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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.03.10]

コジョカルのジュリエットに感涙 マクミラン版『ロミオとジュリエット』

The Royal Ballet
英国ロイヤル・バレエ
Keneth McMillan : Romeo & Juliet
ケネス・マクミラン振付『ロミオとジュリエット』
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ロイヤル・バレエは1月12日より3月16日まで、バレエ団を代表する演目であるマクミラン版『ロミオとジュリエット』を上演した。
初日12日は当初タマラ・ロホとカルロス・アコスタ組が予定されていたが、アコスタの怪我により、急遽ルーパート・ペネファーザーがロミオを踊ったほか、ガリアッツィとワトソン、コジョカルとコボー、ラムとプトロフ、ヌニェズとソアーレス、ベンジャミンとワトソン、マルケスとマックレーの計7組により16公演を行った。
友の会に公開されたゲネプロは初日の前日1月11日に行われ、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボー組が登場。1月20日、このペアの今シーズン2度目の公演を観る。

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ルーマニア生まれのコジョカルは、ウクライナのキエフでバレエを学び、97年にローザンヌ・コンクールでスカラシップを受賞。同コンクールの縁から、その後ロイヤル・バレエ・スクールで学び、バレエ団よりコール・ド・バレエで入団のコントラクトを貰うが、プリンシパル待遇での入団を持ちかけたキエフ・バレエに入団し、1年を古巣のキエフで過ごした。
その後、マリィンスキーやボリショイといったより大きなバレエ団での活躍を考えるが、身体が小さいことや、また当時のロシアでは労働許可証の取得が難しいと思われたことから、ロシアでの活躍を諦め、99年ロイヤル・バレエ団に群舞の一員として入団する。そして2001年に『ジゼル』の全幕を踊り19歳の若さでプリンシパルに昇進した。
ロイヤル・バレエ団の全幕主役デビューは『ジゼル』のはずだったのだが、その前に怪我をしたバレリーナの代役として急遽『ロミオとジュリエット』を踊ることになった。
これがセンセーションを巻き起こした。
あどけなく可憐、運命に翻弄され若くして骸となる深窓の令嬢ジュリエットはコジョカルにことのほかよく似合い、コヴェント・ガーデンに集った老若男女を大いに涙させたのである。
 筆者は当時のコジョカルの『ジゼル』も見ているのだが、さほど強い印象を得てはいない。
 
初期のコジョカルで圧倒的だったのは何と言ってもジュリエット、そして『オネーギン』のオルガであった。
01年にレンスキー役でロイヤルに客演した全盛期のイーサン・シュティーフェルとペアを組み踊ったオルガは、役柄がコジョカルに似合っただけではなく、2人の身体能力の高さや音楽性がものの見事に一致したスーパー・パフォーマンスとして10年の年月を経て今もなお昨日のことのように鮮やかに脳裏に蘇る。生涯忘れ得ぬ舞台である。
 

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1月11日のゲネプロ、14日、20日に主役のコジョカル、コボーと共演した主要ダンサーは、マキューシォにブライアン・マロニー、ベンヴォーリオに蔵健太、
ティボルトをベネット・ガートサイト、マンドリン・ダンスの中心をセルゲイ・ポルーニン、キャピュレット夫人をジェネシア・ロサート。
 
コジョカルを観ようとチケットを求めても代役を見せられることが多かったロンドンのバレエ・ファン。その彼らが待ちに待ったコジョカルのジュリエット。
コジョカルが11日のゲネプロに登場し、14日の公演も見事に主演したことを耳にしたファンが集まったこともあり、20日の夜は当日売りの1階サイド席や天井桟敷、立ち見も含めて満場でその幕を開けた。コジョカルが舞台に現れた直後の拍手、初めのソロを終えたあとの歓声もなみではない。
 主役デビュー当時01年のコジョカルのジュリエットといえば、コヴェント・ガーデンの観客を老いも若きも総泣きにしてしまうことで知られた。観客は作品のクライマックスであるジュリエットの死の場面で泣くのではない。まだ悲劇性の希薄な1幕から何故かみんな号泣してしまうのである。
 

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そしてその「コジョカル・マジック」は今年も健在であった。
筆者自身、日本在住の読者のためにコジョカルをはじめとする踊り手の一挙手一投足を見逃すまいと、いくら冷静な自分を保とうとしても1幕の半ばより涙があふれてとまらなかった。するとやはり私の周囲から声を押し殺してすすり泣く声、1階桟敷席の観客が涙のために咳込む声が聞こえてくるのである。
私の近くには、オペラハウス関係者の友人でチケットを貰い、友人と二人で初めてコヴェント・ガーデンにバレエを観に来たという中年女性が座っていたのだが、彼女も1幕から号泣しており幕間に「どうしてあんなに泣いてしまったのかしら。わからないわ」と友人にこぼしていた。
バレエ・ファンも、バレエを初めて観る者も、コジョカル・ファンもそうでない者も涙させるコジョカルのジュリエット。観客は、優れた芸術とアーティストが観る者たちに及ぼす力とその不思議に驚きながらも、「至福の時よ、永遠に続け」と祈り、それに酔いしれたのであった。
 

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かつてコジョカルとコボーの『ロミオとジュリエット』を観る場合ネックになったのが、コボーの踊るロミオであった。コジョカルより10歳年長のコボーは、初めて真実の恋に落ちる貴族の若者には見えず、ロミオを踊ってコジョカルと同じ輝きを放つことができなかった。
だが今年は違った。マロニーのマキューシォ、蔵のベンヴォーリオ、先シーズンから踊り手としてますます充実し、何を踊っても主役を凌駕していた2人。若さと友情にあふれ、ソロや闘いの場面で剣も折れよと場を支配する2人の演舞はゲネプロ以来、この作品を長く見続けている玄人ファンの間ですら語り草となっている。
話題のマキューシォとベンヴォーリオに挟まれたコボーとしては、大いに触発され奮闘するしかなかったに違いない。
 
私生活のパートナーでもありながら、それぞれの怪我や不調、手術、リハビリの日々により、最近では踊る機会が激減していた2人。それが今では怪我を克服し、共に再び愛の物語を舞台で紡げる喜びに感無量だったのであろう。いつになく若々しく無邪気な貴公子ロミオを踊るコボーに観客は驚きを禁じ得なかった。
バルコニーや墓場の場面で、難解なパートナーリングを駆使せねばならないマクミラン版の『ロミオとジュリエット』。それらのシーンで 現在ロイヤル最高と謳われる2人のパートナシップが、よりパワーアップされた形で披露され、観る者の胸を打った。
 
鮮烈でシャープなソロ、ティボルトに果敢に立ち向かい命を落とすマキューシォ役のマロニー、3人組の中で地味になりがちなベンヴォーリォを踊りながら、冒頭の両家闘いの場面でティボルト役のガートサイドと共に、怪我をするのではないか?と観客を冷や冷やさせるほどの熱演を見せた蔵。
ティボルトの亡骸を抱いて嘆き悲しむジェネシア・ロサートなどベテランのわき役も好演し、主要ダンサーのそれぞれが観る者の胸に忘れ難い印象を残した。
 
最近オペラやバレエの舞台を録画し、映画館での上演やDVD化がますます盛んになっているにもかかわらず、なぜこのキャストを収録し世界のバレエ・ファンに披露したり後世に残さなかったのか? それだけが無念である。
 
ロイヤル・バレエ来日公演まで後3カ月。日本で彼らの『ロミオとジュリエット』を観られる観客は幸せである。
 (1月20日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス 11日に公開ドレス・リハーサルを撮影)

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撮影:Angela Kase
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