ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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武藤 幸 text by Sachi Muto 
[2010.06.10]

英国期待のホフェッシュ・シェクターとシディ・ラルビ・シェルカウイの新作

Sadoler's Wells Theatre
サドラーズ・ウエルズ劇場
Hofesh Shechter:POLITICAL MOTHER
Sidi larbi Cherkaui:BABEL(WORDS)
ホフェッシュ・シェクター『ポリティカル・マザー』
シディ・ラルビ・シェルカウイ『バベル』
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ロンドンの夏はいきなりやってくる。つい二週間前にもロンドンに霜が降りたのだと、普段はあまり騒がないイギリス人が驚きを隠さない。それほど長く憂鬱だった冬が終わりを告げ、初夏の緑香る5月半ば、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場でシディ・ラルビ・シェルカウイの新作『バベル(言葉)』、そして南部の海岸線に位置するエセックス州ブライトンにて開催中の<ブライトン・フェスティバル>で、注目の新鋭ホフェッシュ・シェクターによる新作公演を観た。

ホフェッシュ・シェクターはまさに今月、初来日公演が予定されているイギリス発の新鋭。イスラエルのバットシェバ舞踊団で活躍しながら本格的にドラムやパーカッションを習ったという、ダンサーであり振付家、ドラマーであり作曲家でもあるマルチな才能を発揮するアーティストだ。オハッド・ナハリンから継承したのであろう自由自在なダンス言語と、DV8フィジカルシアターを彷彿させる重量感とエネルギーを併せもったエモーショナルでフィジカルなダンスを創り出す。
ドラムとエレキギターの生演奏による音楽も圧巻。若者に人気のテレビドラマのオープニング映像を振付けたことでイギリスの若者たちの圧倒的な支持を集め、UKロックを象徴するアリーナ「ラウンドハウス」での公演では、観客は途中から総立ちだったそうだ。

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熱心なコンテンポラリー・ダンス・ウォッチャーならば、07年の『In your rooms』がプレイス・シアター、クイーン・エリザベス・ホール、サドラーズ・ウェルズの3劇場によって共同製作されたと聞くと、前代未聞の期待がホフェッシュにかけられたことがわかるだろう。ミレニアム以降の英国ダンス界において「現象」ともなったホフェッシュの新作、初の長編作品のワールド・プレミアだ。新作『ポリティカル・マザー』は社会(権力)と個人というテーマに果敢に取り組んだ作品。律動的なドラムのビートが軍隊調に轟きヒトラー似の独裁者が演説をするなか、震えるような動きのダンサーたちが抑圧された人々を思わせる。典型的な権力構造を見せるオープニングから、次第に愛し合う2人、ロックコンサートの高揚した群衆やフォークダンスを思わせる群舞へとさまざまな関係性が現れては消えていく。両手を高くあげる仕草が象徴的に、その時々で異なる感情を掻き立てる。ドラムの律動も髪を振り乱したエレキギターの演奏やバッハの清澄な旋律へと移行し、強圧や残酷さと人間らしい優しさ、温もり、愛情が交錯する、混沌としたエモーションが立ち現れる。そのどちらも人間によるものだというのが、ホフェッシュのメッセージなのだろうか。
明確な答えがあるわけではない。ただホフェッシュが、彼の固有のやり方で、観客に多くを考えさせることに成功したことは確かだ。終演後、テアトル・ドゥ・ラ・ヴィルをはじめヨーロッパ各国の劇場関係者たちも上々の表情。日本の観客がホフェッシュに出会う日も間近だ。
(2010年5月20日@ブライトン・ドーム)

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ラルビは既に数回、自身の作品で来日公演を果たしているが、バレエダンサーの首藤康之との親交も深く、ラルビ振付の『アポクリフ』(2007年ベルギー王立モネ劇場初演)に首藤が出演していることでも日本では注目を集めている。
ラルビはモロッコ系ベルギー人のダンサー兼振付家。サドラーズ・ウェルズ劇場とは『ゼロ度』、『スートラ』に続き、2年振りの共同製作。ロンドンの観客も心待ちにしていたようで超満員だった。
今回の大きなテーマはコミュニケーション。13人のダンサーたちは13カ国から集まり、15の異なる言語を話し、7つの宗教的背景をもつらしい。次々に紡がれるエピソードのひとつひとつが、コミュニケーションとは何か、コミュニケーションは果たして可能なのか、と問いかける。印象的なのが機械人形と日本人の男のやりとり。マニュアルどおりに操作してもなかなか思いどおりに動かない。一部始終は日本語で話され字幕もないのでほとんどの観客には意味不明。そのうちに不具合な人形の動きが群舞のダンサーによってコピー、反復されて、人間と人形との境界が曖昧になる。コミュニケーション不全からひとつの共感へと移行するプロセスが感動的だ。
アントニー・ゴームリーの彫刻も作品のひとつの核(スチール製のさまざまな立方体のフレーム。それぞれの立方体はどれも辺の長さが異なるのだが、容積はどれも同じなのだそうだ)。あるときは都会のマンションに、あるときはノマドのキャラバンに、そして逃れることのできない檻にも変化して、さまざまな集団のあり方を提示する。1時間40分のなかには唐突に感じるモチーフも多々あったが、台詞と身体表現とを融合させるラルビの創作の新しい展開は刺激的だった。
(2010年5月19日@サドラーズ・ウェルズ劇場)