバル的な存在ながら、その個性は対照的だ。どこか憂いを秘め、品格と芸術性の高いポルーニンに対して、明るい魅力とシャープな技巧のマックレー。

今シーズン幕開作品『オネーギン』のレンスキー・デビューでは、ロマンティックで繊細な役作りのポルーニンの魅力が光ったが、『テーマとバリエーション』主演についてはマックレーのパフォーマンスに分があったようだ。
(2010年10月15日 28日コヴェント・ガーデン。10月14日の公開最終ドレス・リハーサルを撮影)

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撮影:Angela Kase
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